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◆【My Life】仮面の母



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【仮面の母】


「おまえとお母さんは、前世では仇同士だったのだろうな」


笑いながら父が言った言葉だ




私は母が怖かった


心底怖かった




瞼の母という言葉がある

優しい母の姿だろう




だが


故郷を離れて想い出す、母の姿はそうではなかった


鬼夜叉面の顔が浮かぶ




誰がわかるんだ!このつらさが!



なぜ!

俺には、普通の母がいないんだ!




私は、母に可愛がられた記憶がない


いつも叱られていた


いや

違う


いつも大声で怒鳴られていた




幼き頃、3歳くらいだったのだろう、母と父が言い争いをしていた


突然、母が私を小脇に抱えて包丁を持った


『この子と死んでやる!』


私の目の前には、銀包丁が突き付けられた




それがトラウマになったのだろうか


母が、心の底から信用できなくなっていた


母が果物の皮を剥き、ナイフを置くなり、すぐさま台所に持って行く私が居た




母は激情家だった。


ほんの些細なことで爆発し、延々と続く


瞬間湯沸しのポット型だ(笑)




子供が体調異変を訴えると、普通の親は心配すると思う


母は違っていた。


逆上した




頭痛・腹痛を訴えたら大変だ


ボロクソに言われて、介抱もなにもあったものではない


だから、忙しい父に言うしかなかった




私にだけかと思っていたら、妹も同じ目に遭っていたと言う


「お腹が痛い」と言うと怒られるから、我慢して学校へ行っていたと言う





しかし、私の妹との間に弟が居るが・・

弟だけには、妙に優しい母がいた


この差は何だ?


弟は甘えん坊で、いつも母に張り付いていた


頭痛持ちで、腹痛は、いつもの如くの弟だった




とにかく母は異常だった


誰とでも喧嘩をする


だけど

本人は、まったく覚えていない



これが不思議だった


ヒステリー健忘症かと思っていたが、どうも違うようだ




母は、妻の妹と絶縁状態になったほど大喧嘩をした事がある


しばらくして


『○○ちゃん、最近来ないね、どうしたのかね』


(何言ってるんだ)


(あんたのせいで来ないのだろう)


いつものことで、その時には何とも思っていなかった




そのすぐ後だった


些細なことでブチ切れた母が、妻に言った


だいたい、○○ちゃんだって、ああだこうだ、だからアンタも!


(おやぁ?)


(覚えているじゃないか?)


妻と顔を見合わせた


母は多重人格者だったのか!



いや

気づいていたけど、認めたくなかったのだ





じつは


豹変した時の母は別人になる


言葉がヤクザ口調になる




普段は、ものすごく丁寧な言葉の母なのに



おんどりやぁ


わりゃあ


何 しやがるか


ブチ殺すぞ



母ではない


別人だ


だから怖かった





そんな母との生活が40年以上も続いたのだ


ビクビクしながらも


攻撃してくる母には対抗していた


そして、お互いを傷つけあっていた





不思議なことに

母が患ったものを、同じように私も患っていた


だから


母が死ぬ時は、私も一緒に死ぬのではないかと本気で思っていた


これも怖かった





1996年8月


私は、長年求めていた真理に縁を頂いた


どんな人生の苦難にも立ち向かって行った私だ


決して


すがりたくて


現実から逃げたくて


入信したのではない




むしろ、それまでは


宗教には批判的で、懐疑的な私だったのだ



いろいろと勧誘に来る


その人達を、常識論で有無を言わせない私だった




私を知っている友人達は


「なぜ? お前が宗教をする必要があるのか」


「お前が、宗教創ればいいじゃないか」


と言う




俺は


答えを探し求めていたのだ


それを 見つけたのだ



『わかった、やれ!許す!』


お前は、ずっとそうだったな』


俺も、人生の答えが宗教にあるとは、夢にも思わなかったけどな





学びは、新鮮で、衝撃で胸が熱くなる。


だけど


母に感謝しなさい?


母の良いところを見つけなさい?


母と私の「愛の貸借対称表」を作れ?




そんなもの、できるものか


母の、どこに感謝しろと言うのか


どこに良いところがあると言うのか


あるものか


少しはあるだろうけど


たくさんあってたまるか


私の方が多いに決まっている。




だが

今の環境を選んで産まれたのは、あなた自身です


その環境の中で、自分を磨くと決意して、自らの意志で産まれるのです




そうなのか・・


私が母を選んで産まれたのか


確かに、母であったからこそ今の自分がいるだろう





私は、早くして亡くなった父と、母が代わっていたら、どんなに幸せだったろうと思っていた


母を 否定していた


思いの中では消滅させていた




母さえ居なかったらと


いつも


いつも



間違っていたのだろうか?


いや


間違いなのだろう





母の良いところを思い出してみよう


努力した


一生懸命思い出そうとした


だが


出て来ない


これで、どうすれば良いのか





母には感謝をしなければならない


育ててもらったのだ


もっと優しくなって欲しい




私が

真理を学んでいる私が


我慢しよう


耐えよう


攻撃をまともに受けないようにしよう


そんなことから始めた





母は、私が宗教へ入ったのを知ると


狂った



あんたのことだから、どれだけの人に影響を与えるか!


大川先生に、手紙を書いてやる


本当に手紙を書いていた


出してはいなかったが、当分は狂い続けていた母が居た





ある時、母が言った


あんたは!近所の人を巻き込むつもりだろう!


誰もあんたの言うことを聞く人はいるもんか!やれるもんならやってみろ!



ほほぉー、面白いことを言う


これは、お許しがでたようなものだ


やってやるよ



私が近所に話さないのはね


母さん


異常に人目を気にする、あなたのためを思ってしなかっただけだよ



被害者意識の強い母さんは、白い眼で見られると思っているのだろう


息子が、おかしなことを始めたと笑われたくないのだろう



馬鹿な


あなたの息子だよ


家族を破滅に導くことを、ただの一度でもやったか?


信じろよ




そして私は、近所の人に挨拶と本を渡して歩いた


そんな人達が、本のお礼だと称して、野菜や果物が採れたからと持って来られた


母は驚いたようだ


白い眼で見られるどころか、お礼を言われたのだ




それから母は、宗教に関しては何も言わなくなった


おとなしくなった




2000年8月


生まれて初めて、栃木県宇都宮市に行った


ミレミアム祭りと研修を受けるためだった


朝の食事をして聖堂へ入った



なんと 静かで物音ひとつしない空間だろう。。


そう思いながら


目をつむって呼吸を整えていると


突然


母が


まるで目の前にいるような、映像が浮かんだ




おや?


何だ?これは?



そこには


穏やかな表情と笑顔を振り撒いて、お茶を配っている母の姿があった




ああ

これが、母の本当の姿なんだな



そう思ったとたん


胸に何かを感じてうつむいた



ボタボタボタ・・


涙が滝のようにこぼれた




なんと


私は、気づかないまま泣いていた


シャツの首から下は涙でビッショリだった




母に感謝もできず


良いところも発見できず


そのままでいたが



なぜだ

そんなつもりで来たのじゃないのに!


新世紀の感謝に来たのに



なぜ


母が現れるのだ



帰り道、ずっと考え続けていた



母の本当の姿を見せてもらったのだ



そうだ


あれが母の本当の姿だ



私は


仮面の母ばかり見ていたのだ


母は、私を鍛えるための反面教師だったのだ



そうだとすると


母に感謝しなくてはならない


誰が好き好んで 悪役をやるものか!



私だったら絶対に嫌だ


母がかわいそうだ


そう思った




家に帰って、まもなく

母が、今にも死にそうなほど、ひどく咽ていた


仲直りもしないのに死なれてたまるか!


私は母に駆け寄り、背中をさすった



何するかね!あんた!私を殺すつもりかね!


もう何を言われても平気だ




母さん、俺、夢をみたよ


何がね!私が鬼ってことかね!


そうじゃない、母さんは俺の先生の役だったんだよ



先生? 何を馬鹿なことを


そう言いながらも微笑んでいる母がいた。




そして翌朝のことだ


昨日はありがとう、助かった



母が言った


母が言った



生まれて初めて、母から『「ありがとう』の言葉を聞いた





なんということだ!


真理を学んでいる私が言わなければならないのに!


母の方から言った



母は、やはり 母だった



私は泣いた


声を出さずとも涙が出てくる




お母さん


ごめんよ


そして


ありがとう



**********************************************************************************


その後、母は会員になりました。


あれほど狂気のように反対していたのですが、


今では「お話を聞きに行くかい?」と言えば、いそいそと喜んで行きます。



カッとなることも無くなりました。


本当に映像で見た母親になっています。



穏やかに、家族の帰りを待ちながら留守番をしてくれています。


本当に信じられないほどです。




私と母が前世では仇同士だったかどうかは解かりませんが(笑)


必ず深い縁の元にあったと思います。




私は、妻や子供達とは仲がよく、


次に生まれ変わっても、同じく夫婦・親子でありたいと思っています。



だが


母だけは、絶対に嫌だと思っていました。



今は


親子もありかなと思っています。




まだまだ


40年以上の葛藤でしたから、


一挙には御和算にはなりませんが、ここまでになれました。





親子の縁は、私たちが思っている以上に深いものです。


もし

親子の葛藤で悩み 苦しんでいる方がいらっしゃったら、

心に刻んでください。




私達は、生まれる前に、両親や親子の約束をして生まれています。


天上界から地上に降りてくる時に、夫婦の約束をして降りて来ます。



一緒になれるように守護をしてくださっている守護霊が、各人に必ず付いています。



そして、その両親のもとで修行をすることも、子どもとして生まれる魂は自分で決めています。


「あなたの子どもとして生まれるから、しっかり育ててね」 と約束しています。





そして、妊娠3ヶ月頃に母のお腹に宿ります。


その時に起きる現象が「つわり」です。





親が勝手に産んだのでは無いのです。


頼んで産んでもらっているのです。


生まれた環境さえも自分で選んでいるのです。





上に居ると、天上界からのインスピレーションも届きにくくなります。


それゆえに


予定以上の両親の不仲の場合もあるでしょう。


暴れる両親の場合もあるでしょう。




だけど


どんな場合でも


親だけの責任ではありません。


その親を選んで生まれたのが、私達です。




たとえどんな親であれ


感謝なくしては


私たち本来の姿ではありません。




天上界は


喜びと


感謝に満ち溢れている世界です。








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Trackback [0] | Comment [4] | Category [Twice Borm (信仰で生まれ変わった)] | 2017.04.07(Fri) PageTop

◆【My Life】父の死



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【父の死】


1965年8月

私の父は、僅か1週間の入院でこの世を去った


当時、高校2年の私は、いきなり人生の奈落の底に落とされた



町工場を営んでいた父は人格者であり、誰からも好かれていた


ただ、残された負荷が大き過ぎた


20人の女工員さん


周囲に気を遣い過ぎて、ワレを失って刃物を振るう母


中学生の弟と妹


耳の聞こえない祖母


当時の額で1千万円の負債 (今の額にして1億円以上)




工場は、伯父が私が一人前になるまではと、面倒を見てくれることになった (実質経営者は、当時高2の私)


だが、伯父は、襲い掛かるプレッシャーで、うつ病になった



そこで急遽、当時30代の従兄が名古屋の会社から呼び戻された


この従兄に会社事務・経営を任せたことが幸いした


堅実な経営方針で、側で学ぶものが多かった




その少し前に、父の従弟も大阪から帰って来て経営に参加してくれたのだが、経営者の仕事である資金調達が出来なかった




さらに、父の番頭として7年間勤めてもらった人もいたが、この人の勤務態度が問題のまま残っていた


勝手に仕事は休む、月に20日くらいしか出て来ない


アルバイトでも出来るような仕事しかしない


迎えに行くと酒を飲んでいることが常だった


創価学会信者さんでありながら、その自堕落さを見ていたので、以来、私は宗教には批判的になったものだ




私は、高校へは行ってはいたものの、終業と同時に飛んで帰っていた


父が亡くなる前に備え付けた機械が、完全に機能していなかったのだ


20台ある機械のどれかが必ず故障している状態だった




5時には女工さんが帰る

故障の症状を聞いて、翌朝まで修理して置かなければ仕事にならない


おかしなものだ

給料を払っている私が、女工さんにへつらっている


もっと言えば命令されていた


若いから仕方ないかな。。




当時の機械は、半自動で人手が必要だった


だからというわけでもないが、何を言われても耐えていた


「働いてもらっているんだ」と、常に自分を下に置くことで、心を制御していた




機械の修理は、まずは、機械そのものをバラバラにして構造を覚える事からだった


説明書は存在しない


幸い?機械物には強かったのが幸を奏した



それが、学校から帰っての私の仕事だった

早ければ夜8時頃には済むが、12時を過ぎるのは普通だった





さらには、父が亡くなった直後には 見知らぬ人達が毎日毎夜あらわれる


暴力団まがいの者を連れて来る人もいた


「金返せ!」と言われ、脅されても、私には何も解らないし、何も出来ない




ある会社の社長が言った


「命までとるわけじゃないから、ワシに金を返すことを約束しろ」


「金を返すまで何も買うな。野球ボールも買うな」


たかが16歳の子供に言う言葉ではない


ただただ黙して、嵐が過ぎ去るのを待つのが常だった




この頃の、私の家庭は、目も当てられたものではない


夜遅くまで仕事して、朝は弁当作っていたので、遅刻の常習犯と化していたが、それでもHRに遅れる程度だった


母は、気力が萎えてか?朝は起きられず、「後追い自殺をするのでは?」と、祖母の妹が神戸から来て、約2年間泊まってもらえた


(私と、祖母の妹のおばさんは仲が良く、すでに102歳で亡くなっては居るが、「大内秘話」を知る者だ)




私は、学校は休んだこともないほどの健康体の持ち主だった。


だが、遅刻によって、皆勤賞が貰えなかった


惜しいことをした(笑)





そんな私であったが・・


人の世話になり、人に誹られ、人目を気遣う日々




『人目がある』から


『TV見るな、ラジオを聞くな、外で遊ぶな、恥ずかしい!』





『とにかく静かに、人目を気にして暮らせ!』と、怒鳴る母




【日陰者】



言葉が似合う




なぜだ!

何も悪いことしていない




だが母は

借金がある


そのひとことで、何ひとつさせてくれない




俺が作った借金じゃない!


耐えながらも、耐え切れない自分がいた




昼間は、人前では常に平然として明るさを保っていた


だけども、夜中に布団に入ると無性に泣けて来た



布団の潜り包まって、大声を出して泣いていた


「親父!聞きたいことがある!」


「化けてでも出て来い!」


・・まだ16歳だったのだ





父は化けて出ることはなかったが、夢の中に頻繁に現れていた。


「お父ちゃん!帰ったの!」


穏やかに微笑んでいる父の姿が、いつも見る夢だった



そんな夢の中で思っていた

「お父ちゃん、また、どこかへ行くんじゃないかな・・」


目が醒めるか夢の中で、気が付いたらいなくなっている父を、いつも心配していた




そんな何も言わない父だったが・・。

今から思えば、かなりなメッセージを伝えてくれていたと思う(この時の不可思議な夢の話は、別項に記す)


そしてそのことが、単に夢でなく、


【夢の中で父と会っていたのだ】と、知ったのは、信仰をもってからだった




父には悪いことをした


還るに還れなかったのだろう


私の思いで、引き止めていたのだろう


だが、私のその経験が、父の霊が存在する事を証明している


後年、夢の中で見せてくれた場面が、私の知らない処で、本当にあった事だと解かった




今は、まったく父の夢を見ない。


祖父が亡くなったのが数え年で49歳


父も同じ齢だった


私も、そうかるのかなと思っていたが


生きている



ただし、私は、この歳に、長年求めていたもの[幸福の科学の仏法真理]に出逢った


私は、[幸福の科学の仏法真理]で、生まれ変わった



**********************************************************************************


私は、おとなしくて気が弱くて、父が亡くなるまでは、小学5年以来心を患っていました。


いろんなことが、不安でたまらなかったのです。


そんな私が、どん底に落ちた時には、なぜか踏ん張っていました。


「俺がやらねば」という責任感でした。


父の死は、最初のどん底でした。


だがこれも、後に来る、本物の試練の前の準備運動に過ぎませんでした。




【人は生まれてくる前に、自らの人生計画を立てて生まれて来ます】と、教えられています。


ずいぶんと欲張った人生計画をたてたものです(笑)




仏法真理に出会う前から、

もし、父が生きていたなら、今の自分はないだろうと思っていました。



大学へ行って、何か研究していたかも知れません。

公務員になっていたかも知れません。



苦しさや、つらさは、時が経てば想い出に変わっていました。


「頑張って来た」という自信になっていました。





ダイヤモンドと石炭は同じ素材ですよね。


刀と針金も同じ鉄です。



ダイヤモンドは地中の圧力と熱によって結晶になり、刀は熱せられ打たれて鍛えられます。


そういう、過酷な試練を受けてこそ、銘刀となり、ダイヤモンドとなります。




また

仏法真理であり、お釈迦様の教えに、四諦八正道があります。


四諦とは、【苦・集・滅・道】


苦とは、【生・老・病・死】の四苦です




さらに

憎い人と出会う苦しみ【怨憎会苦】


愛する人と別れる苦しみ【愛別別苦】


求めても求めても得られない苦しみ【求不得苦】


五官煩悩が燃え盛り抑えられない苦しみ【五陰盛苦】



これらを合わせて、四苦八苦と呼ばれています。




私は、仏教の教えがこんなに素晴らしいものだと知ったのは、入会した後でした。


そこには


なぜ


人は苦しみの中にあるのか。



なぜ

生まれた時から、環境の違いという不公平があるのかが、明確に説かれていました。



こと、ここに至って、やっと、人生の意味を知りました。


何ものにも変えがたい。


いや


比すべくものもない


仏法真理



生きているうちに 知ってよかった。


何年も


何十年も


求め続けていたものだから。






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