◆動画、等(クリックされればリンク先に行きます)
動画
リンク       
 軽量 ページネーション
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

◆【雑談の中に真理あり】会話こそ我が人生。


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2014年8月6日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



数日前、K先生と久しぶりにゆっくりと向き合って会話した。

その日は、「お前は、ワシの知らんことを知っているから教えてくれ」との事。




あのTは何、Mは何、Oは何と、いろんな宗教をやっている。ワシの後輩が退職金を殆ど無くしたらしい』

『なあ、○○よ、お金に拘るわけじゃないけど、そこまで人間やれるものなのか?いろいろと教えてくれよ』

「先生に僕が?」

『世間事に関してはお前には適わん。老いては子に従えって言葉はワシは好きだ』

「先生ね、僕もだけど。女のくせにとか子供のくせにとかの偏見が無いでしょう?」

『あるわけ無いじゃないか!どういう人間であれ、ワシの知らん事を知っている人間は
たとえ教え子でもワシにとっては先生だ』

「だから先生と気が合うんだよね、解った。衣に包まずにズバッと言ってもいいの?」

『おお』



■「先生、僕はね、多くの人と接して来たし、それなりの知識も持っている。だけどね、僕があれこれ言わなくても先生自身が判断出来るんだよ。それが世間解って言うんだよ

『世間下ではなく世間解か?』

「先生が気にしているTはね、ハッキリ言うけど間違っている」

「だけども僕がそれを言う必要は無いんだよね、世の中の人は見ているところは見ているって言う意味

「だから先生の目から見たらいいんだよ」

「たとえば僕が宗教を学ぶ前とその後。Tが入る前と今」
上がっているか落ちているかは見ていて判断出来るでしょう

『解った!確かにそうだ。正直に言うぞ』
『お前はこうだ(右肩上がり)。だが、Tは少しだけ上がりかと思っていたけど、どうも違うな。下がっているな』


『なあ、あいつは手かざししてくるんだけど、それって良くないことなのか?』

「先生、病人が病人を治せると思う?医者が病気の人を治せるのでしょう」
「溺れている人を救えるのは水泳の達人でなければ、一緒に溺れちゃうよ」

『そうか!言われて見ればそうだよな!じゃあ、あいつらは何してるんだ?』
それじゃ病気の移し合いになりはせんか?かえって重くなるんじゃないのか?』

・・賢い先生だ。


『ワシには天国とか地獄とかは、よく解らんが・・どういう基準で分かれるんだ?』

「先生!、それって、とっても難しい(笑)」

『基準は無いのか?』

「先生はあと何十年生きるか僕は知らないけど、最後の十年を大切に生きてね」

『死ぬ前の十年が大切という意味か?』

「それだけが大切という意味じゃないよ。やはり平均点というものがあると思うよ」

「だけども車がいきなり止まらないように、死して肉体を脱いでも慣性の法則が働いているから、特に最後の十年は大切なんだよね」


『お前、さっき高杉と伊藤の話をしていたな。ふたりとも遊ぶ金欲しさに辻斬りやって居たって話だぞ』

『そのふたりにどうして違いが出るんだ?』

「辻斬りの話は初耳だけど、若気の至りは誰にでもあるでしょうが」

「先生は人を殺すどころか救って居るけど、思いではどう?思いの中では殺していない?」

『おお、殺しているぞ何人もな』

・・正直な先生だ(笑)


■「ね、先生。若い頃は手も付けられ無いほどの暴れ者が、大人になって立派に成長して人格者になったとするね」

「その反対もいるわけ。どちらが好き?」

『後になって立派になる方に決まってるじゃないか』

「その人を見てどう思う?過去を暴き出して引きずり降ろす?思いの中でだよ」

『ワシは嬉しくて拍手するぞ』

「先生はそうだと思うし、そうあるべきなんだよね」

「若気の至りで失敗は誰にでもあるけど、そこだけにスポットをあてるべきじゃない」

「ふたりの違いは、その後の思いと行動だと思うよ」




溺れているで思い出したのだけどなぁ。気になって仕方が無いんだ・・』

・・この先生は、20年位前に2人の命を救っている。

釣りをしていたら、アベックの乗っている車が海に落ちたのだ。海に飛込んで車から2人を引き上げた。

女性は自力呼吸をしていたが、男性の息が無い。必死で岸壁で人工呼吸をしたらしい。


『なあ○○よ、ワシの本音はあの場から逃げたかったんだ。怖かったんだよ。だけども夢中で飛込んだ・・』

「新聞にも載って県知事の表彰など、大騒ぎだったもんね」

『それを言うな!思い出したくないんだ!お前には解らんだろうが・・』

『あの時、もし、ワシがあの場から逃げていたら、どうなんだろうな?』

「んっ?逃げていたら?先生、今なお後悔で一杯だと思うよ」

『・・助けても後悔してるんだぞ!』

「どういうことよ?」

『蘇生後の後遺症は残っていないだろうかって、当分の間心配で眠れんかったんだ』

「それは先生の責任じゃ無い、たとえそうであってもね」


『でなぁ・・、妻がその後に亡くなったんだよな。何か関係でもあるのか?』

「無い!断言してあげる。無い!」

「先生の奥さんは若くして亡くなったけど、原因は別のところだと思うよ」

『ひょっとしてワシのせいか?』

「どうしたのよ先生!先生らしくも無い」

『・・だからお前に聞きに来ているんじゃないか』


「先生のせいでは無いよ、だけどもね、家庭を任せられた奥さんのプレッシャーは大きかったと思うよ」

「一般には、奥さんだけでは無く、子供達も先生の妻、子として見られているからね」

「先生が頑張れば頑張るほど、奥さんや子供のプレッシャーは大きかったと思うよ」

『気付かなかったが、言われてみればそうかも知れん。お前は、そういう細かなところまで解る人間に成長していたんだな』

「先生は年下の子と何万人も接して来ただろうけど、僕は年上の人と何千人も接して生きて来たんだよね」

もしかしたら教える側と教わる側の違いかもね


■「先生に対しておこがましいけど。年上の人と話すとどうしても聞き役だよね。僕は何十年も聞き役で生きて来た」

「でもね先生、ずっと後になって解ったんだよ。年上の人の苦労話を聞くことで、僕はその人の人生の疑似体験をして居たんだよ」

「さらには自分の苦労など、その人達に比べたら微々たるものに感じてた」

『話を聞くことで、他人の人生の疑似体験か!あるな!そういうことって!』

その日はとても元気になって帰られた。


見聞を広めるってことは、何も旅行をすることばかりじゃない。

本を読むことでも、その人の一生の体験を掴み取ることも出来る。


たとえ愚痴話といえども(笑)、自分には無い場面を経験出来る。

要は、もっと自分を大きく(自己拡大)しようとしているかどうかだと思う。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

スポンサーサイト
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.05.02(Tue) PageTop

◆【知る機会を失うことなかれ】親から子へ、子から孫へ。



 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2014年7月20日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



女性は、嫁に行って、他人の家庭に入るってことを、どのように捉えているのだろうか?


家庭を、相手の色に合わせるのか、自分の色に染めてしまうのか・・。


価値観が違う、それも相対するほど違った場合、個性の強い方へと引っ張られてしまう。




若くして父を亡くした私は、義父が本当の父よりも身近に感じた。


私は義父の苦しみを知っている。いや、知っていた。

義父は3ヵ月前に亡くなったのだ。


義父の遺体は病院からそのまま斎場へと向かった。

だが、翌日に葬儀をすると知らされて、驚いたなんてものじゃ無かった。


■この時、長女の夫である私が、母の具合が悪くなって、その場に居
なかった。

私がその場に居れば、絶対に、翌日葬儀などはさせては居なかった。

その場には妻も居たが、長女であっても発言力は無い。


義妹に24時間置く本当の意味を伝え、変更をお願いした。


「親孝行と思って」と、何度も電話で頼んだのだが。。


帰ってきた言葉は、『そんなこと知らなかったのだから、もう仕方がないでしょう!』

義妹の泣きながらの言葉に、それ以上は言えなかった。




ここでも【知らないことの怖ろしさ】が現れている。

いや、正確には、知らなかったのでは無い。

知ろうとしなかったのだ。


私は、何度も、事あるごとに語っていたそのような本も渡していた。

映画のシーンでも観ているはずだ。

本気で観てもらえて居なかったのだろうか。。



■集まっている親族は、遅れて葬儀場に駆け付けた私の態度を見て、何かを感じただろう。

こういった場合、核になってあれこれ指示などをしていた私が。。

決定事項や葬儀進行を聞いても何も言わずに、瞑目していたのだ。


じつは、風邪気味で体調が悪いことにして、ずっと心の中で祈って居たのだ。

義父の霊に対して、迎えの霊に対して、早くシルバーコードを切ってくれと」祈り続けていた。


そうした中で、クリスチャンの義父の無念さが伝わって来た。

働き者で、常に人の為に良かれと行動して来た義父だが、我慢我慢の一生を強いられた』と。




私は、嫁として迎えられた女性に、問いたい時がある。


嫁に来て、それまでの家庭をガラッと変えて、自分風にすることへの責任だ。


それも善い方へならいいのだが。。


『わたしはね、子供達を放任主義で育てたのよ』


クリスチャンの義母の言葉だ。


言葉で返さなかったが、「それは放任主義とは言いません」

放ったらかし」と言うんです。


努力家の義父より、義母の影響を強く受けている娘達。

優しいご主人・父親の忍耐の中で過ごして来た事を知らなくては、
と思ったものだ。



■確かに、自己変革は難しい。

だからと云って、出来ないわけでは無い。

それは、この私自身が証明している。


要は、やる気、する気があるのかどうかだ。



■また、家庭教育と躾は大切なものだ。


親の考え方、生活様式が子供に影響する。そして孫にまでも。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.05.01(Mon) PageTop

◆【さまざまな人生模様】素晴らしい二人の体育教師


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年1月9日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



中1の時の担任のK先生が、話相手を求めてかな?頻繁に遊びに来られる。

柔道の達人で当時の体格は100㎏以上。

保健体育と社会の教師だった。




私には小中高と12人の担任教師が居るが、このK先生は家も近いし身近な先生でもある。

K先生もそうらしい、何千人、それ以上の生徒と接しているはずだが、私は特に印象に残っているとのこと。

中学教師になって初めての担任だったからだろう。

お前はああだったこうだったと、自分でも知らないことを今になって教えてもらっている。


ほとんど人の批判はしないK先生だが、それでも私への評価が高過ぎる。

「K先生、それは誰か別の者と間違えてるよ」と言っても、『いいや、お前だ』と言う。

それは人間誉められれば舞い上がって嬉しいものではあるが(笑)


成績優秀、運動抜群の文武両道、さらには性格が良いとあらためて言われると、「いやぁ、それほどでもあるよ」とは、ならないものだ(笑)

・・マジで、K先生ボケ始めてるのじゃないかって思ってしまう(失礼)


■『女房がお前のことを見て、いつも「この子っていい子っちゃね」と言っていたぞ』

K先生の前妻は40代で亡くなったが顔すら覚えていない。接点も無かったのに?


『お前はテニスをやってたろう。他の奴はポコポコ、ボコンと打っているのに、お前の打球の音はビシッも、バシッだぞ』

『今でも、あの音は今でも忘れられん。小気味良い痛快な音を出していたぞ』

「K先生、それは絶対に他人の間違い(笑)。だって僕は1年生の1学期しかテニスしてないんだよ。球拾いばっかりでコートにも立たなかったのに」


・・本当にそう思っていた。昨日の朝までは。

突然、何ヶ月か前に聞いたこのK先生の話が夢見心地に出て来た

テニスコートでは無い。

体育館と倉庫の間の広場で壁打ちをしている。

情景が浮かぶ。

ゆっくりゆっくりと思い出す。


・・そうだ!あの頃は壁に向かってボールを打っていた。

体育館の横だから柔道教師が見ていてもおかしくは無い。


他の連中は、壁とラリーをやっている。

いかにも楽しそうだ。

私は?というとK先生の言う通りだ。

壁に向かって勢いよく打っている(笑)

見定めた的に向かって思い切り打込むものだから、もの凄いスピードで戻って来る。

だからラリーなんて出来たものじゃない(笑)

だから私はテニスが下手だと思っていた。

下手なのは間違いないのだが(汗)


・・そうか!K先生はこのことを言っていたのか!

先生とは生徒が知らないところまで、よくもまあ見ているもんだと、改めて感心する。

だけどまあ、強烈に打込む音を今もって覚えてくれているとは、ありがたいものだ(笑)


■考えてみると、確かにそうなんだよなぁ・・。

高校の時など、ソフトでバッターボックスに立ったら、外野が全員スススと下がる。

気持ちいいのなんのって(笑)

下がった奴らの頭上を目差して打ち返すことだけに集中する(笑)


間違っても内野と外野の隙間を狙うなどしない。

ほんっと、性格が現れてるなぁ(汗)

ピッチャーの奴「う~ん、どこに投げても打たれそうな気がする」って言ってたな。


たかが素人ソフトボールだ。

バットの届く範囲だったら確実に飛ばせる。

・・たとえ大根切りでも(笑)

その時には何とも思って居なかったが、相手に与えていた雰囲気って何だったのだろう?

構え?

打ってやるぞって気合い?

・・伝わるのだろうか。。




そういえばもう一人、ある高校の補導主任で怖れられていたSも同じだったな。

Sも気持ちいいほど放物線を描いて飛ばしていた。

サッカーやっていたし、顔つきも確かに怖い奴だ。

教師になっても坊主頭と辛口。

ほんとうにキツイ奴だと思うが、こういう教師こそ必要だと思うのは私だけだろうか。

今時、生徒に恐怖心を与える、与え続ける先生は奴しか居ないからなぁ(笑)




私は、数ヶ月前にK先生を強い口調で責めたことがある。

高校同級生のお姉さんを後妻にもらって居たが、いつのまにか居なくなった。

その同級生からはK先生の悪口を聞かされる。

その男は私の苦手なタイプではあったが、ついつい話を鵜呑みにしてしまった。


■『ワシは、ワシの人生に悔いは無い』 、K先生の言葉は立派だが、私は言った。

「先生!先生は、やり残していることがあるでしょうが!」 

「子供達を嫁に出して、嫁をもらって、それが親の努めでしょうが!」

「K先生は教育者としては立派だよ、だけど家庭人では無かったのじゃないの?」


『子供達は子供達だ。自分の道を行けばいい』


■「まだあるよ、この際だからはっきり言う。どうして後妻のあの人を追い出すように・・」と、話始めたらK先生は涙を浮べて涙声になった。

よく言ってくれた。よく聞いてくれた。誰にも言えずに一人で苦しんでいた。ワシが我慢して居れば済むと思っていたが、お前だけに話すから聞いてくれ』


話の内容は驚くべきものだった。

追い出したのでは無かった。

逃げ出したのだ。

詳しくは書けないが犯罪行為だった。

世間では聞く話でも、こうして身近に聞かされると背筋が凍る。

宗教心が無いということは恐ろしいことだと、あらためて思う。


■「K先生、僕のように誤解している人間が多いと思うよ、どうして言わないの?」

『聞かれたら話すこともあるかも知れないけど、わざわざ言うことじゃ無いだろうが』

(この先生は凄い!)そう思った。


「わかったよ、今度誤解している奴が居たら、K先生の誤解を解いてあげるよ」

『そうしてくれるか・・すまんなぁ』


その言葉にこそ、苦しみを背負いながら生きているという本音が現れていた。。




もう一人の、同級生のS教師にも大きなエピソードがある。

私の店で大量の万引きがあった。

調べに調べてみたが・・、どうしても、ひとりの男の子にたどり着く。


まさか?あの子が?

信じられ無いまま、思い切って園に向かった。

彼は交通遺児だった。

重い足取りで玄関を開け事情を話す。


■園長が出て来て「あの子は絶対にそんな子では無い!」と言う。

私もそう思いたかった。

「疑うのなら、部屋を見せてやれ!」・・なんとも横柄な園長である。

彼の部屋のドアが開くなり、私はうなだれた。。


付き添いの先生が『どうですか?』と聞いて来る。

「・・もう・・いいです。あの商品は私の店の物ばかりです」

体中の精気が抜けてしまったまま、店に帰った。


■その晩、その男の子と付き添いの先生が現れた。

男の子の目は、今までとは違う。

鋭い眼光で私を睨んで居る。


とりあえず話でもしようと向き合って座った。

「君は、どうしてここに来たのかわかってるよな?」

『いいえ!わかりません!』・・鋭い目で睨みながら彼は答えた。


・・どうしたものかな。このままではいけない。

私は、わざと大声を出した。

「いいかげんにせんかあ!」


「あれを見てみろ!あのカメラが今まで有ったか!なぜ付けなければならんのだ!」


「カメラを付けるってことは、あなたを疑ってますよってことだぞ!」

「店と客の間に垣根を付けるのだぞ!それがどれだけのものか解ってるのか!」


男の子は鋭い眼光のまま睨み返している。


威嚇はそこまで。

トーンを落として、彼の心に訴えた。

「君はね。いったい何人の人に迷惑を掛けたか。わかっているか?」

「おじさん、おばさん、店員さん、園長先生やこちらの先生もな」


男の子は顔を伏せて、大声で泣き出した。

学校はやめたい、警察に突き出してくれと言う。


「警察には言わんよ。君の将来のためにならないと思うからな」

「万引歴ありというレッテルが貼られたら就職にも響く」


「な、正直に言ってくれ。君はパシリだろ?仲間が居るんだろ?」

『いいえ、僕ひとりでやりました』

「おじさんにはそうは思えんが、学校でイジメにでも遭っているのか?」

・・そんなことは無い、どこまでもひとりでやったと言う。


「わかった。警察には言わん。学校も続けろ」

「そして卒業証書をおじさんに見せろ!出来るか?約束しろよ!」

その日はそのままうなだれて、泣きながら付き添いの先生と帰った。


翌々日、うって変わって、笑顔の彼と先生が現れた。

なんと、お詫び状まで書いている!

『僕は、おじさんに言われるまで、何人の人に迷惑を掛けたかなど考えたこともありませんでした。学校は続けます。卒業します』

1枚の紙には、彼の生立ちと心からの反省、新たな誓いが綴られていた。

彼の生い立ちを見た時は、正直、涙が滲んだ。


『このことを学校に話しました。無期停学処分になりました』

「無期停学処分だって?誰がした?」

『校長先生です』


■彼らが帰った後、さあ大変(笑)

すぐさま高校へ電話をした。

「○○と言います。補導のS先生をお願いします」

『おおワシだ、元気にしてるか? 学校へ電話して来るなんて、どうした?』

「・・・お前は何も知らんと言うことだな。校長は居るか?」

『今は居ないと思うが、何かあったのか?』

「じつはな・・」


「なあSよ。お前の学校は被害者が届けてもいないのに、生徒の言葉だけで無期停学にするのか!確認もしないのか

今から、お前の学校を教育委員会に訴えるから、校長にそう伝えとけ!


『おいちょっと待て、なんだそりゃ?』

『ワシは今は補導じゃないから様子がわからん。 とにかく大至急、補導の先生をお前のところにやるわ。話をしてやってくれ』

補導の若い先生が血相変えて来た(笑)


『この度は生徒がご迷惑を掛けて・・』

「私はまだ何もアクション起こして居ないのに、何を先走りされるのですか」

『すみません・・、とりあえず彼を守る意味もありまして・・』

「守る?イジメに遭って居るってことでしょうか?」


『・・このアルバムが生徒全員ですが、見覚えのある顔があるでしょうか?』

「ありますよ。この子に、この子、この子・・、先生? どうされました?」

うなだれていらっしゃいます(笑)


『今言われた生徒全員、園の子です』

「ほう、やっぱり彼はパシリか。やはりイジメですか」

私が指摘した生徒共は、全員が要注意印だとのこと。




■しばらくして、私は〔幸福の科学〕の本を携えてS先生に逢いに学校へ行った。

『おお解った。ありがとう。大切読ませてもらうからな』

こやつ、丸くなったな。生徒から怖れられる先生とはとても思えん。

・・が、直後に彼の実態を見ることになる。


■ドアが開き、生徒が毎日の日誌を持って来た。

『持って来たか、ところで時計は何時だ』

「4時5分です」

『何時までの提出だ』

「4時です」

『解ってるなら、これを持って帰れ。書いたことは認めてやるが、今日は受け取らん』

「はい!失礼しました。ありがとうございました」


・・まるで軍隊教育だ(笑)

さすが体育系教師。


■「おい、お前はほんまに厳しいやっちゃなぁ、あれでいいんか?」

『馬鹿言うな、今時ワシらは何も言えん、なんだかんだでウルサクて何も出来ん』

「確かに、PTAやマスコミで、やりにくくはなったろうな」


「ところで、あの男の子、お前に任すと頼んでいるが・・、その後はどうだ?」

『元気にやってるぞ、毎日ここへ来させる意味もあって日記を書かせてるわ』



さすが熱血教師。

学校一怖い教師に、毎日日記を書かせて提出させたら、イジメっ子もイジメが出来なくなるだろう。


「安心したぞ、よろしく頼むな!」と、帰ろうとしたトタン。

『あのなあ、お前の本、ワシは少しは知っているけど、ワシよりは校長に見せろよ』

「校長?何かあるのか?」

『ワシは、校長こそ読むべきだと思うけどな』

彼が、逢えと言った校長は、外出していたので、そのまま帰って以来その後行くことも無かった。


それから間もなく、その校長、生徒に罪の無い罪を着せて、新聞沙汰にまでになった。

辞職か懲戒免職かは忘れたが、辞めさせられた。


校長の行為は、自己保身そのものだった。

被害者を切り捨てて、加害者を容認していた。


■私は、同じ過ちを繰返させてしまったわけだ。

無実の罪を着せられた生徒は転校し、心の傷が残っていると思えば、タイミングを逃したことで新たな苦しみを産み出したかも知れない。



ふたりとも仁王のような教師だが(笑)

私の素晴らしい仲間でもある。




【追記:2017.04.16.】

この二人の教師は、人生を全身全霊で教育に捧げた男達だった。


■恩師は講道館で、熊本から出て来た中学生の山下八段を育てた人だ。

数年前、天寿を全うして還られた。

恩師と山下八段のツーショット写真を、頂く約束だったのだが(笑)

亡くなるとも思っても居なかったので、そのままになったが・・。

その写真の二人の姿は、今も私の脳裏には焼き付いている。


また、友人教師は定年だ。

彼のような男こそ、教育現場には必要だったのだが。

まだまだ家庭に埋もられるには惜しい男だ。

大病をしたようで、それも叶わないが、この男もまた奇跡の復活を遂げた。

まだまだ、この世の役目があるのだろう。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.28(Fri) PageTop

◆【無から有へ】何も無い処から、生み出す・創りだす面白さ


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年1月6日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



「何も無いところからは、何も産み出せませんから」


息子の友人で、新卒で○○会議所へ入った子の言葉に驚いた。

そして、お説教がましいとは思ったが、以下のような事を伝えた。


「ちょっと待てよ。これから人や企業を指導して行く立場の人間が、そんな考え方でどうする」

「君達を見ていると、つくづく思うけど、発想力が貧困だぞ」


「無から有を産み出せないだって?」

「あのなぁ、私達の世代には、君達の時代と比べて何も無かったんだぞ」


「君達は何かを創るとか、何かを産み出すということを、どう捉えている?」

「君達の発明とは、組み合わせではないか?右のものと左のものを組み合わせる。つまり、A+B=C のような発想しか無いのか?」


「真っ白なカンパスに絵を描くのは、画家だけではないぞ」




昭和35年、私は中一の時、SONYのオープンリールテープレコーダーを買ってもらった。

親戚の者が買ったからと、父親が買わされたのだ。


確かに、試験の時には役に立った。

英語や国語などを読んで書き取る。ここまでは本来の機械の仕事だった(笑)


紅白歌合戦もテレビから録った。

・・が、このあたりから普通の働きの機械では無くなり始める。


■じつは、当時の家庭内の機器は、すべて私の手によって解剖されたと思う(汗)

柱時計、目覚まし時計、テレビ、ラジオ、洗濯機・・、可哀相に(笑)


当時はまだまだ、家庭に一個も無い時代の大切なテレビ。

ましてや、テープレコーダーなどは持っている者も居なかった。

どこの家にも、真空管ラジオがやっとある時代だった。


当時はマイクをスピーカーに向けて録音することしか出来ない。

外部出力端子などありはしない。だから周囲の音まで入ってしまう。

・・さあ、そろそろ私の出番だ(笑)


テレビのスピーカーとテープレコーダーマイクを直結する。

このあたりからテープレコーダーは勉強機材とは別の道を歩み始めた(笑)

マイクとスピーカーはインピーダンスが違うだけで構造は同じ。

それでは、逆にしたらどうなるだろう?


思うだけではない、実際にやってしまうのが私だ(汗)

マイクからは可愛いシャリシャリした音でラジオの音が流れた。


ふむふむ、では、マイクの代わりにラジオのスピーカー(口径20センチ)を使ったら?

ギターを弾きながら録音した。

驚いた!ギターがウッドベースの音だった(笑)

これは!テープレコーダーが2台あれば一人演奏出来るぞ!(笑)


■で、やっぱりやってしまうのが私だ(笑)

親戚のテープレコーダーを借りて来て、1台は音を流し、1台は録音する。

空きビン、金タライ、枕(笑)などを使ってバチでドラム代わりに叩く。


偽物ウッドベース(スピーカー録音のギター)を重ねて録音する。

最後に普通にギターを弾いて完了。


・・聴けたものじゃなかったなぁ(爆)

が、それなりに音楽になっているから大したものだ。

今さらながら、録音したものが残っていればと思うのだが(笑)




余談ながら、何度も重ね録りした「9500万人のポピュラーリクエスト」の最終回は、綺麗な音で手元に残っている。

貴重なマスターテープだ(笑)

なんたって、この番組の星加ルミ子さん宛にビートルズ4人がメッセージを残している。

たぶん、放送局にも残っていないのではないだろうか。

高額で誰か買ってくれないだろうか(笑)


【追記:2017.04.10.】

昨年秋、本気でCD化しようと試みて、文化放送へ電話した。

『エアチェック録音物でも、放送著作物としての権利がある』とのことで、面倒なのでやめた。



■当時、ラジオで東京の文化放送を聴いていた。

微弱な電波を増幅するために、日本中のアンテナを利用した。

このアンテナとは、100ボルトの電気の帰路を利用したものだ。

往路を触るとビリッと来るが、帰路は触っても何とも無いから、それを利用した。


電気の線は日本中に張り巡らしてあって、少なからず電波を拾っている。

この性質を利用して、遙か離れた土地で東京のラジオを聴いていたものだ。

これらは誰からと教わったものでは無い。

自分で考えて実験したものだ。


■16歳の春、父が小さな卓上プレーヤーを買ってくれた。

大きな据え置き型が欲しかったが、当時のお金で十万円する(今の額で百万円)

父親が可哀相で八千円の卓上型にした。


ここらあたりから、ラジオもテープレコーダーも部品となってしまう(笑)

卓上プレーヤーからの音源は、右にラジオ、左にテープレコーダーへと流れる。


音も馬鹿でかくなる。

ステレオの完成だった。

見かけは異様だが(笑)


■最初に買ったレコードは4枚。

アイドルを探せ、砂に消えた涙、フーベの恋人、太陽はひとりぼっち。

引き続き買ったのが、ベンチャーズのダイヤモンドヘッドだった。


このベンチャーズの不可思議な音に魅せられて、大きな音で掛けていたら、母と誰かが話している。

『まあ、おたくにはクラシックが流れていますねだって!

とにもかくにも、そんな時代だったのだ(笑)


シングルレコードしか買えなかったが、当時、いつもつも思っていた。

箱の中に1000曲くらい入っていて、ボタンひとつで簡単にかけられないかなと。

それから40年。

CDの時代、本当に来たではないか!


■若い頃の感性とは大したものだと思う。

「こうしたら便利なのに、こういうものが出来たらいいのに」と、思っていたものが、かなり実現化されている。

「モーターも、もっともっと小さくなれば、いろんなことが出来るのに」、これも実現している。

今はいろんな機器に小さなモーターが存在する。


白黒テレビの頃には、すでに立体テレビを夢見てた。

鉄腕アトムや鉄人28号は、どう考えても人間っぽく過ぎる。


あの人間的な動きは無理だが、電子頭脳の小型化が実現すれば、そんな愚にも及ばないことを考えて居たのが楽しかったものだ。

それほど、「何も無いところからは何も産み出せませんから」という言葉は、私には逆インパクトのある言葉だった。




ビデオレンタルがまかり通っている世の中だ。

東京の大学生が最初にレコードレンタル初めて会社まで興したが、私はその5年前には同じことを二人の友人と企画していた。

確か1978年だった。

やれば良かったと悔やんだものだ(笑)


■機械的なハード面ばかりでは無い。

ソフト面での発明は、日本を大きく変えた。


終身雇用制度も、日本独自の発明ではないかな?

会社のいろんなシステムひとつが、模索から発明であった。


これからは、何もハードで産み出せないというのか?

私は、この歳になっても新たなるエネルギー存在の実用化を考えてるぞ。

たとえば、新芽の発芽エネルギー、ピラミッドパワーだ(笑)


■制度や構造にしても、新たなものは無いというのか?

もう出尽くしたと思ってでも居るのか!

何という固定観念に囚われたものの見方なのだろう。

ついついそのように思ってしまう。


■物ならず、創り出すという発明は、どんな人に置いても大切なものだと思う。

もちろん弊害もあるだろう、発明は便利さと引換の面もある。


時計の発明は便利さと時間効率化をもたらしたが、逆に時間に制約されるという面を生みだした。

もしかしたら、これからの世の中、時間を制した者の勝ちかも知れない。

時間は、長さに置いては等しく平等だが、単位あたりの価値は大きく違う。


■しゃにむに、がむしゃらな時代は終わりつつある。

時間の有効効率化と持ち時間の増殖。

心のゆとりの中にこそ、次なる発展があるのかも知れない。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.27(Thu) PageTop

◆【目は心の窓】個性さまざま、放ち放たれた言葉


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月13日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



過去、放ち、放たれた言葉を思い出しては、その中にあった意味を自己解釈して、このブログを書いている




中三の時、新任の国語の教師に言われた言葉。

「○○!そんなに睨むな!ノートを取れ、ノートを」

ふと、周りを見ると、皆んな机に向かって鉛筆を走らせている。


隣の女の子のノートを見ると、なんとまあギッシリと書き込んでいる。

自慢にもならないが、私の授業ノートなど、殆どまっ白(笑)


■当時は、その先生の言葉が何を意味しているのか解らなかったが・・。

先生から見たら、みんなシコシコとノートを走らせている中、

最後部から真っ直ぐの姿勢で、先生の目の穴が空くほど見て居る生徒が居たら、確かに印象的なものだろう。

脅威かも知れない(笑)


今更ながら思うのだが、自分自身の特徴って?と考えた時。

集中力、そしてその耐久時間(体力・気力)かなとも思う。


■はっきり言って、中学の授業1時間程度の内容は殆ど記憶して居た。

他の者がノートのメモ書きを調べて居ても、私は頭の中に入って居た。


それは、かなり集中力が落ちた今でも傾向は変わらない。

いろんな勉強会でもメモを取らずに、じっと話している人の目を見ている。


それを意識し始めて気付くわけだが、話している人と目が会った場合、笑いの場ではそうでも無いが、真剣な場では目を逸らされて居た(汗)




昨晩もそうだった。

マン・ツー・マンとなってしまった会場の解説をされる新任の偉い方。

まともに目を見て話して下さらない(汗)

下向いたり横向いたり。

私自身は、話される内容を頭の中に書込むつもりで聞いて居るだけなのに。


たぶん、大勢の前で話す事は平気だが、マン・ツー・マンとなると苦手なのかと思う。

私はその逆だ。

マン・ツー・マンは平気だが、大勢の前では頭の中はまっ白(笑)




眼力という言葉がある。

その言葉で思い出すのが、20代の時の出来事だ。


隣市に嫁いだ妹の家に遊びに行き、猟犬の子犬を散歩させていた。

誰も居ない場所なので鎖を解いた。

犬は喜んで吠えながら駆け回っている。


■すると、坂の下の方から、別の犬の声が聞こえる。

ワンワンでは無い。

ヴォンヴォンのような太い声が?

・・次第に大きくなる?

坂下を見ると、黒く大きな猛犬が駆け上って来る!


妹の犬は慌てて私の足下の後ろに隠れ、ブルブル小刻みに震えている。

犬が恐怖で震えるなど初めて知った。


ズザザッーと、私の目の前に大きな犬が飛び出した。

どうやら繋いである鎖が外れたらしい。

鎖を垂らしたままだ。


逃げたら危険だ」

そう感じた私は、大きく両手を大の字に拡げる。


犬に襲われそうになったら、小枝なり何でも持って大きく見せろ。

犬は縦横の大きさで相手の大きさを測ると、何かで見た記憶があるからだ。


大きな犬との睨み合いだ。

その犬の目は怖い!(笑)


私の右手には鎖のチェーンは持っては居るが、振り降ろすにはタイミングで負ける。


体も柔らかく脚力に自信があった私は、右足で犬の頭を蹴飛ばすつもりで居た。

右手のチェーンは、片手でゆっくりと巻き上げながら右手に巻いていた。


■チェーンを巻いた右手と、自分の頭の上まで上がる右足で、

私の後ろに隠れて震えている犬と、我が身を守る為に、

飛び掛かって来るならば、
本気で頭を蹴飛ばすことに集中して居た。


飛び掛かってみろ!お前の頭を一撃で蹴倒してやる!


私自身、かなりの殺気を放って居たと思う。


大きな犬との睨合いは、どの位続いたのだろう・・。


私も犬も動かない。

気合と気合の勝負だった。


やがて、相手の犬がクルッと向きを変えて、坂道を駆け降りた。

妹の犬は足下にすがり付いたまま、まだ震えている。



その話を妹にすると、「あの犬が襲って来たの!よく無事だったね!」と、驚いていた。

だけども不思議に、私は負ける気がしなかった。

ま、スポーツでも始めから負けると思って勝負はしないだろうけど(笑)


普通の人間(と書けば私が普通じゃないようだが(笑))は、このような場合はどうするのだろう?

とにかく、退いては勝てないという事を身を持って知った出来事だった。



■しかしまあ・・

それまでは私の手足に噛みついて居た妹の犬が、以後従順になった。

ゲンキンなものだ(笑)

「この犬、相手を見るのか?」と、妹と大笑いしたものだ。




集中力と耐久力の話に戻る。

長男が小二の時、初めて授業見学をした。そして驚いた。


キョロキョロしている、皆が先生の方を見ていても別の方向を見ている(笑)

別の事で担任の先生と話すことがあったが、小さな身体の息子は、体力的に1時間の授業には付いて行けないとのこと。

・・私とまったく逆だ。


■その後は、息子の集中力や体力を鍛えるために、いろいろと手を掛けたものだった。

公文学習、野球、スイミングスクール・・。

だけども、どれも強制はしていない。


公文やスイミングスクールは体験させると、本人が続けるという。

野球は下手くそだったが、六年生の最後までやり通した。


■この息子、小三の時、高価なゲーム機を買ってくれと言うから、「学級委員長になったら買ってやろう」と約束した。

なれるとは思って居なかったからだが(笑)

・・が、なった!


なんと!手を挙げて立候補したそうな(汗)

・・以後、毎年(笑)


■どうも、私の息子ではあるが、まったく傾向生が違うようだ。

体力は無かったがもの怖じしないし、じつに素直である。

素直な人間というものは成長をするものだ。

さらには、淡々として持続する力を持って居る。


■娘は、私に似ているものを持っている。

娘も友達から父親似と言われるらしい。

喜ぶべきかどうなのか(笑)

コツコツとした努力タイプであるところは、私とは違うけど(汗)

やればやるだけ、確実な成果を上げる。

じつのところ、とてもカナワンと思っている(笑)


■それは息子にしたって同じ思いでもある。
 
二人とも、妻を入れたら三人。

私に無いものを持っている。


それが何であるかは私が一番よく知っている(汗)

親は教えるだけでは無い。

子供から学ぶものもある。



もちろん、子供達も、私の仕事や社会に対する姿勢などは、後ろ姿を見ているだろう。

私が親の姿勢を見て育ったように。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.25(Tue) PageTop

◆【正論、必ずしも正義ならず】義憤としての冷静な怒り


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月8日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



「お前が本気で怒ったら、怖いと思う」、「敵には回したくないヤツ」と言われたことは何度かある。

それはそうだろう。

殆ど怒らない人間が、怒れば誰だって怖いものだ 
(笑)

気の弱い私の中にも小さな正義がある。

今日は怒り(義憤~冷静な怒り)というテーマで書いて見たい。




今から15年くらい前になるだろうか。

日本最大の切手収集団体の支部を立ち上げた頃の話。

「○沢○一的こころ」というラジオ番組で、切手収集家はネクラという発言があった。

それ以前から世間では収集家に対しての偏見があったので、公共の電波で誤解を招く事を言ってもらっては困ると、放送局へ直接に電話をした。


切手は小さな美術品で、印刷技術も凹版を含めて最高水準にある。

記念切手には国の情勢と歴史が現れ残されている。


私達は収集家であって、投機家では無い!

必要ならば市価10円の切手でも大切にするし、値上がりには興味は無い!

・・とまあ、このあたりの抗議が普通に為されるだろう。


私は少しだけ違う。

だから、その次がある(笑)

「私自身も企業家でありCMもしている。番組スポンサーの社長さんが切手収集家と言う事もあり得ることをお忘れなく」

始めは軽く聞いていた局員の態度が、一変した(笑)


■正式書面でも抗議文を出していたので、数日後、何やら大きな荷物が届いた。(高級バスタオルを送られて来た)

『この度は、番組への貴重なご意見に感謝致します』のような書面が添えられていた。

ご意見ねぇ~(笑)

なんと!団体支部へも届いたので、ナイショで抗議していたのがバレてしまった(笑)




同じ頃だったと思うが、私の待望久しい音源がCD化された。

それを、ある有名音楽雑誌の女性評論家がボロクソに書いていた(笑)

『昔は良いと思っていたが、今聞いてみると盆踊りより劣る』のような内容だ。

全国の愛好者の反応は、『ヘビメタ狂いの女なんか相手にするな』という。

だけども、私は手紙で出版社に抗議した(笑)


あなたが何を感じられようが思われようが、あなたの勝手だ。

だけども、それを感情に任せるままに文章にして良いものだろうか?

制作者の努力はどう思われるのか?

全部売り切っても大した利益にはならない分野のものである。

それを待ち望んでいた者にとっては、あなたの言葉は辛過ぎる。

辛口批評が悪いとは言わないが、制作者の意欲を失わせるような言葉は慎むべきだ



その後、その女性評論家。

当分誌面に登場しなかった(汗)


そうなると、もっと気になるもので、どうしたのか?と毎月名前を探していた。

やがて復帰されたが、コメントの内容はガラッと変わって居た。

好感を持てる文面に変わって居た。

たぶん私だけではなく、それまでの辛口批評に抗議が相次いだと勝手に思っている。




また、新聞の悩み相談に、女性カウンセラーが極端なアドバイスをしていたことがあった。

女高校生に対して、近所のおばさんがいろいろと口やかましいという内容だった。

ところが、どう見ても、女高生の方が悪い、態度が普通では無い。

近所のおばさんは、至極まともな言葉だった。


■それを、『おせっかいババアはどこにでも居ます。あなたはその人の事など気にせず放って置きなさい。あなたはあなたの思ったままのことをやれば良いのよ』

驚いた!これがカウンセラー??

そう思った私は、私なりの意見を新聞社に送った。

「相談者が常に正しいとは限りません。状況判断を誤らないで」のような内容だった。

で、その女性カウンセラーさん。

当分、本当に忘れるくらい当分、登場しなかった。


たぶん、その時も、抗議は私だけでは無かったと思って居る。

そして、再登場後は、見違える程のアドバイスになって居る。

このように苦情は受ける側には辛いとは思うが、人を成長させる面もあるものだ。

と、勝手に思っている(笑)




物事には何面もの見方がある。


茶筒を真上から見た者は、「丸い」と言うだろう。

真横から見た者は、「四角い」と言うだろう。

どちらも正しいが、どちらも正解では無い。

角度を変えて見た時に、見えて居ない面が見えて来るものだ。



■角度を変えるには、相手を無理矢理に動かすのか。自分が移動するのか。

私は、自分が移動するのがベストだと思って居るが、もしかして、相手を無理矢理に動かそうとしているのかも(汗)

退路を塞ぐような攻め方も問題だ。

・・私自身の課題でもある。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.24(Mon) PageTop

◆【知は力】失敗を反省し、繰り返さないことの大切さ



 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月1日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



ライブドアのように確信犯的なものは云うに及ばないが、知らないことに対しての定規も必要だと思う。

定規は人によって違うとは思うが、無知に付け込むものに対しては、毅然とした勇気も必要な場合もある。




20代前半の頃、高校同級生HがGS(ガソリンスタンド)で働いていた。

時折ガソリンを注ぎながら簡単な会話程度の話をしていた。

その程度の仲に過ぎなかった。


それまでのHに対する思い出は、陸上部で足が速かったという程度のものだった。

私は100mでは12.8秒が最高タイムだが、Hは『10秒台で走っていた』という。

私はドタドタ自我流で走るだけだが、訓練した者には走法がある。カモシカの足のようなHは綺麗な走りをしていた。


■驚いたのが100mでは無呼吸で走るということだった。

ハァハァ息継ぎしながら走っていては問題外だな(笑)

このH、私が「垂直跳びで85㎝だった」と言うと、『俺は1m跳んでいた』と言う。

確かにHなら、その位跳んでいただろう。


ある時、夜半に酒を飲んだ声で『信用しろ』とわざわざ電話して来たことがある。

始めから疑っても居ないのに?




その時に脳裏に浮かんだのが、【GSで働いていた頃のある出来事】だった。

この話をするとHは非常に嫌がるのだが・・。


ある時、喫茶店で食事していた私を見つけたH。

同席して会計まで持ってくれた

そして、何やら話がしたいから一緒に来てくれと言う。


郊外の住宅に行ったら、若い男がぞろぞろ屯している。

『お疲れです!』のような独特の仲間意識の会話が異様だった(笑)


Hと私は向き合って座り、車の話をして来た。

『車の部品を買うことで性能がUPする』というような内容だった。


問題は、その方法だ。親がどうだの子がどうだの・・。

「俺には車のことはよく分からん、が、これはネズミ講だろ?」

当時はまだマルチ商法と云う名は無かった時代だ。


「悪いが俺は興味が無いので帰るわ」と立とうとすると、『まあまあ』と言って傍の者が押さえ付ける。

最初はHとだけ話していたのに、一人、また一人と、いつのまにかグルリを私は囲まれていた。


■彼等は『アメリカ型の新しい商法だ』と言う。

他の者ならともかく、商売をしている私にはそんな商法は通じない。

どこから見ても、今で言うマルチ商法だ。

どんなにシステムを説明されても矛盾だらけだ。


「この方法では、やがて全員に行き渡った時がお終いになる」と言えば、『その時には新しい商品が出る』と言う。

「具体的に言ってみろ」と言えば、今は言えない』という。

「では帰る!」と立とうとすると、後ろから『まあまあ』と押さえられる(笑)




その繰り返しで、4時間くらい洗脳された(笑)
が、そうは簡単には洗脳されないのが私でもある。

たぶん、長時間、四方八方から言葉を浴びたら、おかしくなるだろう。

私もその場を逃げたくてたまらなかった(笑)


■四方八方と書いたが、【ほんとうに8人位に囲まれて居たと思う】

彼等は、『とりあえず10万円で機械を買え』と言う。(2016年で物価換算すれば、約100万円)

「そんな金は無い!」の一点張りで応酬するのが精一杯だった。

金が無いのではないけど、「犯罪まがいに使う金は無い!」の意味だった。



ほんとうに私は気が弱い人間だと思うが、不思議に、こういう場面では冷静になる。

普通だったら、4時間も拘束されて居たら思考力も落ちて、買わなくてもいい物を買ってしまったり、判子を押してしまうかも知れない。

(よくよく私の人生を振り返れば、ドタン場では強い私が居たようにも思える・・)

で、結局、根比べで勝った私は(笑)、無罪放免となった(爆)



それから間もなく、その会社は摘発されてHは多額の借金を抱え職を失った。

その後、私の取引関係の会社に就職して来て以来、付き合いも頻繁になるわけだが・・。

「お前、あの時、俺をどうしようとしていたんだ?」と聞いたことがある。

返される言葉は、『すまなかった。悪かった。いろんな人に迷惑を掛けてしまった。バチが当たって、俺も店長としての将来を捨ててしまった』

驚いたのが、『だけども俺は、ほんとうに悪い事とは思っていなかった。俺も騙されていた』という言葉だった。




無知とは怖ろしいものだ。

頭の良し悪しでは無い。

金に目が眩んでしまった結果でもある。

いろんな要素が混ざり合うが、一言で云えば社会責任からの判断力かとも思う。


■前述の酒を飲んで電話して来た『信用しろ』は、彼がその時になお、私に負い目を持って居たことを示している。

負い目とは、純粋な人間関係のどこかに亀裂を生じさせているものだ。


その後の彼は、仕事で活躍し立派な社会人へと成長を遂げた。

ギラギラした顔つきが柔和になって、人間的に何周りも大きくなった。

失敗を反省し方向転換をした結果だと思う。



■だけども、私が何十年も前のことを時折このように思い出すように、彼もまた思い出したくないことを思い出しては後悔しているに違いない。

誰も責めては居ないのに・・ 。

もしかして、彼は心の奥底にしまい込んでしまったものに、悪を感じているのかも知れない。

それは、その時には悪であったかも知れないが、それがあったからこそ人間的な成長があったのだと思う。


ならば、災い転じて福と成すではないか。

失敗がすべて悪では無い。

同じ過ちは繰り返さない。

その後に、どう立ち直るか。どう生きるか。
では無いだろうか。


Hよ。

お前は立派な男だよ。

俺が、お前を目標として居たことさえ知らないのだろうな。

野暮なお前だと思っていたが、カンツォーネ好きだと聞いて嬉しかったぞ。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [4] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.23(Sun) PageTop

◆【若き頃のバイタリティは素晴らしい】大学時と共産主義者との出逢い


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月21日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



私は団塊の世代の人間だ。

第一次ベビーブームの真っ只中で産まれ育った。

いろんなタイプの人間が居るのが面白くもある。




若くして会社を守る立場になった私は、簿記とソロバンを覚える必要があった。

理系大に進みたかったのだが、その道は閉ざされた。

大学進学は諦めていたが、応援に戻った男が多くて、急遽私は夜間の大学へ行った。


■当時の大学面接の試験官(数学教授)が言った。

『おお君が○○君か、数ⅡBを選考したのは君だけだ』と、珍しそうに見ている(笑)

本当は数Ⅲを受けたかったのだが、受験科目に無かったのだ。

商業大学とはそんなものなのかと、少しばかり落胆したものだった(笑)


■この面接試験の教授は、数学の他に心理学を教えていた。

心理学は授業科目に無かったが、私が個人的に教えてもらっていた(笑)

今考えると、数学と心理学・・。

合わん(笑)




その大学の1年の時、後期の試験で必須科目の民法を落としてしまった。

困った。

1日でも早く帰らなければならないのに、1年間長引いてしまう。


私は意を決して、教授の部屋に乗り込んだ。


文面からは強そうな私に見えるかも知れないが、私はそんなに強い男では無い。

だけども必死で食い下がった。

本当に必死だった。


いくら頼み込んで来ても成績には変更は無いぞ』

「僕は点を上げてくださいとお願いに来ては居ません。追試をしてください」

『私は追試は絶対にしない。来年1年、再勉強をしたらいいだろう』

「僕には、その時間が無いのです」



『成績が悪ければ仕方が無いだろう』

「設問を間違えて答えてしまいました。勉強はしています。どうか追試をして下さい」

・・教授は私の答案(論文)を取り出して読み始めた。

『・・う~ん。君は。私の授業をよく聞いてくれているのだな。答えは完璧だが・・。問いを、勘違いしてしまったのか・・』


■そうやって1時間以上、追試をしてくださいと座り込んで粘ったが、NOという返事だった。

その日は、落胆を隠せないまま帰った。


・・が、翌日、学校に行くと、「○月○日民法の追試を行なう」と掲示板に公告されているではないか!

頑固な教授だったが誠意は通じたのだ。

嬉しいってものでは無かった。

「ありがとうございます」で、心は一杯だった。

追試は最初の試験と同じ問題だったので、不可から優になった(笑)


この時の粘り腰は、自分でも大したものだったと思って居る。

授業は真面目に受けていたし、本気で学んでいた努力も認められたのかとも思う。



余談ながら、このおこぼれにあずかった学生は半端な数では無かった。

追試の試験場でハチ合わせた人数の多いこと多いこと(笑)


何人の人間が救われただろう。

私は人助けをしたのだった(笑)


その教授には、自らの信念を変えてまで、私に対座してもらった事に、今なお感謝の念で一杯だ。




同じ大学生の頃、日本中が70年安保で大騒動だったことがある。

私も学生集会に参加した。

・・では無い。

言葉は正確に。

連れて行かれた!(笑)


安保粉砕、革マル、ゲバ棒、火炎瓶、闘争が、象徴的な言葉の時代であった。

(ちなみにゲバ棒のゲバは、当時の共産主義革命家チェ・ゲバラから来ている)

私の連れて行かれたところの連中はブッそうな奴らは居なかった。


・・が、何やらワカラン難しいことを言っている(笑)

マルクス、レーニンがどうだの、共産主義がどうだとか、サッパリ興味が無い(笑)



座卓も円卓だ、上下の関係は無く平等にということか?

とにかく、どうでもいいから早く終わってくれよと、円卓ばかりを眺めて全く別の事を考えていた。


すると、『○○君!君は何も喋らないが?何か意見でもありませんか?』 と、突然!私に振って来た!

「何も喋る気にならんし、俺にはお前らの言っている意味さえワカランのだぞ!」(もっとも、解ろうともしないのが本音だが)

「俺は商売屋の息子だぞ、お前らの言う平等論は机上の空論にしか聞こえん」

「お前らの言う、上に立つヤツ、なんだっけ?ブルジョアか」

「お前等が、その立場に居ないから批判するのだろうが、ヒガミじゃ無いのか?」


・・まあ、何やら目一杯反撃の言葉の嵐だった(汗)


「悪いけどなぁ、俺は苦学生で働いて勉強している身だぞ」

「お前等みたいに仕送りに頼って、理論漬けの毎日じゃないのでなぁ、明日のパンが大事なんだぞ!解かるか!」


「お前ら、本気で平等を唱えるなら、俺にパンを運んでみろよ!」

・・とたんに会場は静かになった(笑)




私は、その数時間の間、彼らの話は殆ど聞いて居なかった。

円卓を見ている間に、円から想像を膨らませて、今で言うメビウスリングを考えていた。


円周の外と内と別々だが、これをネジらせるとどうなるのだろうか、とか(笑)

その話を少しだけしたら、『変わった発想をするな』と、一人の男が興味を示した。

それが、今なお親友である、Oだった。


■月日は流れ、私はOに言った。

「あの会議は一体何だったんだ?お前、まるで別の方向に生きて居るじゃないか」

『若気の至り、若気の至り、そういう時期もあったよな』と、穏やかに笑っている。


「ところで、誰だっけ?太宰治にかぶれてフー太郎で死んでしまった奴が言っていた、お前も言っていたぞ。えっ~と・・」

『ニーチェのことか、神は死んだと言った・・』

「そう!それ!お前、本気でそう思っていたのか?」

『当時少しはな、今は違うぞ、だけど、お前のメビウスリング理論には驚いたわ』

「知っていて喋ったのじゃないってところがスゴイだろ(笑)」

『とにかく昔からお前は変わったこと言う奴だ』(おいおい)




中学時代に、この友人と一緒に美術の写生をしたことがある。

いとも簡単にデッサンし時間内に仕上げて、しかも上手い!

いつも掲示板に張り出されていた。

私はと云えば、それはそれは無惨なもの(汗)


■その友人、大学2年の後半頃、いつの間にか消えてしまった!

消息不明!

商業高校、商業大学と歩んで来たが、途中で美大に行ったらしい。

やはり、才能がそうさせるのだろう。


やがて地元に帰って来たことで知ったわけだが。

私は嬉しかったが、考えてみると地方に埋もれさせて置くには惜しい男だった。


■あと数年で定年を迎えるが。

先日、「辞められるものなら今すぐにでも辞めたい」と漏らしていた。

本音だろう。


彼のしたいことは解っている。

自由な創造だ。

依頼を受けて作らされるのでは無く、思うがままに創りたいのだろう。


思えば、俺が美術や音楽への興味を持てたのも、お前が居たからこそだな。
 
ありがとうよ。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.16(Sun) PageTop

◆「幸福の科学」の教えには人類普遍の法則が説かれている


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2011年5月4日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



大型連休に入った。(この原稿を書いた時は4/28だったが、都合で後回しになった)

日本中で民族大移動が起きる。

良いことだ。

被災地の東北へ出掛ける人達も多いようだ。

どうか、興味本位だけでは無いことを願う。

東北の現状は、明日の自分達かも知れない事だけは、心に留めて置いて頂きたい。

本格的な危機は、これからだ。

休める時は休んで、鋭気を養って頂きたい。




【プロローグ】

「幸福の科学」に入信して15年以上になるが、その間、数多くの奇跡を体験している。

奇跡が起きるか否かは、私自身の心境と連動している事も解った。

数多くの奇跡現象に出逢って来たが、その殆どは他人に語ることは無かった。

少しずつ、私の中で封印していた奇跡現象を紹介してみようかな・・、という気持ちになった。




【信じられない男と、信じられる人達との出逢い】

15年前、「幸福の科学」に入信するキッカケになった反面教師が居た。

元暴力団で、創価学会の信者だった。

彼が薬物をやっていた事は知っていた。(当時はやめていた)


■裏世界を渡り歩く男というのは、脅すことに長けている。


私が彼を嫌う表情を見逃さず、『お前、ワシの過去を知っているな』と、噛み付いて来た。


1対1なら負けやしない。

だが、私へでは無く、『お前に話したのはあいつだろう、今からあいつの会社ブッ壊してやる』と言う。

困った。

私への攻撃はしないが、私の居ない時に、ブチ切れたら何をするか解らない前科のある男だ。

しばらく私の傍に置いて諦めるまで待って居た。

いつも連れていたので、他人には「仲が良い」ように映っていたようだが、とんでもない。

どうして切り離そうか・・。

そればかり考えていた。


■彼個人は、優しい目の時もあれば、危険な目を併せ持つ男だった。

海辺で石投げしている時などは無邪気な表情も見た。

「それだ、その笑顔だ、いい顔してるぞ」と言うと、『やめてくれ、俺の笑顔は嫌いなんだ』と言う。

写真を撮ろうとすると、本気で『やめてくれ、撮らないでくれ』と逃げ回る。

「写真撮ると何か変なものでも写るのか?」と思ったものだ。(今思うと、その通りだったと思う)


■そういう彼が、朝早く電話して来たことがあった。

家の前にスズメバチの巣があるので怖くて出られないと言う。

とりあえずジェット噴射の殺虫剤を買って行って見ると、なんと、たった1匹の巣だ。

叩き落とした。

飛び出したスズメバチには、殺虫剤を噴射した。

どこかへ飛んで逃げたので様子を見たが、戻って来ることは無かった。

だが、彼は、震えながら「怖くないのか、大丈夫か」と何度も聞く・

暴力団までやった男が、スズメバチ1匹を怖れるとは、なんとも不思議で仕方がなかった。

それが彼の正体で、本当の彼だろうと思ったものだ。


■彼が、私に手出しする事は一切無かった。

彼の身の上を知っている私には、時々、彼が哀れに思えていた時もあったくらいだ。

だけども、時々、別人のようにおかしくなる。

・・それが怖かった。


母と同じだったからだ。

母も、彼も、おかしくなった時は豹変する、非常に暴力的になる。

怖いと言っても、母や彼の暴力が怖いのでは無い。

そんなものには負けやしない。


■母もそうだが、彼の背後に居る、何か得体の知れないモノが怖かったのだ。

彼も母を見て、『あんたお母さん、あんたより俺の母さんがピッタリだな』と、言っていた(笑)

このふたりの背後に居る得体の知れないモノが何だか解らない。

解らないこと自体が怖かったのだ。

そんな彼との生活が半年続いただろうか。。




ある時、私の信頼していた若い子が、『どうかしたのですか?』と、心配そうに私に問い掛けて来た。

「ん?何でもないよ」と答えたが、普段は笑顔の私の深刻な顔を初めて見たと言う。

私としては、私個人の問題だから、お客を巻き込むわけには行かなかった。


そしたら彼は、『宗教は何か』と聞いてくる?

「曹洞宗だけど?」

『幸福の科学って知っていますか?』

「知らないね」

『大川隆法って聞いたことあるでしょう?』

「聞いたことも無いけど?」


■当時は「フライデー事件」真っ盛りの頃だ。

若い彼にしたら事前調査だったのかも知れない(笑)

私は、新聞もTVも見ない生活しているので、どんなに騒がれようが知る由も無い(笑)

(例え知っていたとしても、どちらに非があるか程度は解るつもりだ)

この子は(今では立派な父親)、いったい何を言いたいのだろうと不思議に思った。

助けてもらいたい訳では無かったが、なぜだか?この子なら話しても良いかなって気持ちになった。


■そして事の次第を話すと、驚いた様子だった。

『その話は僕の手に負えません、僕達の仲間と相談して見ませんか』と、どこかに電話する。

電話相手もOKだったらしく、待っていると言うので、私は【お客への義理】として付いて行った(笑)


これでも私は、信じられない程の修羅場をくぐって来た人間だ。

本音は助けてもらおうなど、微塵も無かったし、出来るはずも無いと思っていた。


連れて行かれた所は、女性一人だったが、夜中でも明るく、なんとも心地良い家だった。

さすがに私の話には答えは出せなかったが、直感的に「この人達は信じられる」と思った。

そして、そのまま当時の誌友会員になったし、その晩にはゴッソリと本を頂いて帰った(笑)




【解決へ】

断って置くが、そう簡単には宗教には身を寄せない私だ。

それまでも同様に、義理でいろんな宗教の家に行っていたが、すべて拒否していた。

拒否するだけなら良いが(笑)、持論で寄せ付けなかった。


この時だけだ、この時だけ、何故だか解らないが、スンナリと受け入れる気持ちになった。



■そして、頂いた本を読み始めて衝撃を憶えた。


スゴイなんてものじゃない!

私と同じ考えがそっくりそのまま入っていて、それ以上のものだった。


頂いた本の中には、子供の頃からの疑問の答えが明確に説かれていた。


そして、「幸福の科学」の本を読み始めたのを知った彼は、次第に私と距離を取り始めた。

創価学会の信者とは言え、名ばかりで、兄から強制的に信者にされたのは知っていた。

だから「この本はスゴイぞ、お前も読んで見ろ」と、彼にも勧めて居たのだ(笑)


彼は、『大川隆法だろう、そのうちにな』と、その頃から様子がおかしくなった。

それから間もなく、彼は店の金を盗んで消えてしまった。

警察に届ける事も考えたが、彼の兄の力ですぐに出て来るのは目に見えている。

その後同じ事の繰り返しになるのならと、私の勉強代だと思って追跡しなかった。




【彼の幸せのために、3ヶ月間毎日祈りなさい?彼のために祈願を受けなさい?】

「幸福の科学」の祈願の中に【悪霊撃退祈願】というものがある。


世話になった女性が、【相手の幸せの為に】3ヶ月間祈願を受けて、毎日祈りなさいと言う?

被害者の自分が?加害者の相手の幸せの為に?


解るようで解らなかったが、言われるままやってみた。

素直に従えた理由は、入信後、「ここの人達はスゴイ、とても敵わない」という、産まれて初めてだったと思えるコンプレックスを感じたからだった。


■それから丁度3ヶ月経った頃の朝、夢を見た。

明るい場所で、なんとなく雲の上のようで、向こうから彼が見たことも無い笑顔でやって来る。

それも日本神話に出て来るような白装束の姿をしているし、私も同じ恰好だった。


笑顔で近寄って来た彼は、「どうだ、こたえたか(まいったか)」と言う。

私は、「ああ、いい魂修行をさせてもらったよ」と、ふたりでガッチリ握手している夢だった。

夢とは思えないリアリティあるもので、今でも憶えている。


■さらに驚いたのがその晩だ。

3ヶ月間行方不明の彼から「もう一度助けてもらえないか」と電話が来た。

私は夢の中の話とは違う態度に出た。

「お前は何をしたのか解っているだろう、もう2度と来るな、話は聞いてやるから今どこだ」。

近くの公衆電話だと言うので行って見ると彼が居た。

「どんなに助けを求められても無理だ、持ち去った金は俺の勉強代だ、だから2度と来るな」と、突き放した。

彼は黙ったまま立ち上がり、深々とお辞儀をして去った。




【再開、だが、とんでもないことに!】

彼との話はそれだけでは無い!

「幸福の科学」に出逢い、子供の頃から疑問に思っていた事が次々と解ける快感を味わって居た頃だ。


■映画「ヘルメス愛は風の如く」のチラシを配っていたら、半年ぶりに彼に出くわした。

「久しぶりだな、元気か」と、30分程度話したら・・、どういうわけか、体が鉛のように重くなって来た!

一緒にチラシを配って居た女性から『あの人、だれ?』と聞かれたが、「話す時が来たら話すよ」。

「なぜか体が言うこと聞かなくなったので、悪いけど帰るね」と言って、家に帰った。


家に帰っても体は小刻みに震え、心は恐怖の塊のようになっていた。

1時間・・2時間・・いっこうに収まらない。

「そうだ!支部に行こう!」と思い立つと同時に、車で向かった。

時刻は夕暮れ、30分経った頃、大きな夕陽が目の前に見えた。

「すごいな、素晴らしいな、ありがたいな」と涙が出て来た、・・と同時だった。

体がガクン!となって、私の体の中から何かが逃げ出した!

間違いなく、何かが逃げた!


■支部に着いた時には、もう元の私だった。

その話を支部長にすると、「支部に来ようと決心されて良かったです!」と、喜んだ声で言われた。


「チラシ配りの邪魔が入ったのですよ、○○さんを潰せば出来なくなりますからね」

(後で聞いたら、確かに私が帰ったので、そのまま終わったようだ)


「夕陽を見て感動されたので、悪魔は憑いて居られなくなったのですよ」

その時初めて、悪魔を、この身で知った。


もちろん入信前も憑いたり離れたりしていたのだろうが、真理に遠い所に居た私には解らなかった。

彼の背後には【何か居る】とは思ってはいたが、それが何なのかを身を持って知った。

たったの半年だ!

その間、必死でみんなに追い付こうと真理を学んでいた。

今思えば、光と影の違いがはっきり解る処まで位置していたのかなと思う。




【10年後】

それから10年経った頃、私は当時の話をチラシ配りの女性に語った。

なんと!

『そうだったの、私はてっきり逆かと思って、○○さんが悪い金貸しに・・』

大笑いした(笑)

だが、傍目には、そのように見えたのだろう(笑)

半年だ。

たったの半年で、それまで一緒に居ても平気だった彼との距離が、大きく離れて居た。


■光を知った私には、光と影の違いが現れ始めていた。

悪魔か悪霊か知らないが、入られた時の感触も知った。

自分が自分でなくなる事を、この身で知った。

精神というか、魂までダメージを受けるまでに追い出したのが良かった。

それが【感謝の心】だった!

感謝の念いが満ちると、邪悪なモノ達は憑いて居られなくなる。

このように、人としての真なる生き方を学び、世の中を善なる心の持ち主で満たそうとしているのが「幸福の科学」だ。



【もうひとつ】

春の陽気のいい日にうたた寝をしていた。

夢のなかで、風景が出て来た。

見たことも無い山村風景で家がある。

「ああ綺麗な風景だな」と思うと、パッと次の場面に変わった。

それもまた「綺麗だな」と思うと、またパッと次の場面に変わる。

場面が次々と変わる、そしてそれが心地良い。


■次第に場面展開が速くなり、パッから、パッパッの状態、そしてパッパッパッパッと変わる。

どんどん速くなる!

とうとう、バババババーというような、超高速の場面になるが、それがすべて解る。

そして、とっても心地良い。


だが、『そんなとこ寝てないで起きなさいよ』と、妻に起こされて目が醒める(笑)

惜しい事したと寝直しても、もうダメだ(笑)


■この時の私は、いわゆる【走馬燈】を見ていたのだと思う。

最初は1枚ずつゆっくりゆっくりから始まったが、超高速になっても、全部理解出来た。

もっとも今では、何を見たのかは殆ど憶えていないが、不思議なことがある。

走馬燈だけでも充分不思議だとは思うが(笑)、「金閣寺」だけは憶えている。


だが、その「金閣寺」を映している場所が問題だ。

他の風景も、すべて同じだったが、地上からでは無い?

いろんな風景があったので高さは解らないが、とにかく【中空】だった。

「金閣寺」も中空から見たものだったので、あり得ない場面だった。

そして、それを見ている時の、なんとも言えない心地良さだ!


■ただ少し気になるのが、その風景のどこにも人は居なかったことだ。

これが何を意味しているのか、未だに全く解らない。


人が亡くなる直前に【自分の人生の走馬燈】を見ると言われるが、私は人生では無く、風景の走馬燈だった。 

もしかしたらと、勝手に思っているのが、私の過去世の風景だ。


それは、私が死んで、無事(笑)、天上界に還った時に解るので、お預けにして置く。

今回は、そういう事もあったという事だけ記し、留め置く。




【子供の頃から脳裏に浮かぶ風景】

私が小学生の頃から、ある風景が明確に脳裏に浮かぶ。

窓は総ガラス貼り

窓の外は緑の木樹

床は絨毯

背後の壁面には本棚でビッシリ


そして私は、窓際の明るい日差しと緑の木樹の中で、姿勢良く読書している。

ただし、小3の頃までは、このビッシリの本棚の中身はマンガだった(笑)

だが、大きくなるに連れて、風景は全く変わらないが、マンガが難しい本(笑)になっている。

もの凄い勉強家のシーンに変わっている。


■その風景は、この歳になると少しはボヤけて来たが、殆ど変わらない。

これが前世の記憶だったら、私は大富豪に生まれて、信じられない勉強家と言う事になるのだが(笑)

なんだかな~(笑)

ちなみに、私の小4の時のIQは150で中2の平均レベル、運動能力も同じく中2レベルだった。

だから、先生に尻叩かれたってものでは無かった(笑)

遊ぶことが忙しくて、ご期待にまったく添えなかった(汗)


ちなみに、私が幼い頃には、こういうものを見たような気がする。
 angel1.jpg





【エピローグ】

この私の「幸福の科学」に入信するキッカケとなった事を書いている途中で、少し体調を崩した(鼻血)

この程度大した事無いと、書き続けていたが治まらない。

じつは、これらの話とは別に、【弱い者】、【弱い部分】を狙って来る悪魔の話を書いていた。

どちらも私の実体験の話だ。


■この【入信するキッカケ】の話の中でも、男の背後に何が居るのかくらいは察しが付いていた。

だから何度も写真を撮ろうとして、背後に居るモノの正体を知ろうとしていた(笑)

それを察知した男は、逆に、霊的な事から脅して来ていた。


私は、毎日のように母が豹変・狂気の中に居たので、怖いというよりは真実を知りたかったのだ。

男の背後に居たのは、間違いなく悪魔・悪霊だ。


不思議だったのが、入信する前は1日中でも平気だったのが、僅か半年程度で30分の会話が持たない。

完全に世界が違ってしまった!


■だが、たった30分の接触の間に、私自身の中に彼の悪魔・悪霊が入って来た。

今でも悪魔・悪霊に入られた時の感触は忘れていない。


そういう邪霊に取り憑かれている人は、意外と多いですよと知らせようとしたら、体調がおかしくなった!

頭は正常だ(笑)と、思っている(爆)

出血が酷くなったので中断して、夜中の緊急病院で手当してもらった。


どうしても、悪魔・悪霊の話は書かせたくないようだ(笑)

そういう嫌がらせするなら、こちらも負けるわけにはいかないから、書くに決まってる(笑)


■じつは、これを書きながらも、後頭をズキズキさせるモノが居る。

普段の私は頭が痛い事など殆ど無いのだが、お邪魔様が居るようだ(笑)


自分史を少しばかり書こうとしただけで、これだけの邪魔を受けるとは思っても居なかった。

あの男とは15年は出逢っていないが、私の中では、やがてはいつかは更正させようと思っている。


だけども今は、その男に構っている暇は無い。

もっと急いでしなければならないことがある。


東北の現状は、明日の自分達かも知れない事だけは、心に留めて置いて頂きたい。

本格的な危機は、これからだ!

休める時は休んで、鋭気を養って頂きたい。


 kokoronoshishin-052.jpg



1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.12(Wed) PageTop

◆悪にも「為す悪と為さぬ悪」があります



【HPより移転】 このブログを始める前まで、HPに書いている話を移動します




悪にも、「為す悪」と「為さぬ悪」があります


為す悪は言うまでもありませんが、為さぬ悪は見過ごされがちなものです


為さぬ悪とは、手を差し伸べれば助ける事が出来たのにしなかった、というようなものです





************************************************************************************************************

人が人を変えようとしても、変えられるものではありません


だけど姿勢を見せ、影響を与えることは可能です


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



数年前、私の近くの神社裏にヤンキー高校生が20人以上屯していました


隠れて酒と煙草です


私がその子達の存在に気付いた時、彼らに注意を致しましたが、近所の大人達は見て見ぬ振りをしていたようです


皆様はこういった場面ではどうされるのでしょうか?




私は簡単な言葉を彼らに交わしました


以後、彼らの姿が無くなったので「何を言ったのか」と手が出せなかった人達に聞かれましたが、ただの普通の会話です


おおっ、いいもの飲んでるな。美味いか?


おやっ?何を隠した? 煙草か。火事に気を付けてくれよ



なあ、ここの神社はボロに見えるけどな、燃えたら1億円は要るんだぞ



それとな、この神社の天之御中主っていうのは日本で一番偉い神様なんだぞ

帰り際には手くらい合わせろよ



「くれぐれも煙草の始末だけはしてくれよ。頼むぞ」、というような調子です


それだけで、彼らは屯すのをやめました




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


また、神戸で暴力団の抗争があった頃のことです


夜半、外食をしていたら見るからにヤッちゃん風の男が入って来るなり

『神戸もんをなめるんやないでぇー』と、カウンターをドン!



私が平然?と食事をしていたのが気にくわなかったのか?

「あんさん何してはるんですか?」と寄って来ました


「うん、ま、いいじゃない」と言ったら

『わりぁー!なにもんや!』です



こりゃいかん、きちんと向き合おうと思って素性を明かしました

『そや!それでいいんや!わいらは人様を色眼鏡で見るよってな』と言いながら、隣の席に腰掛けました



どうやら彼は、口には出しませんが、脅しが効かない私が何者かを知りたかったようです ^ ^


ひょっとしたら、彼の同業者かと思ったのかも知れません(笑)




それから彼は、いろんな業界話をしてくれましたね


だけども、最初は脅しのような「業界話」から始まって、少しずつ「身の上話」に変わって行きました


私は、彼の話を訊いていただけです



しばらく経った頃、外で喧嘩があったらしく、電話を借りに人が入って来ました


そしたら、「喧嘩でっか?ワイがチョッと絞めたりまひょ』と、立ち上がり掛けます


「あんたは、ここに居ろ!」と、立ち上がり掛けた彼の肩を押さえ込んだ時、レスラーのような肩の筋肉が解かりました ^ ^


彼は素直に、『さいでっか、ほんならそうしまひょ』と言って、話が続きます(笑)




2時間経った頃、周りを見ると、いつも満員の店には、私達以外誰もいませんでした ^ ^



そして、彼は本音をもらし始め、とうとう大声で泣き出しました


あんさんは強うおます、わいらはほんまは弱いんや~~~


明日の命が保証されてへんのです、怖いんです、助けて欲しいんや~~~



私には、まったく生きている世界が違うので、どうしようもありません


ただただ、彼を見守っているだけでした




『騒がして、すんまへんでしたな。あんさんには、本当のこと言いますわ』


『わい、何も持ってやしませんのや』

と言いながら、ポケットを裏返してみせます


「そんなこと、わかってるから、もういいよ」


『歳もゴマかしてましたんや、わい今、○○歳ですねん』


「そうだろうな、そのくらいの歳にしか見えないよ」


『そいから、わい、W大学の法学部出てますんや、弁護士にならんとあきまへんのや』


「W大学の法学部?凄いじゃないの、弁護士か・・」



冷静になった彼は立ち上がり、店の主人と私に深々と頭を下げ、非礼を詫びました


そんな彼のことは気になりましたが、私には無事を祈ることしか出ませんでしたね

************************************************************************************************************


何が言いたいのか、お解り頂けますでしょうか?


私が特殊な人間ではないのです


むしろ、その他大勢に類すると思います




だけども私は、どんな人間にも「仏性」があることを知っています


たったそれだけの違いだけなのです


だけど、その違いは大きいです




「仏性、神性」はこの世に生まれている全員が持っています


その点においては平等です


それを信じられるか、信じ切れるかで、行動結果が違ってきます



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「世の人は皆、我の味方」考えられる人と

「世の中の人は皆、我を害するために存在する」て人とでは、どちらが幸せでしょうか?



私は、高校生やヤっちゃんにも

等しく「仏性」の存在することを確信しているからこそ、隔てることなく接することが出来ました



彼等は、私の期待を裏切らず、見事に仏性の存在を示してくれました


イジメ問題に当たるには

「この【仏性】とは何かを知らなければ難しいですよ」と述べたのが、先日の「それは宗教の仕事でもありますね」の意味です



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



どんな悪人でも24時間悪いことを考えているわけではありませんし、どんな善人でも悪しき思いの一つも出さないことはありません


そこには、個性の違いが、金平糖の突出のようになって現れています



以前、20歳の子8人に「金平糖」の話をしました


「君達、金平糖を丸くするにはどうするか?」と、質問しました


7人は「尖った部分を削る」と言いました


たった一人だけ「隙間を埋めればいいのじゃ?」と答えました



私は、答えはどちらでも構わないのです


どちらも間違っていませんしね ^ ^


それぞれの子供達の考え方を見たかったのです



だけど、これを人間の個性として見た時に、尖った部分は良かれ悪しかれ、他の部分より傑出している部分です


この傑出した個性を削って小さな球にするよりは、その個性に埋もれた凹みの部分にパウダーを詰めて、大きな球にしたいと考えるのが私です


現在のように個性埋没社会にあって、尖った部分を削れば丸くなるという反応は当然ですが


【コロンブスの卵】のような発想の転換は大切ですよね ^ ^




イジメの問題には、局所的には即効的な特効薬のようなものが欲しいですね


そして大局的には、愛の大河のように、愛に満ちる世界観です


そのためには、個性溢れた個々からの出発なのですよ


個々が愛に満たされてこそ、愛与え人になれます




愛は与えるもの、【与える愛】が出発点です


その逆が【奪う愛】です



愛は、姿を変えれば、優しさであり、思いやりであり、育む心です


すべて方向性は、自から他に向くものです



愛を頂いたら、それを自らに押しとどめることなく、他の人に分け与えることなのですよ


愛を自らの中に押しとどめようとした時に風がやむ如く、愛は死にます


循環してこそ愛が愛であり、愛の循環こそが人類に与えられた課題なのです




まずは、個々の愛の器創りからでしょう


最初は小さな出発です


でも、その先に、愛の器を広げて多くの人に愛を与えたいと願う人には、チャンスが訪れます


宝くじのようなものではありませんよ(笑)



それは、魂を飛躍させるための試練として現れます


この試練を乗り越えてこそ、愛の器が大きくなるのですね





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



銘刀は熱い炎で焼かれ、槌で打たれ、大変な試練を通して、切れ味が鋭い銘刀となります 


ダイヤモンドと石炭は同じ材質です


長い間地中深く圧力を受けて地熱で熱せられ、結晶化したものがダイヤモンドです


人々に美しいと賞賛されるまでに、ダイヤは大変な試練をくぐり抜けているのです




私が言い続けているのがここなのです


試練はあなたの魂の飛躍のチャンスなのですよ・・と


自ら試練に向かう人も居ますが、それもまた問題ではありますけどね(笑)



試練は苦労を伴いますので確かにつらいです


その時に、この試練は自分に何を気付かせようとしているのかを見詰めることで、向かうべき道が見えて来ます


多くの人が、あと一歩、あと少し、のところで「無理だ」と引き帰えされているのが現状です


それほど、魂の器を広げるって大変な作業なのですよ




だけど、もう少し、楽な方法もあるのですね


それは、【心のダイヤモンドに曇りや埃が付いていないだろうか?】の点検作業です


本来は眩く輝き、煌めくはずの心のダイヤモンドが、いろんなしがらみで汚れて光が落ちています


それを磨く作業が【反省という錆落とし】であり、【感謝というつや出し】です


この、自らが持っている光を遮っているものを取り除くことも、魂の発展には大切な作業です


これらは何のためにあり、何のためになさればならないのかと申しますと

すべてが【愛の循環】なのです





大きな器は、大きな鏡は、大きな光を放ちます


鏡が汚れていたら磨くことで、光を放ちます


そんな光に充満した世界が、愛に満ちた世界であり、天国と呼ばれているものです




みなさんも、人類全員が、この自由自在な天国から生まれていらっしゃるのです


「人間神の子」とはどこかで聞いた言葉ですが、その通りなのですよ


そして、この不自由な、思い通りにならない世界で

如何に天国的な生き方をするかが、私たちの課題でもあります




人の念いは「一念三千」です


人の言葉で、人の念いで、右に左にと、心の針は揺れ動きます


この念いの針がとどまった場所がどこであるかで、その人と波長同通の世界とつながります


人を害し責める念いの強い人は阿修羅界に、度を超した男女の欲を求める人は色情界に通じてしまいます


ですから私達は、一日の内で半分以上は天国的な念いで生きていたいものです





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.08(Sat) PageTop

◆【人生相談】うつ病の母との葛藤の中、自分も同じ病に



【HPより移転】 このブログを始める前まで、HPに書いている話を移動します



【うつ病の母との葛藤の中、自分も同じ病に】


(質問)> うちの母親の(うつ病)も治りますよね?そう信じたいです


逆にね、お聞きしたいのですが

医者から「治らない病気です」と言われたでしょうか?


「不治の病です」って言われてませんよね ^ ^


うつ病は心の風邪と言われているようにね、誰にでもなりうることです


これが、身体の風邪だったら治るかどうか心配されますか?


どういう治療をされますか?


風邪薬を飲んで、体を休めて、体力の回復を待つでしょう ^ ^


心の風邪もね、同じなのですよ



私の皮膚病はアトピーの親玉のようなもので、私はその中でも横綱だと言われていました(笑)


どんな医師からもね、一生治りませんと言われ続けて来ましたよ


それが治っちゃいました


何もしなかったらね


治らないと宣言されたものでも自然に治ったのですから、風邪が治らないはずがないでしょう





(質問)>やはり早寝早起きしないと、うつもよくならないでしょうか?


人間はね、時計の無い場所に居ると、約25時間周期の生活をしてしまいます


つまり、生活時間が少しずつ少しずつ、ずれて遅れてしまうのが私達なのですね


夜型に慣れてしまっている現代人の特徴でもあります



これを元に戻すのは大変ですよ


そのままずらして一回転させるか、寝ないで起きているかしないと戻りませんね



ですから「早寝早起き」は大切な治療法ではありますが、ご家庭では無理なのは解っています ^ ^


入院されるとお解りになると思いますが、9時には消灯ですよ(笑)



太陽の光を浴びることも健康法だと知ってくださいね


特に精神的な病は、光学的な療法が望まれます




ちょっと話がそれますが


心の病の方の部屋はね


うす暗い部屋が多かったり


黒っぽいものや人の顔の写真などがあちこち貼ってあったり


さらには歩き場もないほど散らかったりが多いです



だから私は蛍光灯を倍にして、顔写真の代わりに風景写真を貼り、整理整頓を勧めていたのですよ


いらない物は処分して、部屋明るく広くしただけで回復に向かった人もいましたよ




(質問)>私は一体何に属するんでしょうか?


確かにね、うつ気味だとは思いますよ


軽い心の風邪を引いていらっしゃるかとは思いますよ


だからと言ってね、深刻にとらえないでくださいね



精神科医の話にもあったでしょう、「活動エネルギーの無くなっている状態」だと


風邪を引いたら活動エネルギーなんて出やしませんよね ^ ^


そんな時は体力の回復を待つでしょう?



心と体はね、バラバラではありません。常に連動しています


風邪を引く時はどんな時ですか?思い出してみてください


気力、体力が充実している時は引かないでしょう


ついつい油断をしていたり、疲れ切って体力を落としたりした時に引きやすいものです





【愛】のことですが

この愛こそがね、私達が探求して掴み取る大事な宝ものです


愛とはね、追求しても追求しても際限がありません


それほど求め甲斐のあるものなのですね


私も今なお、あなたと同じ愛の探求者でありますからね ^ ^




あくまでも私なりにですが簡単に言わせていただくと


愛とは、あなたが他の人からして欲しいことを、他の人にして差し上げること


愛は循環してこそ愛が愛たる所以です

(風は流れてこそ風と呼ばれ、風を止めてしまったら、ただの空気ですよね ^ ^ )


愛は欲しいといっている間は手に入らず、愛を差し上げたいと思った時に我が心に灯ります




まだまだ書いたら切りがありませんが


愛とは、光の別名なのですね


太陽の光は愛そのものです


太陽から光の放出代金として請求書が届いたことはありましたか?(笑)



愛がどんなものかを解りやすく言えば

優しさ、暖かさ、穏やかさ、素直さ、正直、希望、勇気、忍耐・・


すべて光の性質なのですね




(質問)>私は母に対して愛を与えられるでしょうか?

>私と母との間には大きな隔たりがあるのです。乗り越えられるでしょうか?


少なくとも私は、愛を与えるまでにいったかどうかは解りませんが、乗り越えて来ました


それはたぶん、あなたに負けず劣らずの環境だったかと思います



若い頃の母の面影は鬼夜叉面でした


それが今では優しい面影の母になっています



だけども、母を変えようとしていた時は絶対に変わりませんでした


私の心の中に【母への感謝】が無かったからです


私が正義だと思っていたのですね



悪しき人とばかり思っていた母の中の本当の姿を見た時に、私に反省が入りました


母は、芝居に例えれば悪役をしているのだと思った時に、私は私自身の思いを変えました



誰が好き好んで悪役をやるでしょう!


私でしたら絶対に嫌です、 そう思いました



あなたとお母さんの間の溝はね、お互いのプライドなのですよ ^ ^


プライドは、生きる自信となるものですが、意地の張り合いは使い方が誤っています


この使い方を誤らないでくださいね



火薬は岩を崩しトンネルを作りますが、使い方によっては人を殺めますからね


目安として、あなたが、素直に「ごめんなさい」と言えない人が、あなたの人生問題集の人なのですよ ^ ^




そして、「ありがとう」「ごめんなさい」が言えるようになるまでは月日が掛かりますが


たとえ言えなくとも、心の中で言っているうちにね、それがあなたの雰囲気として現れます


そのにじみ出る雰囲気がね、次第次第に周囲を変えて行くのですよ。


あなたが優しくなられれば、写し鏡のようにね、やがてお母さんも優しくなられますよ



あなたがお母さんを好きだと思えるようになるまでは時間が掛かっても

少しでも、ひとつでも、お母さんの良い処と、お母さんへの感謝を忘れないでくださいね



そうして行くうちにね、うつとは無縁になって行くと思いますよ




***********************************************************************************************


この相談女性は、やがて本格的なうつ病になられた


だが、私を信じて付いて来て頂けたので、なかなか掲示板では書きにくい話を、正直に伝えた


そして、今では、全快されている


私が掲示板で接しただけの、うつ病患者のうち、5人は完治されている


それは私が、本当のうつ病の原因を知っている事と無関係ではないと思う



【うつ病の真なる原因は、悪霊の憑依】


その悪霊と同調する心、同じチャンネルの心があるから、悪霊が来るのだ


だから、悪霊と同調しない方法を、必死で伝えた


必死でないと、いい加減だと、【善念】が飛ばせないからだ



多くの場合、悪霊の支配下にある人は、自助努力は出来ない


だから、まずは、他力からの【善念】の力で、悪霊を吹き飛ばす


そうすると一瞬でも離れる


だが、すぐに悪霊は戻って来る



さらに、光の銃弾と善念を撃ち込み続ける


そうしていると、やがては、悪霊は戻って来られなくなる


心の中に光が灯れば、闇は退散するしかない


これを【自灯明】と言う






1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.04(Tue) PageTop

◆【自分記】神さまの子?



 【HPより移転】 このブログを始める前まで、HPに書いている話を移動します



【神さまの子?】


私の家系は、山口県の歴史に名を残す豪族:大内義隆の子孫だ


400年前、家臣の謀反によって滅びたが、京都公家であった奥方と、他の京都公家達は萩の近くの川上村に逃げ延びた


追手側も、相手(奥方達)が公家なので、見逃した




身篭っていた奥方から産まれた子供に【環丸:たまきまる】と命名された


【環】から[玉木]の姓を名乗り、全員が[玉木]なので、仕事の役柄等で屋号のような姓で呼ばれていた


京都公家ゆえに、一族の血は絶やすまいと祖母の代までは血族結婚だった




新憲法になって、それもままならなくなったのだろうか


そんな環境に母が嫁いで来た




だが、私の家は[玉木一族]の中心であり、一族郎党が集まっていた家だ


毎晩のように一族の長老達が集まり、父達と話をしていた





子供心にも、好きになれない人達だった


今思えば、母はつらい日々であっただろうと推測される


そんな差別的な環境が、母のストレスの蓄積になったのかと思っている




そんな母には、3年間も子供が生まれなかった


母は子供に恵まれなかったら、一族達から離縁を言い渡される立場だった


だから父と共に、いろんな所へ子宝を授かるように参拝したようだ




そして母親は、山口県下関市の老僧神社に参拝した翌朝、夢を見たと言う。



老僧神社-02



「汝等に、男の子を授ける!老僧神の子なるぞ!」


と、白装束で白ヒゲを蓄えた神様が、枕元で杖を振って言われたそうな




同じ夢を長老達も見たらしく、もしも本当に私が産まれたら、【義】の名を付ける事となったようだ


(じつは、この【義】は、一族の指導者的な立場を意味するものだ)




本当に私が産まれたので、母の知らない間に名前が付けられたらしい


母は、「相談もなく勝手につけられた」と言っていた(笑)




そんなこともあって、「あんたは 神様の子なんだよ」


子供の頃には、母から、しょっちゅう聞かされた言葉だった




「何言ってるんだ!俺はあんたの子じゃないか!、おかしなことを言うな!」


そんなことを言っていた記憶がある




また、子供の頃は、家族でその神社に定期的に参拝していた


老僧神社-18


子供の私には、遠足でしかなかったのだが(笑)


山の中腹にある神社は、閑散として、日ごろ聞けないセミやカエルの鳴き声がしていた


老僧神社-08


水も澄んで冷たく心地よかったのを覚えている。


老僧神社-16

老僧神社-29



月日は流れ、信仰の世界に入ると共に、妙にその神社のことが気になった


電話をしてみた





管理しているのが お寺だった

何で神社の管理を寺が?とは思ったが、そんなに珍しいことではないそうだ





そして言われた言葉が、「参拝されるのなら 毎月4の付く日が開山日です」


「4. 14. 24の日です その日にご参拝ください」


「そして 4日が大祭ですから できたら その日にどうぞ」


老僧神社-01


何という事だ・・私の誕生日は ○月4日だ




私は 500匁(1875g) の未熟児だったらしい


伯母が 手も足も小さくて 私ほど小さな赤ちゃんは見たことがないと言う


偶然だろうか


それとも、その日に合わせて、慌てて生まれたのだろうか(笑)




生まれたあとは、あっというまにグングン大きくなったようだ。

y_nakamura.jpg 

私の記憶の中には、学校では背高順で並んでいたから、いつも最後尾にいた自分しか記憶にないが・・




【まとめ】


神様の子だと言われて悪い気はしなかったのですが(笑)、単に、母の夢だと思っていました


仏法真理に出会ってからは、母の夢は、本当のことだと思いました




私が20歳の時、祖母の妹になる人が夢枕に立っていたことがあります


5月の連休に、「今から家に帰る」と電話をしたら、「ちょうど良かった、○○のおばあちゃんが今朝亡くなったから、葬式に行って」と、母が言いました


仏法真理に出会ってからは、夢枕は単なる夢でなく、夢の中で 霊人と会っているのだと知りました


おそらく母の見た白い神様は、神様の姿をした、私の守護霊だろうと思っています


私の守護霊が、母や長老達の守護霊を通して、夢を見せてくださったのだろうと思っています




そして、夢にも、霊夢と、想像夢があると知りました


霊とは無関係と思っていた私は、思い出せば、夢の中では いろんな人と出逢っていました




理論的な説明がなされないと納得しない


感覚的なものは、受け入れられない私です






ただ・・、過去に見た夢の中での事(見た事のない過去の場面)は、どう説明されるべきか、答えが無いままの人生でした



霊界があり


霊人がいて


私達に インスピレーションとして伝えられる


答えが ひとつ見つかりました






【追加余談】


この[環]から出た同族には、[玉木]、[杉]、[乃木]、他がいます


名前は違っても、その違いは[役割、土地柄、等々]で付けられた【屋号】のようなものです


ですから、本来は全員が[玉木]であり、古くは京都公家と大内家の血筋の人達です


私の姓は[玉木]ではありませんが、200年前の墓石は[玉木家]となっています




私は、その血筋(京都公家と大内家)を引く者の長として育てられたようですが・・


戦後の混乱期に何があったのかは知りませんが


同族の血筋にこだわっていた一族達の中に、母と同じく、他家の人達が嫁に来始めました




その後は、屋号だった名前が姓になり


同族の古くからの歴史を教え込まされた者は、戦後は私を含めた3人のみです


結局、他家から嫁が入った事で、一族はバラバラになってしまいました




かすかに、その顛末を知っているのが、戦後の3人と長老達がいましたが、今では私一人になりました。


もちろん、大筋立った話は、兄弟や子供達には伝えてあります




だけども、かつての私は、この[玉木一族]に裏切られ


(金輪際、教えてやるものか)と、本気で一族の歴史をこの世から抹消するつもりでした
(汗)


だから、40年間黙したまま、誰にも語らず、本気でそのまま歴史から葬り去るつもりでした




私の気が変わったのは、[幸福の科学]に入信し


どんな人にも仏性(仏と同じ性質)があります


それぞれの環境に産まれた事でも、その人達の魂修行の場であり、それぞれに意味があります


と、教わったからです


そうか・・、あの人達にも、この一族に産まれた意味があるのか・・


と納得した私は、15年前からポツポツと断片的に語り始めました


そうした経緯があります



そうした事はさておいて(汗)


[玉木一族]の中の[杉]家から、同族の[吉田]家に養子に行ったのが、松蔭先生であり、【京都公家と大内義隆の子孫】です


ですから、来年NHKで放映される[杉文]も、同じく京都公家と大内家の子孫です



当時の[玉木一族]は、同族婚以外は認められませんでした。


(親族・親子の縁切りをして出て行った人達は居ます)


当然、明治生まれの私の祖父と祖母も、いとこ同士です




ですから、山口県でも無名の[杉文]が、嫁に行く場合も、同族のはずなのですが・・



杉家の仕来たりは、玉木とは違うのかも知れませんが、少なくとも私の周辺の親族にはおりません


そのあたりは、まったく知らされておりません


こうした事を、NHKも原作者も知るはずも無く

松蔭先生と文がどのように描かれるのか、今から楽しみでもありますね
 ^ ^






1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ



Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.03(Mon) PageTop

◆【My Life】人ありてこそ我あり


【My Life】

私の人生と幸福の科学の真理の関連を、私自身の経験・体験を通して綴ります。

あくまでも、一人の人間の考え方として述べています。


Twice Borm
(信仰で生まれ変わった)

家庭・家族/我が人生自分記
入信神さまの子?
①お坊っちゃんから奈落の底へ
祈願への疑問、そして得心父の死
奈落の底から光を見詰めた16歳の責任感
母の極度の痴呆が、瞬時に治った仮面の母③人生雌伏の時、そして再
*病魔との戦い再建から成功への道のり
*⑤正業としての仕
*名家に産まれ期待される少年の心の葛藤
**⑦未知なる恐怖心との戦いの中、もしかして?
**長い闘病も心の持ち方ひとつで短期間で完治
**⑨争い事は嫌いだが、向かって来た者には容赦しない自分。そうしなければ命すら危ういものだった
**⑩‹堕ちる処まで堕ちないと分からない者達›に囲まれた人生だったが、まだまだこれからだ
*血筋より志 + 田布施システムは嘘!【光と闇の相克】今の日本は、真理文明(心)と物質文明(物)の相克の時代。心を忘れた物質文明の醜さには、天上界も黙っては居ないだろう



ネット・サーフィンをしていたら、相談場に飛び込みました。

他人の悩み相談に乗るって事には、顔が見えない相手だけに、一層の責任を感じます。

自己鍛錬の良いチャンスかと思い、1年程度のつもりが・・(汗)

公開可能なものを、私の歩みの記録として残します。

うつ病の母親との葛藤の中、自分も同じ病に自殺しないで
愛のテーブル自殺しないでください-天上界から見たら自殺も他殺も同じです
無用の用自殺してはいけない本当の理由
まずは自らを高める悪にも、「為す悪」と「為さぬ悪」があります
**
**












1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.02(Sun) PageTop

◆【田布施システムは嘘!】血筋より志(こころざし)(過去記事移動 + 加筆)


過去ブログ記事の中で、「大内義隆」の文字が、「大内義孝となっていて、検索に出ない」との連絡を頂いた。

単純に変換ミスです。

申し訳ありません。


■ついでとは申し訳無いが、この際だから、8年前の記事を再投稿させて頂くことにした。

内容を見ても、今でも使えそうだし、追記したいものがあったので。





 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2009年8月12日のブログより。



またまた正論を言う大臣が辞職に追い込まれた。

中山元大臣も、元幕僚長も正論・正義の視点から見ても、決して間違っては居ない。




あの飲んべ大臣と批判された中川元大臣にしろ、マスコミの恣意的な報道には目も当てられなかった。

確かに、あの時の中川元大臣の醜態は日本国の尊厳をも落としめてしまうものだった。


■だけども、普通に考えれば解ることだ!

今から会議に出ようとする者が、酒の匂いをプンプンさせる程飲むとは考えられない!

精神安定剤や風邪薬の服用と、微量のアルコールの相乗効果が為した業だ!


■問題は別にある。

そういう状態の大臣を、あのような記者会見に導いた者達だ!

『大臣は体調不全』と言えば済むことだ。


どうしてこの国は、と思うのは、私一人では無いと思う。

それは、幕末から維新に掛けての状況に極似している。

正論を語る者達は捕えられ、獄門、死刑になった。

幕府の最後のあがきでもあったが、封建制度崩壊を怖れた幕府の保身に他ならない。




この時に、幕府に殺された者の中に、私の一族の吉田松陰という人物も居た


■私は、400年前の大内義隆と京都公家の奥方の間に産まれた、「環丸(たまきまる)」の子孫だ。

個人的な事情で、長年、40年以上黙して語らず封印し、そのまま自分の中で一族の歴史を封殺してしまうつもりだった。

私にしては血筋なんてものはどうでも良いのだが、血筋に受け継がれる「志(こころざし)」を大切にしたいのだ!


■そう思い始めると、ここ10年来揺らぎを覚えて来たが、私の知り得ることの一部を書き記す。

大内氏が全盛時には、今の福岡県、中国5県、淡路島、紀伊半島沿岸部まで勢力を拡げていた。

だが、大内義隆は平和や文化を尊び愛する文人武将であった為、戦乱の京都から多くの公家を匿っていた。

本気で西の京都を創ろうとしていた。

本家の京都に負けないほどの五重塔を創ったり、岡山の乞食坊主だった雪舟を留学させたり、
鹿児島から登って来たザビエルにキリスト教の伝道許可を許し教会まで建てた。

この頃の大内義隆は、徳川将軍と同格の地位を京都より拝命している。

以後、大内と京都公家の縁は続き、それが倒幕から明治維新に繋がることになる。




大内義隆の家来に、陶晴賢、毛利元就などの武将が居た。

毛利元就は有名だが、この大内氏が居なければ滅亡していたほどの小国大名だった。

ただ、その野心は凄まじいものがあった、完全に軍人武将だった。


■大内氏に助けを求め、家来にはなったものの、彼の野望は大内氏に謀反を企てて居た。

「毛利を家来にしてはならぬ、毛利は潰すべきだ」と、進言する陶晴賢の意見は聞き入れられなかった。

確かにそうなのだ。

時は下克上の戦国時代だ、陶晴賢の言う通りなのだ。

大内義隆は、京都公家の平和な魅力に取り憑かれ、時勢の局面を誤った。

毛利にやるくらいならと、先に兵を挙げたのが陶晴賢だが、勢いは毛利にあった。

逆臣に遭うとは思っても居なかった大内氏は、ここで表の歴史からは消えることになる。




だが

京都公家の奥方と公家達は、萩に近い山の中に逃げ延びた。

そのことは、陶も毛利も知っていたが、相手が公家である事と、再び大内の名で出て来ることは無いだろうと、追わずに見逃した。

身籠もって居た奥方は男児を産み、名前を「たまきまる(たまきまろ?長老よりたまきまろとも聞いた気がする)」と名付けた。


【追記:2017.04.01.】
その後、親族の持っている古文書には、「環丸」の称号名が記されていた。

その名から、氏を「玉木」と名乗るが、全員が玉木なので、屋号として、いくつかの名前が付けられた。


【削除:2017.04.01.】
(原文では、ここに一族の名前を書いていたが、削除した)


■その玉木一族は、今から200年前の文化10年あたりに、山陰と山陽に出て行く。

山陽に出た理由は、新田開発が行われて居たためだ。

400年前からの古文書と大内氏の宝刀があったが、一族の長である事を示す宝刀は40年前に、親族の手で売られてしまった。

家系図があるからとか何とかの理由で、玉木の本家争いをTVでやっていたようだが好きにやってくれ(笑)

私にはそんなことどうでも良いことだ。

私が大切に思いたいのは、血筋では無く、血筋に流れる「志」なのだ。


■山陰に残った一族に玉木文乃進が居る、激しく厳しい教育家であり、松下村塾の創設者でもある。

彼の甥になるのが、吉田松陰、乃木希典だが、玉木一族は同族結婚や養子取りで一族の血縁を守っていた。

それゆえに、養子に行かされた人達だ。

それは私の祖母の代まで引き継がれていた、私の祖父と祖母は親族同士だった。


***************************************************************************************


【追記:2017.04.01.】

◆日本の将来を真剣に語る、さんのブログ記事より
あの偉人、有名人、著名人の前世・過去世は誰だったのか?‹最終更新日:2016/11/27›

http://lamudhia.seesaa.net/article/387090830.html


■ 2009年の時点では知らなかったが、この一族達は今、生まれ変わっていた。


・吉田松陰
⇒ 幸福の科学総裁の長女:咲也加様 (今世は女性として生まれているらしい)


・乃木希典
⇒ フィリピンのドゥテルテ大統領 (ちなみに、不思議な事に、玉木一族の顔とそっくり(笑))

2017-01-14-3.jpg 


・玉木文乃進
⇒ 幸福実現党の若きホープ (この人も女性)

小柄な方で「恋ダンス」を踊っている(笑)

あまりのギャップに驚くが(笑)、街頭演説の話を訊いていると納得する!




正直私としては、「文之進は、一旦地獄堕ちだろう」と思っていた(汗)

かなり躾けが厳しいことが理由だが、天国から生まれ変わっていたようだ。

誠に失礼。
 m(._.)m


***************************************************************************************


戦後まもなく、新憲法の元で、母の代より他人の血が入って来た。

血縁を大事にする一族は、母には冷たかった。

現皇族を見れば解るかと思う。


■子供が産まれないので、親族から強制離縁されそうになった母
は、父と共にあちこちの子授け神社に行ったようだ。

ある神社に行った夜、母の枕元に白髭と杖を持った神様が立たれたそうな。

「お前に男の子を授ける、老僧の子なるぞ」と言われたそうな。

母には、「あんたは神様の子なんだよ」と何度も言われながら育ったものだ。


馬鹿馬鹿しいと思っていたが、ある時、父までもが私だけに話したことがある。

同じ時、玉木の長老達の夢枕に、「やがて、お前の一族に神の子を託す、と現れたのだぞ」と。


■その直後に母の話だ。

父と長老が話し合って本当に男の子が産まれたら、一族の長を表わす「義」を付ける事にしたようだ。

本当に男の私が産まれたので、毎年のように家族でその神社に参拝していた。

もっとも、子供の私にはレクリェーション程度にしか思って居なかったが(笑)

父が亡くなった後、行くことは無かった。


■そういう事があってか?私は玉木の長老達の教育の元で育った。

物心付く前から、あれこれと教えられて居た。

今から思えば、たぶん儒学や朱子学では無いかと思うが、今となっては解らない。

「我らの志をお前に託す」と言われた時も、何を言っているのか解らなかった(笑)


■ちなみに、
【義】とは、もの凄く大切な意味を含んでいる!

善悪、正邪、真偽、優劣、可否を見分ける力でもあり、

ただ単に見分けるだけでは無く、瞬時に見分けて判断・決定する力のことだ。


今の総理には申し訳ないと思うが、この【義】が緩かったらどうなるだろう?

それが、ここのところの首相の発言に現われている。


■シュミレーションしてみたらいい。

自衛隊 「北朝鮮から我が国中央部に向けてミサイルらしき物が発射されました!」

首相 「そうか、では全閣僚を集めろ、善後策を協議しよう」

5分後にはミサイル着弾。

多くの犠牲者が出る。

今までのやり方だったら、こうなるって事だ!

遅い!




10年前、何十年も放って置いた、このことを思い出し、神社を探し管理する寺を探し当てた。

「あの神社は普段は誰も居ません、4の付く日が開山の日です、特に4日が大祭ですので、その時にどうぞ」

・・驚いた。

私は○月4日生まれだ、それも500匁(約1800g)の未熟児だ。


なんだ?これは?偶然か?

・・もしかして、4日に合わせて飛び出したのか(笑)


今でも解らないし、解るはずもない(爆)

ただ言えることは、強い志は受け継いで居るということだ。


そう自分に言い聞かせている。


【追記:2017.04.01.】
その神社が、下関の老僧神社であり、昨年10月10日に家族で参拝した。

◆20年ぶりに下関市のパワースポット:老僧神社へ参拝しました。2016年10月10日








【さらに追記:2017.04.01.】

【陰謀論の極みの、田布施システムは、嘘!】
・・と、書いたものの、まだ確証に乏しい。

■8年前、この陰謀論者の一人が、私の書いたブログ記事を引用していた。

見事なまでに、パズルを組み合わせるかの如く、悪用していた。

善意で情報提供したものが、私の見える部分では好意的に、見えない部分で悪用していた。

「勝手に使ってもらっては迷惑、私の記事部分の削除」を命じたら、全記事削除していた。



■私が抗議したものに、「田布施システム」と「ザビエルの陰謀」があった。

田布施システムの根拠とされる「フルベッキ写真」の嘘、を伝えた。

・この「フルベッキ写真」は、私も持っているが【嘘だらけ】であること。

・合成部や加工部が見られる。

・明治以前の写真技術では、1枚に30分掛かる。40人以上の者が、身じろぎもせずに撮れたと思うか?

・この「フルベッキ写真」は明治以降のもので、佐賀藩校の生徒。
(後の2013年、読売新聞に掲載されて、「フルベッキ写真」の根拠は崩れた)

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n344006


・坂本龍馬が居るはずもない。

・大村益次郎は別人。

・ゆえに、【明治天皇すりかえ説は間違い】と、指摘した。


■また、「ザビエルの陰謀」についても。

イエズス会が、どうかは知らない。

だけども今は、山口県と山口市の文化財だ。

山口県民の文化を否定することになるが、そんなに自信があるのか?


■さらには、山口県から中国地方全域を支配していた、大内氏の存在。

大内氏の先祖は、百済の琳聖太子ではない。

日本の天皇家の血筋にあたり、長年、公家と縁を持つ日本の武士だ。(古文書、過去帳、等々が残されている)

それは明確に伝えてあるはずだが、改変してもらっては迷惑だ。

・・等々の話をコメント欄に書いたら、全削除してしまった。

----------------------------------------------------------

ただし、田布施システムは、完全に嘘とも言えない。

それは、大内氏の時代に遡らなければ分からない。

大内氏は、南朝と言われていた天皇とは深い関係にある。

大内氏最後の武将義隆の奥方も、京都公家だった。

さすがに毛利も京都公家を殺すわけには行かず、見逃した。


■この時、殆どが萩市の隣の川上村に逃げているが、
一部に、「岩国に逃げた人達」もいる。

ゆえに、岩国の手前の山村に隠れていたとしても、不思議な話ではない。

その山村こそが、田布施なのだが。。

こちらの話は聞かされていないので、私には何とも言えない。


■過去の話を検証する暇も、その気もない(笑)が、

【陰謀論者の言う、田布施システムは、嘘!】とだけは、断言したい。


【フルベッキ写真の真実】「フルベッキ写真」伝説覆す原板 幕末の志士集合写真
→実は佐賀藩校の生徒(Yahoo知恵袋より)

https://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n344006

写真=幕末志士の集合写真と言われている「フルベッキ写真」。フルベッキが中央部分に写っている…
NOTE.CHIEBUKURO.YAHOO.CO.JP




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ


Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.01(Sat) PageTop

◆【交渉術】-相手に語らせる



 
 【過去記事移動+追記あり】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2007年2月11日のブログより。



いつかは、私なりに掴んだ交渉術のような事を書こうと思いつつ、書けないままだ。

本にするわけじゃないから(笑)、気楽に書いてみるか。




交渉の基本中の基本は、情報収集から始まる。

それも、相手の本音が出やすい雑談の場の方が良い。

格式ばった処では、人は本音を語らないものだ。

そして、ご主人がどんなに装っても、井戸端会議している奥様から得られる物は多い(笑)


ここで、会話のキャッチボール型の人間は得をする。

スピーチ型の人間は、情報は発信しても、得ることは難しい。



■情報を掴んだら、分類する。

相手の強みと弱みを探す。

面白いもので、この強みと弱みは、表裏一体のような面もある。


たとえば、

権威を振りかざす者は、権威に弱い。

知識自慢の人間は、知識に弱い。

だから、相手の自信になっているものは何かを探り出せば良いわけだ。


■見かけ倒しの自信家など、履いて捨てるほど居る。

商売的な戦略法ではあるが、その自信が本物かどうかを見分ける方法がある。

まず、相手を得意の絶頂にさせて見るのだ。

権威や肩書きでモノを言う人間は、必ずここに陥る。


私自身は、おべんちゃらやゴマスリは苦手なものだから、ただただ、話を聞くことが多かった。

そして、ポツポツと質問する。




何年か前、ある女性に、会社社長で横暴な父親と逢ってくれと頼まれた事がある。

昼休みの1時間だけという条件で、逢って話をしたが、語らせてもらえない(笑)

50分くらい話続けて、自慢話などを聞かされた。

・・と言うよりわざと語らせた。

私は、その間の50分間は、相手の目や顔を見て情報収集していたのだ。


「そろそろいいかな」と、お終いになる頃、

喋り続ける口を遮って「私の話も聞いて下さい」と語らせてもらった。

・・僅か5分程度だ。

5分で充分だった。伝えることは僅かなことだから。



■そして、それまでニコニコ笑いながら聞いていた私が、真剣な表情をしたトタン!

相手の社長の顔が、驚きの表情に変わった!

本当に目を丸くしてた(笑)

・・強弁で誤魔化している、と感じたものだ。


そして帰って来た言葉は、『あんたも、なかなかのモノだな』

相手の社長は静かになり、以後は、普通の会話になった。



【追記:2017.03.05】

この話は、幸福の科学の信者になった人から、親子仲の改善を頼まれて、『一度、親と逢ってくれ』と頼まれてのものだった。

間違っても、俗っぽい話ではない(笑)


こちらが真剣に訊いていたからだと思うが、『じつはな・・』と、親御さんの本音を聞かされている。

それは、『幸福の科学は認めている』と云うものだった。

『娘にナイショにしてくれ』と言われたので、ずっと黙しているが、もう良いだろうと書き足した。


その後、親子仲は改善し、親子で由布院正心館まで行かれた。

今、生きて居られれば信者さんに成られたと思うが、残念ながら病気で亡くなられた。


■私が知る限り、上に立つ人ほど、会社の社長クラスは、宗教には寛容だ。

なぜか?

トップに居る人達は、常に判断と決断を迫られる。

ところが、自分以上の判断者も居ない、決断・責任者も居ない。

どうしたら善いかが、常に問われるので、宗教書も読んでヒントを得ている。



■だから、下記のような宗教家の話を、世間の人達が思ってる以上に知っているし、求めている。

上に立ち、責任感が強い人ほど、宗教観を持っている。


◆雑誌「経済界」2017年3月21日号に大川総裁の記事が掲載!


世間が、どう思おうと、真実はひとつ。

幸福の科学は、間違いなく、後世の宗教の柱となる。




一世代も上の人と、こうして長年渡り合って来た私だ。

ポイントを突くことは心得ているつもりだ。

かなりヒネクレてしまったなぁ(笑)



交渉とは、「相手に語らせること」でもある。

やかましいだけの宣伝カーでは、嫌われて相手にもしてもらえないだろう。

人の心の裏を読む、その裏の裏を読むのが得意だと自慢する人が居るが、私には、そんな器用な真似は出来ない。

その代わり、なごやかな雑談に持って行って、相手の真意を引き出す術(すべ)は持って居る。



■これなら、喧嘩にもならず、相手のニーズにも答えることが出来る。

『お前は、喋っている時より、黙っている時の方が怖い』・・と、友人達は言う(笑)





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Trackback [0] | Comment [1] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.03.05(Sun) PageTop

◆低級霊媒体質の母と共産主義者の弟と、共に生きてこそ、今の我あり


当ブログは、基本的には[政治・経済・社会]ブログです。

学生時の、一番嫌いな科目です(笑)

何が嫌いって、[名前や地名]を覚えなければならないからです。

「こんなに多くの名前(人名・地名)を覚えなくてはならないのか」と、ウンザリでした(汗)

さらに、政治や政治家が大嫌いでした。

商売人も(笑)




【最初の大きな人生の分岐点】

父親は、私のそうした性格を知ってか知らずか、『お前は好きな道へ行け。家業は弟に継がす』と、常々言っていました。

本音かどうかは解かりませんが、嘘は言わない父親なので、私も「好きな道に進む」はずでした。

・・もしかしたら、私と母親は折り合い悪く喧嘩ばかりで(汗)、弟と母親は仲良しだったので、そのようにするつもりだったのかも知れません。


■当時は、『跡継ぎは弟』だと、家族のみならず、みんなが、そう思っていたかと思います。

もちろん私にも異存はありません。

・兄 ⇒ 内向的 ⇒ 非商売人 ⇒ 公務員向き

・弟 ⇒ ガンボタレ(悪さ坊) ⇒ 商売向き

という風に見られていましたし、私もそう思っていました。



■ちなみに私がやりたかったのは、宇宙工学やロボット研究でしたので、何もなければその道に進んで、今頃は薄暗い4畳半生活かも(笑)

高校出て、松山に学びに行っていた時も、そうしたチャンスはありました。

松山日赤の理事長タイプの人から、『私の所へ来ないか』と誘いを受けまして、どうやら大きな工場の社長さんのようでした。

『ダメです!この子は大事な子です。絶対にお渡し出来ません!』と、猛抗議された看護婦長さんの言葉が、今なお脳裏に残っています。

だけども、私の意見はそっちのけでしたよ(笑)

もとより行けるはずもなく(弟なら行ってたでしょう:笑)、看護婦長さんの言葉がとっても嬉しかったですね。


■16歳で信頼していた父を亡くし、むりやり会社の跡継ぎになったわけですが、そこが私と家族の大きな分岐点でした。

私は、商売人になるつもりは毛頭無かったのですがね。

ついでに、大大大嫌いな政治家にも(笑)、30代から話は来てはいましたが、断って来ました。

そして、今頃になって政治に関わっています(笑)

その後、その間、筆舌にし難い、文章にならない程の人生勉強をしながら、ここまで来たわけですが、その話を略します。




【母は精神的に、弟は経済的に】

私の母と弟の話は、過去何度も書きましたので簡単に記します。

ただ、いつだったか忘れましたが(父親が亡くなって数年後です)、突然心に響いた言葉がありました。

「母は精神的に、弟は経済的に、お前を苦しめる」・・との内容でした。


■確かに母親は、あの父親が見放すほどの難しい人でした。

とっくに精神的には苦しめられるどころか、肉体的にも何度もkoroされ掛けて、危機一髪なんて、しょっちゅうでした。

なにせ、母親であって、中身は母親でない(暴)風の暴れ者が襲い掛かって来るわけですからね。

今TVでやっている憑依現象が、私の目の前で、毎日のように起きていたのですよ(笑)

それも、あんな、のどかな憑依ではありませんよ(笑)


■私は、そんな母親と50年一緒に暮らしたのです。

『そんなこと、俺にも私にも出来る』って思う人もいるでしょう。

まず無理だと思いますよ。


どれだけ激しかったかは、一部始終を見ていた従兄と家族が知っています。

全員が、『始まった!』と、逃げ出し、隠れていたようですからね(笑)

口走る言葉は、ヤクザ言葉になり、常に『koroしてやる!』ですからね(笑)

そりゃ逃げるでしょう。


だけども私だけは、逃げるわけには行かなかったのです。

私の処でSTOPさせないと、その狂気は他の者に向かいますからね。

いいカッコとかのレベルでは無く、常に真剣勝負でしたよ。




【元気ではしゃぎ回る弟から、共産主義者へと】

弟は、そうした母親と妙に仲が良く、私が松山にいる間の家の責任者でした。

すでに、会社の大きな難問題は解決していました。

会社は親戚の男共が運営してくれました。

毎日のように来ていた(暴)の偽取り立て屋も、断り続けたので来なくなっていました。


■ですから私は、安心して松山に行ったのですけどね。

弟が高卒前に帰って来たのですが、弟は痩せこけてしまっていました。

私と入れ替わるように、弟は名古屋の会社に就職しました。

すぐに逃げ出して、丸2年は行方不明でした。


■その後の弟の話は、充分過ぎる程書きましたので簡略しますが、私が留守の間、弟には私の代理は無理だったようです。

世間から、どういう仕打ちを受けたのかは、弟の話ですが、『私に出来たことが出来なくて、比較されて、劣等感の塊になった』ようです。

「お前、いつからそんなに?」と訊いたことがあります。

『最初からだ!』と、吐き捨てるような言葉の嵐。

『兄貴が簡単にやってのける事でも、俺には出来ん!』

『あれも出来ん!これも出来ん!』

そうして弟は、世間に反抗するようになりました。

母親の性質と似ているのか、世間体は見掛け良く、心の中の反抗気質を隠しながらです。


■仕事をさせても失敗続きです。

「なぜ?こんなに失敗ばかりするのか?」と、よくよく観察していると、『失敗して謝ることが怖い』弟の姿が見えて来ました。

取引先から、『どうして弟さんは、あんなに縮こまっているの?』と聞く事も多くなりました。

私達家族の前では、デカイ態度なのですけどね(笑)

他所では、見苦しいほど萎縮していたようです。


■そうして、失敗、失敗、失敗・・続きで、とうとう『弟さんは信用出来ない』と、烙印を押されてしまいました。

その後は転落に次ぐ転落の中でも、親戚・親族にも大嘘を言い、昔から弟が言っていた『死なばもろとも』を、やってのけました。

この危険思想が弟の中に有るとは、誰一人気付かなかったのです。


■とうとう弟は、Gisatu未遂をしました。

夜10時過頃、『お義兄さん!主人(弟)が車から飛び降りて!どこに行ったのかわかりません!助けてください!』と、弟嫁から電話が入りました。

(とうとうやったか)と電話を訊いていたら、【夜の桟橋を海に向かって歩いている弟の姿】が浮かび、『○○桟橋の方へ行ってごらん』と。

○○桟橋と言っても、弟が車から飛び出した地点からだと、ゆうに5kmはあるのですけどね?

私には、なぜか?確信的に感じたのですよ。


■その後の私は、弟を探しに車に乗って・・ではありません。

幸福の科学に入信したばかりでしたので、本棚と正心宝に向けて「弟を助けて下さい、眼を醒ませて下さい」と、1時間程度お祈りしていました。

フラフラと弟は、ほんとうに○○桟橋から海に飛び込むつもりだったようですが、本人は覚えていませんでした。

ただ、『【死ぬなよ】と兄貴の声がして、フッと気が付くと、目の前は海だった』と、言っていました。

不思議ですが、ほんとうの話です。


■その後、弟と話し合って、会社を整理倒産させました。

私は「残っている在庫を仕入先ごとに分別して、全部返せ」と、倒産させる前に伝えていました。

『そんな倒産って聞いたことが無いぞ』と、ぶつぶつ文句を言ってましたが(笑)、これだけは私の責任上、無理にでもさせました。

そしたら、なんと!膨大な借金を残しながらも、弟の取引先の債権者全員が債権放棄です。

まさか、そこまでして頂けるとは思っても居なかったのですが、債権者会議の予定を組んでの弁護士依頼でした。

弁護士から『こんな綺麗な倒産は初めてですよ』と、聞かされました。


■そうして弟の会社は倒産、弟は長距離運転手に。

『俺には、こちらの方が向いている』と、笑顔も戻りました。

そして弟は、幸福の科学に入信。

私の知らない処で、『自分がやって来たことは、全部、正反対だった』と、言ってたようです。

さすがに私には言いませんが(笑)


■私は、そうした母親と弟から、とっても厳しい学びを受けました(笑)

だけども、「母は精神的に、弟は経済的に、お前を苦しめる」のイメージは、母親とは現在進行形中の最中でして、幸福の科学入信前も前でした。

「前世のお約束」というか、「カルマの刈り取り」というか(笑)

「前世のお約束」だったとしたら、ちょいと厳し過ぎやしないかなぁ(笑)

「カルマの刈り取り」だったとしたら、私は過去世で、どれだけのことをしたんだろ(汗)・・自分でも怖い(笑)




【ある場を見ての衝撃】


で、またまた長~い前置きでしたが(前置きだったのか!)、3年前、あるカテに行き、驚きました。

なんと!そこには、かつての母親と似た人が!

弟とそっくりの行動をする人が!

・・居たのです。

ほんとうに、(弟がやってるのじゃないか?)と心配しましたね。


■先日、街宣カーで弟の家の前を通ったら、「子供110番」の旗がたなびいていました。

(人のお世話が出来るようになったのか!)と、ほんとうに嬉しかったですね。


いろいろあったにせよ、私の弟です。

父親亡き後は、私が父親代わりでしたので、弟の不徳は私の育て方の問題でもあります。

だけども、16歳の父親と、13歳の子供の間には、埋めようとしても埋まらない溝(嫉妬心)が、ありました。

私が父親を真似ようとしていたように、弟も私を真似ようとしていたようです。

やればやるほど、右に、左にと、極端に分かれる兄弟でもありましたね。

違いは無いのに。

むしろ、勉学では弟の方が成績は良かったのに。


■2009年の幸福実現党立党時は、『俺は共産主義者だぞ!兄貴達、すっかり騙されただろう(笑)』と、あざ笑いをしていた弟です。

親戚・親族・友人達に大迷惑掛けて、逃げ回っている弟が、最大限、自分を保つ手段の言葉でした。


3年前の参議院選では、「お前、そろそろいいだろう」と言った時、『解ってる』と、幸福実現党支援の言葉を出していました。

その間弟は、誰からも責められることなく過ごして、いろいろ振り返ったものと思います。


■そして今年は、ささやかながらも「子供110番」の旗が、家の前に掲げられていました。

そうした真似は、一切しなかった、絶対にしなかったのに、です。


弟の中に、少しずつではありますが、【子供の頃の自分】を取り戻しつつあるようです。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [3] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2016.06.06(Mon) PageTop

◆【雑感】事前処理型と事後処理型 + 無処理型


かつて、いろんな掲示板に出ていた時から、HN固定者と多用者はいました。

訪問を受ける側(管理者)はもちろん、正常に訪問する人達はHN固定。

場アラシをする人達は多用。目的は場の攪乱。

・・という特徴がありました。

もちろん、その時の心境によってHNを代える人達もいましたが、(元○○、旧○○)のように、他の人に教える人が殆どでしたね。




【眼光・眼力】

最近は、HN固定だけではなく、FaceBook などでは、自顔も出して居られる方々を数多く見受けます。

それだけ自信と責任を持って運営されているって事で、凄いとは思います。

ただ・・、私にとっては、眼光が気になる人達も結構多くて、近寄れない人達も(汗)

この眼光の眼力(めぢから)は、おそらくご自分ではお判りになっていないかと思いますが、写真に撮ったその時の心境が、そのまま出ています。


私は子供の頃から『(人一倍)神経質な子ね!』って叱られ育てられて来ました。

他人には感じないものを感じる訳でして、説明しても分かってもらえないし。。

・・かなり悩んだ時期もありましたが、手塚治虫さんの本に出逢って、まさに「わが意を得たり」で、以来ずっと手塚治虫ファンに名を連ねていました。

ですから、私のHNのphoenixは、手塚治虫さんの「火の鳥」を頂いたものです。勝手に(笑)

また、私の人生そのものを現している気がして、愛用しています。


「目は心の窓」と言われるようにほんの一瞬でも、相手の眼を見ただけで、ほぼ心境が解かります。

接客時には、「目を見て話す習慣」が自然と身に着いていますので、発する言葉の違いでクルクル変化するお客の心境が手に取るように解かります。

ですから、「あ、今の言葉マズかったな」と、即修正に入ることが出来ます。

また、「こういう話が好みなのか」と解かるので、ついつい長話に(汗)

世の中には、いろんな接客法がありますが、「常に相手の目を見ながら話す」ことが、私の接客法の基礎でもあります。


■ちなみに妻子に、「今の人、お前がこういう話をした時、どんな気持ちだったと思うか?」と質問しても、『えっ?、う~ん?』と考え込んでいます(笑)

相手の目を見て会話する習慣がないと、表情に現れる喜怒哀楽の変化が解かるはずも無いことです。

失敗の場合、叱られて初めて気が付くようです(笑)

これでは時遅しで、商売人、接客者としては失格です。


■こうした基本中の基本でも、どんなに教え込んでも、家族のような甘えがある場合は、身に入らないようです。

従業員の方が早く身に付ける事が多く(笑)、「政治家」でも同じでしょうね。

いわゆる二世・三世議員の中には、「褒められ慣れ」はしていても、叱られる事が少なく、結果として善悪観が不足している人達もいます。




【訊く力】

私の兄弟に、「どうして?こんなに叱られてばかりなのか?」と、不思議でならない者がいます。

私の感想では無く、世間の人達からの言葉です。

叱られて、怒鳴られて、失敗して、やっと正常に動き出すタイプでしょうか。

それも、しぶしぶ(笑)


■なぜなのか?の答えは簡単です。

相手の話を訊いていないのです。

「聞く耳持たず」なので、相手の声が届いていません。

そして、叱られながら成長・・ならば良いのですが、「聞く耳持たず」の原則は変えないので、叱られて叱られて叱られての人生を送っています。

よくよく見ると、結構多くて、身近にも沢山。

損得だけを見ても、損な人達だと思いますよ。




【人間には事前処理型と事後処理型がある。そして無処理型も】

当ブログでも、何度か書きましたが、人間には大きく分けて、「事前処理型と事後処理型」があります、います。

同じ失敗しても

「事前処理型」は、ことが発覚する前に収めます。
対象者が気付かない内に「失敗しました」と謝罪して、事後対策を施します。

こうした人は信用を失うよりは、失敗すらも信用に繋げてしまいます。


「事後処理型」は、発覚するまでは隠し通す人達です。
「バレたら謝れば良い」の考えの持ち主で、根底に卑怯な考えがあります。

もちろん信用は得られないばかりか、失うばかりです。


■ここまでは、過去何度も語りましたが、もうひとつ【無処理型】を付け加えなければならないかも知れませんね。

「事前処理型と事後処理型」は、早かれ遅かれ処理することが前提ですが、それすらしない人達がいる事を忘れていました。

・・というか、私の周辺には存在していなかったような・・。

20年前から書いている「事前処理型と事後処理型」に加えて、【無処理型】を追加しなければならない時代のようです。



・・舛添知事は、どれに?




【マスコミの目くらましに騙されないで!】

私は、舛添知事問題などまったく関心がありません。

TVがあまりにも舛添知事問題を騒ぐので、逆に「その裏に何があるのか?」に興味が湧きます。

「裏で誰が仕掛けたのか?」も、どうでも良いです。興味なし。


■だけども、世間の目を舛添問題に集中させて置いて、見えない処で何が為されているか、に関心が行きます。

フッと気が付いたのは・・、

・五輪招致疑惑で名前が出た【D社】です。

国会でも、民進党議員は『D社』、自民党議員は『電通』と、明らかに示し方が違いました。

政治家間でも、【電通疑惑を敬遠する空気】が有ったようですので、国民目線から電通疑惑を外す意図も感じます。


■また国会では、熊本大震災の最中に、するりと通った「刑事司法改革関連法案」が成立、「法律」になりました。
http://mainichi.jp/ch151147401i/%E5%88%91%E4%BA%8B%E5%8F%B8%E6%B3%95%E6%94%B9%E9%9D%A9%E9%96%A2%E9%80%A3%E6%B3%95%E6%A1%88

【刑事司法改革法案の概要】
① 取り調べの可視化 ⇒ 具体性なしで疑問
② 国選弁護人を義務化 ⇒ 軽犯罪にも弁護士
③ 司法取引 ⇒ 他国で用いられているが、逆に【冤罪(無実の他人をデッチ上げてしまう)事件の増加】を招いている
④ 通信傍受の対象拡大 ⇒ 俗称【盗聴法】と呼ばれる。国家権力や警察組織が、裁判所の許可・第3者の監視の元で無くとも盗聴可能となる

とくに④が拡大解釈された場合、【俗称インターネット監視法】と呼ばれている通り、ほんとうに国民監視になってしまう危険性をも含んでいます。
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-4319.html


また舛添問題の最中に、するするするりと通った法案があります。

平成28年5月13日~5月31日までの定例閣議案件
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/2016/kakugi-2016051301.html


書き出してみましたが、あまりにも膨大なので、あきらめました(汗)

ま、こうした案件だったものが、正式に国家の法律になっています。


(ちなみに、こうした新法案が成立する度に法律が増え続けています。古くなった法律のリストラも必要だと考えます




【余談】

この中に、どこにあるのか探すのも面倒なほどの法律の山の中に、【10年以上動きの無い国民貯蓄の国家没収法】があります。

心あたりのある方は、今のうちに動かされていた方が良いですよ。

私もですけどね(笑)

いろんな銀行が来る度に口座を設けていましたので、1000円程度の使わない預金口座は、忘れています。

中身が500円程度のものもありますが(笑)、そのまま20~30年は放ったらかしです。

国家に没収される前に、解約して置かないと。

その前に、「通帳~!どこだ~!」と叫ばなければ(汗)

たぶん、開かない金庫の中(笑)

通帳多くして、役立たず(笑)


■この開かずの金庫の中には、50年以上前、親戚に経営を任せていた時の「70万円の不渡り(引受)手形」が入っています。

今の額にすれば、15倍として約1000万円かな。

ですから当時の(暴)が欲しがってましたね(笑)

「不渡り手形が有ったら、買ってやるぞ」と。

何するんだろ(笑)


■私は、そういう誘いはキッパリと断り、彼等と接触を持たないように努めて来ました。

だけども、事業主の中には『少しでも金にしたい』人達もいました。


私の親しい会社のひとつに、『この、人koroしめ!』と、罵られた社長がいました。

社長は『なぜか?わからん?』と、首かしげて悩んでいましたね。

理由は他の人から聞いていましたので、教えました。

『まさか!』と、驚いていましたが、時すでに遅しです。


■不渡り手形を売り渡したら、どうなるのか?まで、考えてなかったようです。

脱サラから会社社長にまで駆け上がった人ですが、その過程で、こうした取り返しのつかない間違いもおかす場合もありました。

一瞬の欲が、大きな業に転じてしまった実例です。

ま、かなり真剣に反省してましたのでね。

どうなったことやら(亡くなりました)・・ですが。。


■それにしても、あの70万円手形と少額通帳は、これからも開かずの金庫の中かな。

200kgあるので、掘削機のような物でないと(笑)

おそらく少額通帳合計でも1万円にも満たないかと。

それを人件費掛けて取り出せませんね(笑)

そうだ!友人のショベルカーで壊してもらおうか。。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [3] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2016.06.02(Thu) PageTop

◆【ただいま資料整理中】不思議な光と爆発音 + 資料を見ての想い出や気付き。


2016年4月16日21時過ぎ。


西向きで仕事をしている私の部屋の窓が、ピカッ!!と光りました。

「なんだ!?、核爆弾か!」(笑)・・と、一瞬思うほど窓全体がオレンジ色に染まり、特に中心部が明るいのが解かります。


そして、2~3秒後にドドーンのごう音です。

カミナリの音ではありませんし、ゴロゴロの余韻もありません。

だいたいカミナリの閃光は青白いのですが、オレンジ色なのですよ。

何かが爆発したとしか思えないのですが、ニュースもありません。


しばらくしたら大雨になったので、帰宅しました。

帰宅途中から、大雨に加えて風が強くなりました。

暴風雨です。


■自宅に戻ると妻が、『おかしな光と音がしたね。家全体がオレンジ色になって、ドドドンと3回鳴った』と言います。

「何だ?あれは?」

「あれか、これか」と、いろいろ考えても、ふたりとも解かりません。

とにかく、夕方4時頃の太陽の位置と同じ方向でしたので、地上ではなく、中空です。


■私はカミナリの位置を知るために、子供の頃から光と音の時間差を自然とカウントしています。

ピカッ!!と光って、2~3秒後にドドーンでしたので、[音速340m/秒(温度で多少異なります)]として、700m~1Km先の閃光です。

そして、私が真西、妻は北西に見た光ですから、交差する場所が発光点です。


■息子も他の者達も、大勢の人達が気付いていましたが、直後から大雨になったので、全員が『カミナリだ』と思っているようです。

絶対に、カミナリではありません。

何でしょう?(笑)




昨日まで、3年前の選挙に用いた個人資料を整理していました。

この3年間で亡くなった人、転居して行方不明(笑)の人達を資料から消しながら、不思議に思ったことがあります。


3年間で亡くなった人は100人を超えて居ましたが、私の身近では1人も居ないのです。

親しかった同級生が5名亡くなっていましたが、3年以上も疎縁になっていたり行方不明の者達ばかりです。

こうした事は昔からでしたので、私の中では不思議なことでは無いのですが、やはり驚きますね。


■亡くなった者の中には、22年前に再会して、それ以来の付き合いの同級生Uがいました。

Uは脳腫瘍で、目も耳も殆ど使えませんし、10年前から1人身でした。

再会以来、事あるごとに呼び出されて居ました。

『具合が悪いから直ぐに来てくれ!』と電話が掛かるので、すっ飛んで行くと、『おお来てくれたか、まあ座れや』と元気です(笑)

Uは、彼の知人達全員に同様なことをしていたようです。


■その中で一番、Uを利用していたのが、[S会]の5人でした。

もう一人、[Eの○○]の男も居ました。

私が[幸福の科学の信者]と知っている彼等は、私を避けながらも頻繁に出入りしていましたね。

[Eの○○]の男は、月手当を受け取って、身辺の世話をしていました。

[S会]の5人の内、3人は昼時・夕食時に来て、一緒に食事に出掛けていましたね。

・・もちろん支払いはU持ちです。

Uにそれ等を指摘すると、『あいつらは俺の友達だ、悪口言うな!』と、怒ります。

そうしたUの元に、[幸福の科学]の私、[S会]、[Eの○○]の男共が集まっていました(笑)


■10年前のある日、Uの様子が変です。

(何かあったな)と察して、「ちょっと来いや」、「今から[幸福の科学]のお祈りをしたいが、お前が嫌だったらしない。どうする?」

『頼む!お願いだ!』と言うので、Uの傍で聞こえるように【正心法語-主への祈り-病気平癒祈願】を詠み始めました。

Uは、【正心法語】の中ほどから、『わーー、俺は、なんてことをしたんだーー』と、泣き始めました。


構わず続けて(笑)、詠み終えると。。

『頼むから、俺を[幸福の科学]に入れてくれ』と言います。


普通の人は「OK」でしょうが、私は普通ではありませんから(汗)

「断る。お前はS会の匂いが強過ぎる」

『無理か・・』

「ああ」

その日は、それで帰りました。


■私が断った理由は、10人程度の[S会]の人達を[幸福の科学]に宗旨変えしてもらったことがあるからです。

普通の人に成ってもらうのに、もの凄い労力を要していたからです。

そして、どんな場合でも「自分から」が、私の中の大原則でした。


ですから、この10人程度の[S会]の人達は、私が勧進したのでは無く、自ら入信されたのです。

私は、[幸福の科学]への縁を与えただけです。


私は、長い年月を彼等・彼女等と歩みながら、少しずつ普通の人に成って行く姿を見て来ました。

彼等・彼女等が、いわゆる[幸福の科学顔]に成られるまで、長い年月が掛かることも解かりました。


そうしたこともあり、[S会]や[Eの○○]達とドップリとした縁を持つUには、(今はまだ無理だ)と判断した訳です。

ですから泣きながら頼まれても、お断りしました(汗)


■その後しばらくは、そうした関係の日々が続いていました。

8年前からUの病気が再発し、入退院を繰り返し始めました。

そしてとうとう医大に転院して、最後の時を迎えました。

・・迎えるはずだったのです。

なにせ私自身が、「このまま還らせてやろう」と思っていたのですからね(汗)


その話を支部の3人の女性達にすると、『なんてことを!』ってメチャメチャ叱られました(汗)

彼女達のあまりなケンマクに、一緒に居た友人Yが、おい、ワシが運転してやるから、今から病院に行こう』と、言い始めました。

『ワシも入信するから、Uを助けてやってくれ』と、頑固男のくせに頭を下げて私に言います。

この時の友人Yは、Uと大喧嘩した後だったにも関わらずです。


友人Yは、自分から入信申込書に書いて、その場で入信しました。

その姿を見ながら、「俺・・間違ってたのかな・・」の思いと葛藤しながら(汗)、友人Yと2時間掛けて病院に行きました。


■病院に着くと、友人YはUと逢うのを拒みます(笑)

少しばかり約束と違うのですが(笑)、私一人でUの元へ行きました。

身内の居ないUは、30kgも痩せ細って、見る影もなくなっていました。

その姿と雰囲気で、(お迎えの準備が始まっているな・・)と、感じましたね。


■Uの状態は、すでに私が先生から聞いていました。

『脳腫瘍が拡がって手術は無理。内臓のどれも殆ど機能していない。手の施しようが無い状態です』と。

そんなUに入信申込書を差し出して、「今でも気持ちに変わりはないか?」と確認したのです(汗)

『ない!』と語気強く言いながら、不自由な目で、そのまま入信申込書を書きました。


■それから不思議なことに?、Uは日増しに回復に向かいます?

『脳腫瘍が縮まり、内臓も回復した』との事でした。

とうとう、無事退院まで漕ぎ着けました。

ブクブクに太って退院です(笑)

それが、8年前の今頃でした。


Uが入院中は、一度も見舞いに来なかった[S会]の連中が、再び現れます。

Uの幼馴染のYも呆れ返って、近寄りもしません(笑)

幼馴染のふたりとも断絶したままの7年間でした。

すでに同じ[幸福の科学]の信者なのに。


それから7年後の昨年、私が友人の店で散髪していると、Uから『迎えに来てくれ』と電話が入りました。

「俺が迎えに行こう」と、私が行って、Uはビックリ(笑)

車の中で、『○○君、俺、S会の連中と大喧嘩したんだ。もうあいつらとは関わらん』と言います。

(おお、やっとか)と思いつつ(汗)、(これでUは、ケジメを付けたな)と、そう思いました。


その日が、Uと、最後に出逢った日でした。

その直後に入院し、そのまま亡くなったようです。


遠くの親族が『誰にも知らせないで』とのことで、私達同級生の殆どが知りませんでした。

それが、昨年のことでした。

今から思えば、身障者のUを利用する者達と、きっちりとケジメを付ける事が、Uの宿題だったのかも知れませんね。

奇跡も奇跡の、7年間も寿命を延ばしてもらったのですから!

そうしたことを、選挙の個人資料作成しながら、思い出していました。


■また、[元S会]と書いている備考欄を見ながら、(同時に、ふたつの宗教に入って居たあの人達は、どんな心境だったのだろう?)と、考えてしまいます。

見掛けは幸福の科学、心はS会でしたからね。

どうしても行動・思考は、S会的になっていました。


私の支部にも
[元S会]の人達は5名居られますが、現実観が強いのが特徴ですね。

その一人に、『最近は、あんたが支部に来ないから面白く無いぞ』と言われましたが(汗)

そうしたことも、今では想い出に変化しています。


■そして私は、幸福の科学入信日の夢に、大川総裁の晩年と、S会トップのI氏の夢を見ています。

もし正夢でしたら、今から10数年後のことでしょうか。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2016.04.19(Tue) PageTop

◆様子を伺う者へ


毎日のように家の中の様子を伺うが如く、(狸のように)姿形を変えて来ている訪問者が居る。

20160411.jpg 2

私が気が付いている事を知っていても、やめようとしない。


■私は書いていたはずだ。

「君が、おとなしくしていたら、何ごとも起きない」と。

その意味まで解説する必要は無いだろう。

それとも、『何ごとかを起こして欲しい』のか?


今、君がやっていることは、ストーキングだ。

被害こそ出ていないが、迷惑行為である事を、ここで正式に伝えて置く。




3年前、君達は、私の[IPアドレス]を衆目の元に晒した。

言うまでもなく、[IPアドレス]を晒す行為は、犯罪行為だ。

だが君達は、何の躊躇もなく、そうした行為を行った。

そして、素知らぬ振りしたままだ。

むしろ、自己正当している。


■君も知ってる通り、[IPアドレス]からは住所が特定出来る。

だから当時の私の店舗も、特定出来ただろう。


■そして、どうやったのかは知らないが、無言電話やイタズラ電話が入るようになった。

店舗電話なので無視するわけにもいかず、出ればイタズラだ。

15年間、そんな事は一度たりとも無かった。

これは、迷惑行為を超えた、営業妨害だ。


■やむなく、20年前から使用していたプロバイダを変えなければならなくなった。

もちろん会社そのものは存在しているが、通販事業部門では15年間の信用を失った。

新規プロバイダに変更したので、一から出直ししなければならなくなったのだ。


■具体的に言えば、15年間、検索サイトで常にトップページに出ていたのが、表示されなくなったのだ。

もしかしたら、大量の顧客を失ったかも知れないのだ。

この3年間で上がって来てはいるが、まだまだトップページには程遠い。

もちろん検索条件等が定期的に変更されるので、君達のせいだとは言わないが、一因を担っては居るだろう。


事実、プロバイダ変更で、会社HPへのアクセスと注文は激減した。

今は、他の方法で頑張らざるを得なくなっている。

その新たな方法を完成させる為に、今は必死で仕事に励んでいる処だ。

その仕事のジャマまでしてもらっては困る。




また、仕事とは別に、もっと大事なことも出来なくなった。

■ひとつは、【いじめ相談】だ。

電話を失って以来、3年間で受けた電話相談は1件のみだ。

それまでの5年間では50件を超し、電話が私の武器だった。

今は、その武器を失って困っている。


■いじめ相談は、1回平均2時間を要する。

また、電話とPCを連携させて居たので、会話が何時間でも記録出来る。

それが、学校交渉時には役に立っていた。

今は、そうした事が、一切、出来なくなっている。




もうひとつは、全国の友人・知人達への電話掛けだ。

3年前の参議院選では、半年間で3000人の知人達へ電話した。

述べで言えば、おそらく倍以上だろう。


■昨日も私は、「【1日100件】を目標に」の話をしたばかりだ。

この【1日100件】は、私が20代前半時に(飛び込み)新規開拓をする時の目標数字だ。

【朝から晩まで1日100件】を目標にして、市内・県内中を歩いていた。

数字は達成出来なくても、1日30件で終わっても、常に【1日100件】を励みにして居た。


■だから、3000件の電話時も【1日100件】を目標にしていた。

1分で終わる時もあれば(笑)、長話になる時もある。

目標の半分程度しか出来なかったが、とにかく電話を掛けまくった。


それも、無料電話だからこそ出来たことだった。

携帯では、息子から『お父さん!今月は2万円を超してる!』と叱られるので(笑)、そうした真似は出来なくなった。

・・と、つい先程まで思っていた。


どうやら息子は、[掛け放題プラン]に変更したようだ。

ならば、この件に関しては問題は無くなった。

だが、いろんな面で不都合を味わっている事だけは、知って置いて頂きたい。



【部分追記:2016.04.12.】

電話掛けは、手動ではなく、自動ダイヤルソフトを用いてた。

10回鳴って出なかったら、勝手に次の人をダイヤルしてくれる。

相手が出られた時だけ、受話器を取って話す。

PCと連動させていたからこそ出来た仕業だ。


携帯電話で、いちいちダイヤルするとなると、考えるだけで頭が痛い(笑)




あまり人に見せたくないのだが、こうしたものが届く。


【セッション開始】監視対象のビジターがあなたのサイトを訪れました。


今の処は、君一人だけだ。

ほんとうは、こんな真似はしたくはない。

だが、今の君のような人には、私も防衛処置を取らざるを得ない。


君が、私と本音の本気で話したいのなら、私も訊く耳・話す口を持つ。

君の所属に電話もするし、私に電話してもらっても構わない。

だが、単なる嫌がらせなら、即刻やめて頂きたい。


■強い口調で書いたが、ブッ切り部を「です、ます」に変えて読んで頂けたら、それが本当の私だ。

君や、君達が思っているほど、私は好戦的な男ではない。

何もしなくて善いのなら、何もしない。

そうは行かないので、責任感だけで頑張っている。

だから、ジャマだけは、しないで頂きたい。


■今から、[いじめ防止キャンペーン運動]に出掛ける。

話は、ここまでにする。

できるなら、こうした話は二度と書きたくない。 m(._.)m




【追記:2016.04.12】

昨日は時間が迫る中で書いたので、ひとつだけ書き足す。

私が、逆に、訪問者様を監視しているように思われたら困るので、私が何を見ているのかを示したい。

私が見ているのは、【どんな頁が読まれているだろう?】だ。


下記は、その項目の1ヶ月分。

2016-04-12-1.jpg 

この項目中に、【何も記録がない】ものが含まれているので、気がつくのだ。

「なんだ?」と開いて見れば、君に辿り着く。

この1ヶ月間で36回の訪問は有り難い話だが、【不審な動き】になっているので、こうして表沙汰にした。


この話を書いても、気になるのか・・3度の訪問されているが、相変わらず【不審な動き】だ。

だからこそ私は、公開に踏み切った。

もうしばらくは気になって仕方ないかも知れないが、私は君に対しては、君が思っているほど気にしていない。

また、それほど暇な人間でもない。


とにかく私は、【訪問者様が何を見て下さっているのか】を知りたい為に、こうしたものを使っている。

決して、逆監視の為ではない。

それだけを追記として、書き記す。






1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

Trackback [0] | Comment [3] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2016.04.11(Mon) PageTop

◆【刀】心の真剣さは大切なものだ。+α 【過去記事移動】


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年7月5日のブログより。



『あの時のお前は怖かった』

・・恩師の言葉だ。

それも並の人では無い、柔道の達人だ。


その恩師に対して苦言を呈した時だった。

敢えて苦言を吐くのだから嫌われるのは構わないが、『怖い』と言われた時には、時として自己嫌悪に陥る(汗)


本気で、真から怒っていないのに?、なぜに怖がられるのか?




昔、先祖を武将に持つ私の家には、10本以上の刀があった。

殆どの刀は錆び付いて、抜くとジャリジャリ赤錆びが落ちていた。


■ただ1本だけ、厳重に絹袋に巻かれていた刀があった。

400年前の刀だったようだが、錆びも無く銀白色の光を放つ。


無邪気な子供だった私は、その刀を何度も抜いて遊んだものだ。

そして思った。

「刀は怖い・・」



■それらの刀は、親族の手に寄って40年前に処分されてしまった。

今から思うに、銀白色の刀は飾り物でもあり、銘刀だったかと思うがジャリジャリ赤錆びの刀は、もしかしたら人切包丁だったかも知れない。

今となっては確かめようもないものだが・・。

怖いと言われる度に、自分に問い掛けるのが、自分という人間は、銘刀なのか、人切包丁なのか・・だ。




以前、いろんなBBSをウロウロして居た頃のことだ。

数ヶ所の若者達中心の相談場に招かれたことがある。



■ある時、明らかに方向性を間違った助言をしている若者達と対峙してしまった。

・・ボスが出て来た。

表(討論場)に出ろと言う。



■こう見えても、私は討論は嫌いなのだ。

刀を抜きたくないのだ。


ところが、若者達はボス格の男の登場を喜ぶ。

随分と期待されているようだった。


しぶしぶと場に向かうと、あからさまに攻撃的な設問が用意されている。

「仕方ないか」と、私なりの意見を書いた。



■が・・??

何日経ってもボス格の男からの返信が無い??


やっと登場したその男から放たれた言葉に驚いた。

『じつは自分は心の病を持って居て、うんぬん』と、私の書込を見るなり、手や体ガタガタ震えてキーボードにも触れなかった』と言う。


■うって変わった弱々しい書き込みを見た私は、詫びを入れて場を去った。

・・驚いたのだ。

そこまでして、虚勢を張って生きている若者達が居ることに驚いたのだ。


正直、この時の私は、鍔に手を掛けただけで、刀は抜いては居なかった。

【真剣】の怖さを知っているからだ。




私の大好きな坂本竜馬も北辰一刀流の免許皆伝ながら、一度も剣を抜いたことが無いと言われている。

真相は解らないが、そうだろうと思っている。



■時として私は、態度を急変したかの如く叱責することがある。

だが、その人が他の人に害悪を及ぼそうとしている場合のみだ。


他人を間違った道に誘うような人に対しては、自分自身の力の範囲内で、叱責や防衛はするが、攻撃ではない。

殆どの場合、心は冷静なのだ。

怒り狂ってもいやしない。


危険な刀は抜かない、抜きたくもない。



私を怖いという人には、私が刀を振り回しているように見えるのだろうか・・ 。

私が目差しているのは、笑顔の似合うおっちゃんなのだが、まだまだ道は遠いのかなぁ。



■また、私は無邪気な子供が好きだ。

邪心も裏心も無い姿を見るに付け、微笑みが自然と浮かんで来る。

私自身も、そんな子供のような心を失いたくないものだ。




【追記:2013年6月15日】

この事を書いていた事は、本当にすっかり忘れていた。

その後、坂本龍馬の霊言メッセージ公案で、これに関する答えのようなものを頂いていたと、今、気が付いた。

坂本龍馬の霊言メッセージ公案での閃きの意味が解らず、
しばらく1年間は寝かせて居たが、もしかしたら、このブログ記事への返答だったのかも知れない。


坂本龍馬の霊言メッセージ公案での閃き?は、【追記】へ記す。



再追記:2016年3月14日

「刀を抜きたくない」私だったが、ここ数年は抜かざるを得ない時がある。(もちろん空想刀だ)

最近は睡眠妨害をして来る輩は、叩き斬っているし・・(汗)


現代は、特に最近は【仏神と悪魔】の対立が激化している。

昨日、いよいよ【最終警告】が降ろされた今後の私は【防人】となろう。



■以下の話は3時間超ですので(笑)、腰据えて見られるか、細切れで見られるかでも、【総集編的】なものですので、見て下さいね。

そうした世の中の仕組みを知った上で、【仏神】の願われる世の中を見渡してくださいね。


◆【悪魔の人工地震の証明】『新・霊界物語十話』

https://youtu.be/nSge3V5v4mw





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

» read more...
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2016.03.14(Mon) PageTop
 アルバム
 最新記事一覧(サムネイル画像付き)
◆【他人が作れないレシピを考える】まずは一から出発・再出発できる有り難さ、白紙に描く喜びを知ろう。 May 13, 2017
◆【超音波と衝撃波】NHKは地上の原発の安全性を立証したことになる(再掲載) May 12, 2017
◆【草と忍者(続き)】現代の草と忍者は暗闇世界の使者。光の世界の拡散を妨げることで己の居場所の確保をしている。 May 11, 2017
◆【異常気象は天意の証】無神論者・唯物論者が、日本と世界を滅ぼす(再掲載) May 10, 2017
◆【素晴らしい国:日本】欧米やアメリカ大使館の御方へ。安倍総理の靖国神社参拝は、どこの国でも、ごく、当り前の事ですよ。 May 09, 2017
◆【善い話・怖い話(笑):悪霊退散!台風迂回!】ここ数日の奇妙な出来事(再掲載) May 08, 2017
◆インド、ネパールで、日本に産まれた〔再誕の仏陀〕が説法。インドでは5万人集会で大騒ぎ!(再掲載) May 07, 2017
◆【危機を防ごう】マヤの予言危機を回避しよう(再掲載) May 06, 2017
◆この世の救済も大事だが、【魂の鎮魂】も、とても大切なことだ May 05, 2017
◆【ニーズよりシーズ】逆境をバネにして善き種を蒔け。 May 04, 2017
◆【団塊の世代から若者諸君へ】団塊の世代は向上心の塊/若者諸君。 May 03, 2017
◆【雑談の中に真理あり】会話こそ我が人生。 May 02, 2017
◆【知る機会を失うことなかれ】親から子へ、子から孫へ。 May 01, 2017
◆【さまざまな人生模様】素晴らしい二人の体育教師 Apr 28, 2017
◆【無から有へ】何も無い処から、生み出す・創りだす面白さ Apr 27, 2017
◆【礼、智、 信、義、勇、仁、徳】仏の智慧で世界を救い導け。正義を貫き、不義に妥協することなかれ。 Apr 26, 2017
◆【目は心の窓】個性さまざま、放ち放たれた言葉 Apr 25, 2017
◆【正論、必ずしも正義ならず】義憤としての冷静な怒り Apr 24, 2017
◆【知は力】失敗を反省し、繰り返さないことの大切さ Apr 23, 2017
◆【幸福の科学:緊急霊言】追い詰められた金正恩守護霊、トランプ氏に挑発メッセージ Apr 21, 2017
 全記事表示リンク
 【展開可能な】ツリーカテゴリ表示
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m