◆動画、等(クリックされればリンク先に行きます)
動画
リンク    
 軽量 ページネーション
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

◆【さまざまな人生模様】素晴らしい二人の体育教師


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年1月9日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



中1の時の担任のK先生が、話相手を求めてかな?頻繁に遊びに来られる。

柔道の達人で当時の体格は100㎏以上。

保健体育と社会の教師だった。




私には小中高と12人の担任教師が居るが、このK先生は家も近いし身近な先生でもある。

K先生もそうらしい、何千人、それ以上の生徒と接しているはずだが、私は特に印象に残っているとのこと。

中学教師になって初めての担任だったからだろう。

お前はああだったこうだったと、自分でも知らないことを今になって教えてもらっている。


ほとんど人の批判はしないK先生だが、それでも私への評価が高過ぎる。

「K先生、それは誰か別の者と間違えてるよ」と言っても、『いいや、お前だ』と言う。

それは人間誉められれば舞い上がって嬉しいものではあるが(笑)


成績優秀、運動抜群の文武両道、さらには性格が良いとあらためて言われると、「いやぁ、それほどでもあるよ」とは、ならないものだ(笑)

・・マジで、K先生ボケ始めてるのじゃないかって思ってしまう(失礼)


■『女房がお前のことを見て、いつも「この子っていい子っちゃね」と言っていたぞ』

K先生の前妻は40代で亡くなったが顔すら覚えていない。接点も無かったのに?


『お前はテニスをやってたろう。他の奴はポコポコ、ボコンと打っているのに、お前の打球の音はビシッも、バシッだぞ』

『今でも、あの音は今でも忘れられん。小気味良い痛快な音を出していたぞ』

「K先生、それは絶対に他人の間違い(笑)。だって僕は1年生の1学期しかテニスしてないんだよ。球拾いばっかりでコートにも立たなかったのに」


・・本当にそう思っていた。昨日の朝までは。

突然、何ヶ月か前に聞いたこのK先生の話が夢見心地に出て来た

テニスコートでは無い。

体育館と倉庫の間の広場で壁打ちをしている。

情景が浮かぶ。

ゆっくりゆっくりと思い出す。


・・そうだ!あの頃は壁に向かってボールを打っていた。

体育館の横だから柔道教師が見ていてもおかしくは無い。


他の連中は、壁とラリーをやっている。

いかにも楽しそうだ。

私は?というとK先生の言う通りだ。

壁に向かって勢いよく打っている(笑)

見定めた的に向かって思い切り打込むものだから、もの凄いスピードで戻って来る。

だからラリーなんて出来たものじゃない(笑)

だから私はテニスが下手だと思っていた。

下手なのは間違いないのだが(汗)


・・そうか!K先生はこのことを言っていたのか!

先生とは生徒が知らないところまで、よくもまあ見ているもんだと、改めて感心する。

だけどまあ、強烈に打込む音を今もって覚えてくれているとは、ありがたいものだ(笑)


■考えてみると、確かにそうなんだよなぁ・・。

高校の時など、ソフトでバッターボックスに立ったら、外野が全員スススと下がる。

気持ちいいのなんのって(笑)

下がった奴らの頭上を目差して打ち返すことだけに集中する(笑)


間違っても内野と外野の隙間を狙うなどしない。

ほんっと、性格が現れてるなぁ(汗)

ピッチャーの奴「う~ん、どこに投げても打たれそうな気がする」って言ってたな。


たかが素人ソフトボールだ。

バットの届く範囲だったら確実に飛ばせる。

・・たとえ大根切りでも(笑)

その時には何とも思って居なかったが、相手に与えていた雰囲気って何だったのだろう?

構え?

打ってやるぞって気合い?

・・伝わるのだろうか。。




そういえばもう一人、ある高校の補導主任で怖れられていたSも同じだったな。

Sも気持ちいいほど放物線を描いて飛ばしていた。

サッカーやっていたし、顔つきも確かに怖い奴だ。

教師になっても坊主頭と辛口。

ほんとうにキツイ奴だと思うが、こういう教師こそ必要だと思うのは私だけだろうか。

今時、生徒に恐怖心を与える、与え続ける先生は奴しか居ないからなぁ(笑)




私は、数ヶ月前にK先生を強い口調で責めたことがある。

高校同級生のお姉さんを後妻にもらって居たが、いつのまにか居なくなった。

その同級生からはK先生の悪口を聞かされる。

その男は私の苦手なタイプではあったが、ついつい話を鵜呑みにしてしまった。


■『ワシは、ワシの人生に悔いは無い』 、K先生の言葉は立派だが、私は言った。

「先生!先生は、やり残していることがあるでしょうが!」 

「子供達を嫁に出して、嫁をもらって、それが親の努めでしょうが!」

「K先生は教育者としては立派だよ、だけど家庭人では無かったのじゃないの?」


『子供達は子供達だ。自分の道を行けばいい』


■「まだあるよ、この際だからはっきり言う。どうして後妻のあの人を追い出すように・・」と、話始めたらK先生は涙を浮べて涙声になった。

よく言ってくれた。よく聞いてくれた。誰にも言えずに一人で苦しんでいた。ワシが我慢して居れば済むと思っていたが、お前だけに話すから聞いてくれ』


話の内容は驚くべきものだった。

追い出したのでは無かった。

逃げ出したのだ。

詳しくは書けないが犯罪行為だった。

世間では聞く話でも、こうして身近に聞かされると背筋が凍る。

宗教心が無いということは恐ろしいことだと、あらためて思う。


■「K先生、僕のように誤解している人間が多いと思うよ、どうして言わないの?」

『聞かれたら話すこともあるかも知れないけど、わざわざ言うことじゃ無いだろうが』

(この先生は凄い!)そう思った。


「わかったよ、今度誤解している奴が居たら、K先生の誤解を解いてあげるよ」

『そうしてくれるか・・すまんなぁ』


その言葉にこそ、苦しみを背負いながら生きているという本音が現れていた。。




もう一人の、同級生のS教師にも大きなエピソードがある。

私の店で大量の万引きがあった。

調べに調べてみたが・・、どうしても、ひとりの男の子にたどり着く。


まさか?あの子が?

信じられ無いまま、思い切って園に向かった。

彼は交通遺児だった。

重い足取りで玄関を開け事情を話す。


■園長が出て来て「あの子は絶対にそんな子では無い!」と言う。

私もそう思いたかった。

「疑うのなら、部屋を見せてやれ!」・・なんとも横柄な園長である。

彼の部屋のドアが開くなり、私はうなだれた。。


付き添いの先生が『どうですか?』と聞いて来る。

「・・もう・・いいです。あの商品は私の店の物ばかりです」

体中の精気が抜けてしまったまま、店に帰った。


■その晩、その男の子と付き添いの先生が現れた。

男の子の目は、今までとは違う。

鋭い眼光で私を睨んで居る。


とりあえず話でもしようと向き合って座った。

「君は、どうしてここに来たのかわかってるよな?」

『いいえ!わかりません!』・・鋭い目で睨みながら彼は答えた。


・・どうしたものかな。このままではいけない。

私は、わざと大声を出した。

「いいかげんにせんかあ!」


「あれを見てみろ!あのカメラが今まで有ったか!なぜ付けなければならんのだ!」


「カメラを付けるってことは、あなたを疑ってますよってことだぞ!」

「店と客の間に垣根を付けるのだぞ!それがどれだけのものか解ってるのか!」


男の子は鋭い眼光のまま睨み返している。


威嚇はそこまで。

トーンを落として、彼の心に訴えた。

「君はね。いったい何人の人に迷惑を掛けたか。わかっているか?」

「おじさん、おばさん、店員さん、園長先生やこちらの先生もな」


男の子は顔を伏せて、大声で泣き出した。

学校はやめたい、警察に突き出してくれと言う。


「警察には言わんよ。君の将来のためにならないと思うからな」

「万引歴ありというレッテルが貼られたら就職にも響く」


「な、正直に言ってくれ。君はパシリだろ?仲間が居るんだろ?」

『いいえ、僕ひとりでやりました』

「おじさんにはそうは思えんが、学校でイジメにでも遭っているのか?」

・・そんなことは無い、どこまでもひとりでやったと言う。


「わかった。警察には言わん。学校も続けろ」

「そして卒業証書をおじさんに見せろ!出来るか?約束しろよ!」

その日はそのままうなだれて、泣きながら付き添いの先生と帰った。


翌々日、うって変わって、笑顔の彼と先生が現れた。

なんと、お詫び状まで書いている!

『僕は、おじさんに言われるまで、何人の人に迷惑を掛けたかなど考えたこともありませんでした。学校は続けます。卒業します』

1枚の紙には、彼の生立ちと心からの反省、新たな誓いが綴られていた。

彼の生い立ちを見た時は、正直、涙が滲んだ。


『このことを学校に話しました。無期停学処分になりました』

「無期停学処分だって?誰がした?」

『校長先生です』


■彼らが帰った後、さあ大変(笑)

すぐさま高校へ電話をした。

「○○と言います。補導のS先生をお願いします」

『おおワシだ、元気にしてるか? 学校へ電話して来るなんて、どうした?』

「・・・お前は何も知らんと言うことだな。校長は居るか?」

『今は居ないと思うが、何かあったのか?』

「じつはな・・」


「なあSよ。お前の学校は被害者が届けてもいないのに、生徒の言葉だけで無期停学にするのか!確認もしないのか

今から、お前の学校を教育委員会に訴えるから、校長にそう伝えとけ!


『おいちょっと待て、なんだそりゃ?』

『ワシは今は補導じゃないから様子がわからん。 とにかく大至急、補導の先生をお前のところにやるわ。話をしてやってくれ』

補導の若い先生が血相変えて来た(笑)


『この度は生徒がご迷惑を掛けて・・』

「私はまだ何もアクション起こして居ないのに、何を先走りされるのですか」

『すみません・・、とりあえず彼を守る意味もありまして・・』

「守る?イジメに遭って居るってことでしょうか?」


『・・このアルバムが生徒全員ですが、見覚えのある顔があるでしょうか?』

「ありますよ。この子に、この子、この子・・、先生? どうされました?」

うなだれていらっしゃいます(笑)


『今言われた生徒全員、園の子です』

「ほう、やっぱり彼はパシリか。やはりイジメですか」

私が指摘した生徒共は、全員が要注意印だとのこと。




■しばらくして、私は〔幸福の科学〕の本を携えてS先生に逢いに学校へ行った。

『おお解った。ありがとう。大切読ませてもらうからな』

こやつ、丸くなったな。生徒から怖れられる先生とはとても思えん。

・・が、直後に彼の実態を見ることになる。


■ドアが開き、生徒が毎日の日誌を持って来た。

『持って来たか、ところで時計は何時だ』

「4時5分です」

『何時までの提出だ』

「4時です」

『解ってるなら、これを持って帰れ。書いたことは認めてやるが、今日は受け取らん』

「はい!失礼しました。ありがとうございました」


・・まるで軍隊教育だ(笑)

さすが体育系教師。


■「おい、お前はほんまに厳しいやっちゃなぁ、あれでいいんか?」

『馬鹿言うな、今時ワシらは何も言えん、なんだかんだでウルサクて何も出来ん』

「確かに、PTAやマスコミで、やりにくくはなったろうな」


「ところで、あの男の子、お前に任すと頼んでいるが・・、その後はどうだ?」

『元気にやってるぞ、毎日ここへ来させる意味もあって日記を書かせてるわ』



さすが熱血教師。

学校一怖い教師に、毎日日記を書かせて提出させたら、イジメっ子もイジメが出来なくなるだろう。


「安心したぞ、よろしく頼むな!」と、帰ろうとしたトタン。

『あのなあ、お前の本、ワシは少しは知っているけど、ワシよりは校長に見せろよ』

「校長?何かあるのか?」

『ワシは、校長こそ読むべきだと思うけどな』

彼が、逢えと言った校長は、外出していたので、そのまま帰って以来その後行くことも無かった。


それから間もなく、その校長、生徒に罪の無い罪を着せて、新聞沙汰にまでになった。

辞職か懲戒免職かは忘れたが、辞めさせられた。


校長の行為は、自己保身そのものだった。

被害者を切り捨てて、加害者を容認していた。


■私は、同じ過ちを繰返させてしまったわけだ。

無実の罪を着せられた生徒は転校し、心の傷が残っていると思えば、タイミングを逃したことで新たな苦しみを産み出したかも知れない。



ふたりとも仁王のような教師だが(笑)

私の素晴らしい仲間でもある。




【追記:2017.04.16.】

この二人の教師は、人生を全身全霊で教育に捧げた男達だった。


■恩師は講道館で、熊本から出て来た中学生の山下八段を育てた人だ。

数年前、天寿を全うして還られた。

恩師と山下八段のツーショット写真を、頂く約束だったのだが(笑)

亡くなるとも思っても居なかったので、そのままになったが・・。

その写真の二人の姿は、今も私の脳裏には焼き付いている。


また、友人教師は定年だ。

彼のような男こそ、教育現場には必要だったのだが。

まだまだ家庭に埋もられるには惜しい男だ。

大病をしたようで、それも叶わないが、この男もまた奇跡の復活を遂げた。

まだまだ、この世の役目があるのだろう。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
スポンサーサイト
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.28(Fri) PageTop

◆【無から有へ】何も無い処から、生み出す・創りだす面白さ


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年1月6日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



「何も無いところからは、何も産み出せませんから」


息子の友人で、新卒で○○会議所へ入った子の言葉に驚いた。

そして、お説教がましいとは思ったが、以下のような事を伝えた。


「ちょっと待てよ。これから人や企業を指導して行く立場の人間が、そんな考え方でどうする」

「君達を見ていると、つくづく思うけど、発想力が貧困だぞ」


「無から有を産み出せないだって?」

「あのなぁ、私達の世代には、君達の時代と比べて何も無かったんだぞ」


「君達は何かを創るとか、何かを産み出すということを、どう捉えている?」

「君達の発明とは、組み合わせではないか?右のものと左のものを組み合わせる。つまり、A+B=C のような発想しか無いのか?」


「真っ白なカンパスに絵を描くのは、画家だけではないぞ」




昭和35年、私は中一の時、SONYのオープンリールテープレコーダーを買ってもらった。

親戚の者が買ったからと、父親が買わされたのだ。


確かに、試験の時には役に立った。

英語や国語などを読んで書き取る。ここまでは本来の機械の仕事だった(笑)


紅白歌合戦もテレビから録った。

・・が、このあたりから普通の働きの機械では無くなり始める。


■じつは、当時の家庭内の機器は、すべて私の手によって解剖されたと思う(汗)

柱時計、目覚まし時計、テレビ、ラジオ、洗濯機・・、可哀相に(笑)


当時はまだまだ、家庭に一個も無い時代の大切なテレビ。

ましてや、テープレコーダーなどは持っている者も居なかった。

どこの家にも、真空管ラジオがやっとある時代だった。


当時はマイクをスピーカーに向けて録音することしか出来ない。

外部出力端子などありはしない。だから周囲の音まで入ってしまう。

・・さあ、そろそろ私の出番だ(笑)


テレビのスピーカーとテープレコーダーマイクを直結する。

このあたりからテープレコーダーは勉強機材とは別の道を歩み始めた(笑)

マイクとスピーカーはインピーダンスが違うだけで構造は同じ。

それでは、逆にしたらどうなるだろう?


思うだけではない、実際にやってしまうのが私だ(汗)

マイクからは可愛いシャリシャリした音でラジオの音が流れた。


ふむふむ、では、マイクの代わりにラジオのスピーカー(口径20センチ)を使ったら?

ギターを弾きながら録音した。

驚いた!ギターがウッドベースの音だった(笑)

これは!テープレコーダーが2台あれば一人演奏出来るぞ!(笑)


■で、やっぱりやってしまうのが私だ(笑)

親戚のテープレコーダーを借りて来て、1台は音を流し、1台は録音する。

空きビン、金タライ、枕(笑)などを使ってバチでドラム代わりに叩く。


偽物ウッドベース(スピーカー録音のギター)を重ねて録音する。

最後に普通にギターを弾いて完了。


・・聴けたものじゃなかったなぁ(爆)

が、それなりに音楽になっているから大したものだ。

今さらながら、録音したものが残っていればと思うのだが(笑)




余談ながら、何度も重ね録りした「9500万人のポピュラーリクエスト」の最終回は、綺麗な音で手元に残っている。

貴重なマスターテープだ(笑)

なんたって、この番組の星加ルミ子さん宛にビートルズ4人がメッセージを残している。

たぶん、放送局にも残っていないのではないだろうか。

高額で誰か買ってくれないだろうか(笑)


【追記:2017.04.10.】

昨年秋、本気でCD化しようと試みて、文化放送へ電話した。

『エアチェック録音物でも、放送著作物としての権利がある』とのことで、面倒なのでやめた。



■当時、ラジオで東京の文化放送を聴いていた。

微弱な電波を増幅するために、日本中のアンテナを利用した。

このアンテナとは、100ボルトの電気の帰路を利用したものだ。

往路を触るとビリッと来るが、帰路は触っても何とも無いから、それを利用した。


電気の線は日本中に張り巡らしてあって、少なからず電波を拾っている。

この性質を利用して、遙か離れた土地で東京のラジオを聴いていたものだ。

これらは誰からと教わったものでは無い。

自分で考えて実験したものだ。


■16歳の春、父が小さな卓上プレーヤーを買ってくれた。

大きな据え置き型が欲しかったが、当時のお金で十万円する(今の額で百万円)

父親が可哀相で八千円の卓上型にした。


ここらあたりから、ラジオもテープレコーダーも部品となってしまう(笑)

卓上プレーヤーからの音源は、右にラジオ、左にテープレコーダーへと流れる。


音も馬鹿でかくなる。

ステレオの完成だった。

見かけは異様だが(笑)


■最初に買ったレコードは4枚。

アイドルを探せ、砂に消えた涙、フーベの恋人、太陽はひとりぼっち。

引き続き買ったのが、ベンチャーズのダイヤモンドヘッドだった。


このベンチャーズの不可思議な音に魅せられて、大きな音で掛けていたら、母と誰かが話している。

『まあ、おたくにはクラシックが流れていますねだって!

とにもかくにも、そんな時代だったのだ(笑)


シングルレコードしか買えなかったが、当時、いつもつも思っていた。

箱の中に1000曲くらい入っていて、ボタンひとつで簡単にかけられないかなと。

それから40年。

CDの時代、本当に来たではないか!


■若い頃の感性とは大したものだと思う。

「こうしたら便利なのに、こういうものが出来たらいいのに」と、思っていたものが、かなり実現化されている。

「モーターも、もっともっと小さくなれば、いろんなことが出来るのに」、これも実現している。

今はいろんな機器に小さなモーターが存在する。


白黒テレビの頃には、すでに立体テレビを夢見てた。

鉄腕アトムや鉄人28号は、どう考えても人間っぽく過ぎる。


あの人間的な動きは無理だが、電子頭脳の小型化が実現すれば、そんな愚にも及ばないことを考えて居たのが楽しかったものだ。

それほど、「何も無いところからは何も産み出せませんから」という言葉は、私には逆インパクトのある言葉だった。




ビデオレンタルがまかり通っている世の中だ。

東京の大学生が最初にレコードレンタル初めて会社まで興したが、私はその5年前には同じことを二人の友人と企画していた。

確か1978年だった。

やれば良かったと悔やんだものだ(笑)


■機械的なハード面ばかりでは無い。

ソフト面での発明は、日本を大きく変えた。


終身雇用制度も、日本独自の発明ではないかな?

会社のいろんなシステムひとつが、模索から発明であった。


これからは、何もハードで産み出せないというのか?

私は、この歳になっても新たなるエネルギー存在の実用化を考えてるぞ。

たとえば、新芽の発芽エネルギー、ピラミッドパワーだ(笑)


■制度や構造にしても、新たなものは無いというのか?

もう出尽くしたと思ってでも居るのか!

何という固定観念に囚われたものの見方なのだろう。

ついついそのように思ってしまう。


■物ならず、創り出すという発明は、どんな人に置いても大切なものだと思う。

もちろん弊害もあるだろう、発明は便利さと引換の面もある。


時計の発明は便利さと時間効率化をもたらしたが、逆に時間に制約されるという面を生みだした。

もしかしたら、これからの世の中、時間を制した者の勝ちかも知れない。

時間は、長さに置いては等しく平等だが、単位あたりの価値は大きく違う。


■しゃにむに、がむしゃらな時代は終わりつつある。

時間の有効効率化と持ち時間の増殖。

心のゆとりの中にこそ、次なる発展があるのかも知れない。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.27(Thu) PageTop

◆【礼、智、 信、義、勇、仁、徳】仏の智慧で世界を救い導け。正義を貫き、不義に妥協することなかれ。


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年6月5日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。


また、小学時代の同級生(女子)が、亡くなった。

これでまた、私の縁者の〔幸福実現党〕への票が1票減った

この半年で、50票を超えたのは、さすがに痛い。


縁者に私の年齢(団塊世代)以上の人達が多いので、やむを得ないが、本気で新規開拓をしないと、自然減に追い付かない。


私は、この新規開拓が大好きだ。


子供の頃は大の苦手だったが、無理矢理せざるを得なくなり、いつのまにか大好きになっている(笑)

そうした意味では、このブログも、情報発信と新規開拓を含んでいると言って良いかも知れない。


ただし、日本全国の誰が見られて居られるのか分からないので(笑)、基本的には情報発信をして裾野を拡げたくて書いている。


なるべく口語体で、極力専門用語は使わずに、易しく書いているつもりだが、「難しい」と言われては困ってしまう(汗)

「です、ます調」から「ブッ切り型」にしているが、なるべく見やすいように、1行1節にしたい為だ。


前置きが長くなってしまった(汗)



「【正義】の言葉が嫌い」と言う人が居る。

おそらく【正義】の意味を知らないか、正義と反した生き方をしている人かも知れない。


では【正義】とは何だろう。反対語は【不義】だ。


【正義】 yahoo辞書より引用。

①人の道に適って居て、正しいこと。⇒「正義を貫く」、「正義の味方」

②正しい意義。また、正しい解釈。⇒「四書正義」

③人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範。



【不義】

①人として守るべき道にはずれること。また、その行い。

②男女が道に背いた関係を結ぶこと。⇒密通、「不義をはたらく」

③律の八虐の不義。師や長官などを殺すこと。




〔幸福の科学〕の教えに【人生の王道を語る:第6章の7つの徳目〔礼、智、 信、義、勇、仁、徳〕】の教えがある。

孔子の十徳の教えを、簡潔にまとめられたものかと思う。

その中の【義】とは、善悪、正邪、真偽、優劣、可否等を見分ける力だ。

それも、素早く見分けて判断し行動すること言う。


ゆえに【正義】とは、善悪、正邪、真偽、優劣、可否等を【正しく見分ける判断力と行動力】を言う。


類似語の「人道」、「道徳」、「倫理」、「モラル」、「道理」、「道義」、「真理」、「義理」など、善なるものを示す。


天国的な心・行動であり、仏神の御心と適っている。


逆の【不義】とは、善悪が解らず悪を取り、正邪が解らず邪を取り、真偽が解らず偽を取るなど、人間的道徳観から外れた行為を言う。

類似語の「巨悪」、「必要悪」、「不正」、「不善」、「不倫」、「害悪」、「罪悪」を見ると、悪なるものを差していることが分かると思う。

仏神の御心と逆のものだ。


■だから【正義】の言葉が嫌いと言う人の場合、【不義】の道に走る場合が有る事を知って置かねば危険だ。

なぜならば、自らの心が仏神の御心に逆らう働きをするからだ。


地獄的な心・行動で、邪悪な毒矢を射ながら、自他ともに、心や体に大怪我をしてしまう事になる。


その代表的なものが、いじめ】、【不正】、【不倫】であり、確信犯的な者は悪い事と知っている。

確信犯的な悪を為す者の場合、悪魔の心と同調している。

悪と知らずに為す場合でも、地獄に通じる心と同調している。


要するに【善悪、正邪、真偽】がひっくり返っているからだ。心の中の光と闇が逆転している。

だから、善が悪に、正が邪に、真が偽に見えている。


これを正す方法が【反省】なのだが、多くの場合、こうした心に支配されている人の場合、反省が出来ない。

だから放って置くと、どんどん心の中に闇が増殖してしまう。

どうしても反省が出来ない場合、【感謝の心】、【報恩の心】を持つことで、心の闇が増殖が止まり、心の中に光が入る。

この【反省、感謝、報恩】は、地獄に堕ちない為の基本中の基本だ。




こうした地獄的想念を持っている人と接した場合、宗教を学んでいない人は、エネルギーを抜かれてブッ倒れてしまう事がある。

そして、相手が怖くなり恐怖心の虜に陥ることもある。


宗教を学んでいる私のような者でも、悪影響を受けて、周囲の人間まで拡がる事も少なく無い。

そうした【悪想念】に対して、同じく【悪想念】で向かっては、まさに泥沼化してしまい、現実にも周辺に地獄的影響が出て来る。

だから【悪想念】に対しては、【善念】ではね返し、押し返す事だ。

そうした事を心掛けていないと、知らず知らずの内にエネルギーを抜かれてしまい、ブッ倒れるか、同じ【悪想念】を持つ仲間になってしまう。

今の世の中は、こうした悪の循環・再生産が多い。

これを善の循環・再生産に変えて行けるのは、正しき宗教心を持つ人だ。


残念なことに【悪想念】の虜になっている人は、すべての価値観が逆転して居るので、信じるより疑う事から始まるようになる。

猜疑心の虜になっているので、被害者意識が強くなり、攻撃性が強くなる。

その攻撃性は留まる処を知らず、相手が屈服して完全支配下に置かれるまでやむことは無いのが普通だ。

だが、【善念】で向かって来る者には、その相手が恐怖の対称になる事がある。

まさに、光が闇に見えているからだ。

そうした人達に必ずと言っていい程、共通したものがある。

【宗教】の否定だ。


■【宗教】の否定は、天上界の否定だ。

心は地獄界へと繋がり、そのまま行けば地獄界に引き寄せられてしまう。

そうして生きている間に地獄的な生き方をした人達が、天上界に還ることは無い。


私の母が、地獄霊に憑依されやすいタイプだったので、私は、目の前で見ているので随分と勉強になった(笑)

そんな母でも、〔幸福の科学〕に入信した直後から憑依される事は無くなって、晩年は穏やかな善人に戻った。

だから今は、天国へ還っている。


■本来の正しき宗教の場合、天上界のエネルギーを保ち、分け与えながらも、さらなる供給を天上界から受けている。

だからこそ、有限であるはずのエネルギーが減らない。

光のプラスエネルギーは、光の仕事をする。


闇を砕くだけでは無く、闇を光に変えてしまう。

そうした闇を無くすのが、宗教の仕事でもある。


■【いじめ】、【不正】、【不倫】などは、地獄界と繋がっている。

だからこそ、早期に縁を切らなければ、【道】が出来てしまう。

何の道かと言うと、地獄への道だ。

縁は断つ事で遮断出来るが、道が出来ると、殆ど、どうしようもなくなってしまう。

唯一、その道を遮断出来るのが【宗教(心)】だ。


だからこそ、政治の世界にも、【正しき宗教心】を持つ人達が増えなくては善悪、正邪、真偽】に加え【優劣、可否】の判断をも誤りかねない。

最初に述べた【義】の部分だ。


これ等は、知識や経験のみでは得られない。

宗教的洞察力を備えてこそ、【智慧】となる。その智慧こそが、世界を救い、光の方向へ導くものだ。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

» read more...
関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [5] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.26(Wed) PageTop

◆【目は心の窓】個性さまざま、放ち放たれた言葉


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月13日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



過去、放ち、放たれた言葉を思い出しては、その中にあった意味を自己解釈して、このブログを書いている




中三の時、新任の国語の教師に言われた言葉。

「○○!そんなに睨むな!ノートを取れ、ノートを」

ふと、周りを見ると、皆んな机に向かって鉛筆を走らせている。


隣の女の子のノートを見ると、なんとまあギッシリと書き込んでいる。

自慢にもならないが、私の授業ノートなど、殆どまっ白(笑)


■当時は、その先生の言葉が何を意味しているのか解らなかったが・・。

先生から見たら、みんなシコシコとノートを走らせている中、

最後部から真っ直ぐの姿勢で、先生の目の穴が空くほど見て居る生徒が居たら、確かに印象的なものだろう。

脅威かも知れない(笑)


今更ながら思うのだが、自分自身の特徴って?と考えた時。

集中力、そしてその耐久時間(体力・気力)かなとも思う。


■はっきり言って、中学の授業1時間程度の内容は殆ど記憶して居た。

他の者がノートのメモ書きを調べて居ても、私は頭の中に入って居た。


それは、かなり集中力が落ちた今でも傾向は変わらない。

いろんな勉強会でもメモを取らずに、じっと話している人の目を見ている。


それを意識し始めて気付くわけだが、話している人と目が会った場合、笑いの場ではそうでも無いが、真剣な場では目を逸らされて居た(汗)




昨晩もそうだった。

マン・ツー・マンとなってしまった会場の解説をされる新任の偉い方。

まともに目を見て話して下さらない(汗)

下向いたり横向いたり。

私自身は、話される内容を頭の中に書込むつもりで聞いて居るだけなのに。


たぶん、大勢の前で話す事は平気だが、マン・ツー・マンとなると苦手なのかと思う。

私はその逆だ。

マン・ツー・マンは平気だが、大勢の前では頭の中はまっ白(笑)




眼力という言葉がある。

その言葉で思い出すのが、20代の時の出来事だ。


隣市に嫁いだ妹の家に遊びに行き、猟犬の子犬を散歩させていた。

誰も居ない場所なので鎖を解いた。

犬は喜んで吠えながら駆け回っている。


■すると、坂の下の方から、別の犬の声が聞こえる。

ワンワンでは無い。

ヴォンヴォンのような太い声が?

・・次第に大きくなる?

坂下を見ると、黒く大きな猛犬が駆け上って来る!


妹の犬は慌てて私の足下の後ろに隠れ、ブルブル小刻みに震えている。

犬が恐怖で震えるなど初めて知った。


ズザザッーと、私の目の前に大きな犬が飛び出した。

どうやら繋いである鎖が外れたらしい。

鎖を垂らしたままだ。


逃げたら危険だ」

そう感じた私は、大きく両手を大の字に拡げる。


犬に襲われそうになったら、小枝なり何でも持って大きく見せろ。

犬は縦横の大きさで相手の大きさを測ると、何かで見た記憶があるからだ。


大きな犬との睨み合いだ。

その犬の目は怖い!(笑)


私の右手には鎖のチェーンは持っては居るが、振り降ろすにはタイミングで負ける。


体も柔らかく脚力に自信があった私は、右足で犬の頭を蹴飛ばすつもりで居た。

右手のチェーンは、片手でゆっくりと巻き上げながら右手に巻いていた。


■チェーンを巻いた右手と、自分の頭の上まで上がる右足で、

私の後ろに隠れて震えている犬と、我が身を守る為に、

飛び掛かって来るならば、
本気で頭を蹴飛ばすことに集中して居た。


飛び掛かってみろ!お前の頭を一撃で蹴倒してやる!


私自身、かなりの殺気を放って居たと思う。


大きな犬との睨合いは、どの位続いたのだろう・・。


私も犬も動かない。

気合と気合の勝負だった。


やがて、相手の犬がクルッと向きを変えて、坂道を駆け降りた。

妹の犬は足下にすがり付いたまま、まだ震えている。



その話を妹にすると、「あの犬が襲って来たの!よく無事だったね!」と、驚いていた。

だけども不思議に、私は負ける気がしなかった。

ま、スポーツでも始めから負けると思って勝負はしないだろうけど(笑)


普通の人間(と書けば私が普通じゃないようだが(笑))は、このような場合はどうするのだろう?

とにかく、退いては勝てないという事を身を持って知った出来事だった。



■しかしまあ・・

それまでは私の手足に噛みついて居た妹の犬が、以後従順になった。

ゲンキンなものだ(笑)

「この犬、相手を見るのか?」と、妹と大笑いしたものだ。




集中力と耐久力の話に戻る。

長男が小二の時、初めて授業見学をした。そして驚いた。


キョロキョロしている、皆が先生の方を見ていても別の方向を見ている(笑)

別の事で担任の先生と話すことがあったが、小さな身体の息子は、体力的に1時間の授業には付いて行けないとのこと。

・・私とまったく逆だ。


■その後は、息子の集中力や体力を鍛えるために、いろいろと手を掛けたものだった。

公文学習、野球、スイミングスクール・・。

だけども、どれも強制はしていない。


公文やスイミングスクールは体験させると、本人が続けるという。

野球は下手くそだったが、六年生の最後までやり通した。


■この息子、小三の時、高価なゲーム機を買ってくれと言うから、「学級委員長になったら買ってやろう」と約束した。

なれるとは思って居なかったからだが(笑)

・・が、なった!


なんと!手を挙げて立候補したそうな(汗)

・・以後、毎年(笑)


■どうも、私の息子ではあるが、まったく傾向生が違うようだ。

体力は無かったがもの怖じしないし、じつに素直である。

素直な人間というものは成長をするものだ。

さらには、淡々として持続する力を持って居る。


■娘は、私に似ているものを持っている。

娘も友達から父親似と言われるらしい。

喜ぶべきかどうなのか(笑)

コツコツとした努力タイプであるところは、私とは違うけど(汗)

やればやるだけ、確実な成果を上げる。

じつのところ、とてもカナワンと思っている(笑)


■それは息子にしたって同じ思いでもある。
 
二人とも、妻を入れたら三人。

私に無いものを持っている。


それが何であるかは私が一番よく知っている(汗)

親は教えるだけでは無い。

子供から学ぶものもある。



もちろん、子供達も、私の仕事や社会に対する姿勢などは、後ろ姿を見ているだろう。

私が親の姿勢を見て育ったように。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.25(Tue) PageTop

◆【正論、必ずしも正義ならず】義憤としての冷静な怒り


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月8日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



「お前が本気で怒ったら、怖いと思う」、「敵には回したくないヤツ」と言われたことは何度かある。

それはそうだろう。

殆ど怒らない人間が、怒れば誰だって怖いものだ 
(笑)

気の弱い私の中にも小さな正義がある。

今日は怒り(義憤~冷静な怒り)というテーマで書いて見たい。




今から15年くらい前になるだろうか。

日本最大の切手収集団体の支部を立ち上げた頃の話。

「○沢○一的こころ」というラジオ番組で、切手収集家はネクラという発言があった。

それ以前から世間では収集家に対しての偏見があったので、公共の電波で誤解を招く事を言ってもらっては困ると、放送局へ直接に電話をした。


切手は小さな美術品で、印刷技術も凹版を含めて最高水準にある。

記念切手には国の情勢と歴史が現れ残されている。


私達は収集家であって、投機家では無い!

必要ならば市価10円の切手でも大切にするし、値上がりには興味は無い!

・・とまあ、このあたりの抗議が普通に為されるだろう。


私は少しだけ違う。

だから、その次がある(笑)

「私自身も企業家でありCMもしている。番組スポンサーの社長さんが切手収集家と言う事もあり得ることをお忘れなく」

始めは軽く聞いていた局員の態度が、一変した(笑)


■正式書面でも抗議文を出していたので、数日後、何やら大きな荷物が届いた。(高級バスタオルを送られて来た)

『この度は、番組への貴重なご意見に感謝致します』のような書面が添えられていた。

ご意見ねぇ~(笑)

なんと!団体支部へも届いたので、ナイショで抗議していたのがバレてしまった(笑)




同じ頃だったと思うが、私の待望久しい音源がCD化された。

それを、ある有名音楽雑誌の女性評論家がボロクソに書いていた(笑)

『昔は良いと思っていたが、今聞いてみると盆踊りより劣る』のような内容だ。

全国の愛好者の反応は、『ヘビメタ狂いの女なんか相手にするな』という。

だけども、私は手紙で出版社に抗議した(笑)


あなたが何を感じられようが思われようが、あなたの勝手だ。

だけども、それを感情に任せるままに文章にして良いものだろうか?

制作者の努力はどう思われるのか?

全部売り切っても大した利益にはならない分野のものである。

それを待ち望んでいた者にとっては、あなたの言葉は辛過ぎる。

辛口批評が悪いとは言わないが、制作者の意欲を失わせるような言葉は慎むべきだ



その後、その女性評論家。

当分誌面に登場しなかった(汗)


そうなると、もっと気になるもので、どうしたのか?と毎月名前を探していた。

やがて復帰されたが、コメントの内容はガラッと変わって居た。

好感を持てる文面に変わって居た。

たぶん私だけではなく、それまでの辛口批評に抗議が相次いだと勝手に思っている。




また、新聞の悩み相談に、女性カウンセラーが極端なアドバイスをしていたことがあった。

女高校生に対して、近所のおばさんがいろいろと口やかましいという内容だった。

ところが、どう見ても、女高生の方が悪い、態度が普通では無い。

近所のおばさんは、至極まともな言葉だった。


■それを、『おせっかいババアはどこにでも居ます。あなたはその人の事など気にせず放って置きなさい。あなたはあなたの思ったままのことをやれば良いのよ』

驚いた!これがカウンセラー??

そう思った私は、私なりの意見を新聞社に送った。

「相談者が常に正しいとは限りません。状況判断を誤らないで」のような内容だった。

で、その女性カウンセラーさん。

当分、本当に忘れるくらい当分、登場しなかった。


たぶん、その時も、抗議は私だけでは無かったと思って居る。

そして、再登場後は、見違える程のアドバイスになって居る。

このように苦情は受ける側には辛いとは思うが、人を成長させる面もあるものだ。

と、勝手に思っている(笑)




物事には何面もの見方がある。


茶筒を真上から見た者は、「丸い」と言うだろう。

真横から見た者は、「四角い」と言うだろう。

どちらも正しいが、どちらも正解では無い。

角度を変えて見た時に、見えて居ない面が見えて来るものだ。



■角度を変えるには、相手を無理矢理に動かすのか。自分が移動するのか。

私は、自分が移動するのがベストだと思って居るが、もしかして、相手を無理矢理に動かそうとしているのかも(汗)

退路を塞ぐような攻め方も問題だ。

・・私自身の課題でもある。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.24(Mon) PageTop

◆【知は力】失敗を反省し、繰り返さないことの大切さ



 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月1日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



ライブドアのように確信犯的なものは云うに及ばないが、知らないことに対しての定規も必要だと思う。

定規は人によって違うとは思うが、無知に付け込むものに対しては、毅然とした勇気も必要な場合もある。




20代前半の頃、高校同級生HがGS(ガソリンスタンド)で働いていた。

時折ガソリンを注ぎながら簡単な会話程度の話をしていた。

その程度の仲に過ぎなかった。


それまでのHに対する思い出は、陸上部で足が速かったという程度のものだった。

私は100mでは12.8秒が最高タイムだが、Hは『10秒台で走っていた』という。

私はドタドタ自我流で走るだけだが、訓練した者には走法がある。カモシカの足のようなHは綺麗な走りをしていた。


■驚いたのが100mでは無呼吸で走るということだった。

ハァハァ息継ぎしながら走っていては問題外だな(笑)

このH、私が「垂直跳びで85㎝だった」と言うと、『俺は1m跳んでいた』と言う。

確かにHなら、その位跳んでいただろう。


ある時、夜半に酒を飲んだ声で『信用しろ』とわざわざ電話して来たことがある。

始めから疑っても居ないのに?




その時に脳裏に浮かんだのが、【GSで働いていた頃のある出来事】だった。

この話をするとHは非常に嫌がるのだが・・。


ある時、喫茶店で食事していた私を見つけたH。

同席して会計まで持ってくれた

そして、何やら話がしたいから一緒に来てくれと言う。


郊外の住宅に行ったら、若い男がぞろぞろ屯している。

『お疲れです!』のような独特の仲間意識の会話が異様だった(笑)


Hと私は向き合って座り、車の話をして来た。

『車の部品を買うことで性能がUPする』というような内容だった。


問題は、その方法だ。親がどうだの子がどうだの・・。

「俺には車のことはよく分からん、が、これはネズミ講だろ?」

当時はまだマルチ商法と云う名は無かった時代だ。


「悪いが俺は興味が無いので帰るわ」と立とうとすると、『まあまあ』と言って傍の者が押さえ付ける。

最初はHとだけ話していたのに、一人、また一人と、いつのまにかグルリを私は囲まれていた。


■彼等は『アメリカ型の新しい商法だ』と言う。

他の者ならともかく、商売をしている私にはそんな商法は通じない。

どこから見ても、今で言うマルチ商法だ。

どんなにシステムを説明されても矛盾だらけだ。


「この方法では、やがて全員に行き渡った時がお終いになる」と言えば、『その時には新しい商品が出る』と言う。

「具体的に言ってみろ」と言えば、今は言えない』という。

「では帰る!」と立とうとすると、後ろから『まあまあ』と押さえられる(笑)




その繰り返しで、4時間くらい洗脳された(笑)
が、そうは簡単には洗脳されないのが私でもある。

たぶん、長時間、四方八方から言葉を浴びたら、おかしくなるだろう。

私もその場を逃げたくてたまらなかった(笑)


■四方八方と書いたが、【ほんとうに8人位に囲まれて居たと思う】

彼等は、『とりあえず10万円で機械を買え』と言う。(2016年で物価換算すれば、約100万円)

「そんな金は無い!」の一点張りで応酬するのが精一杯だった。

金が無いのではないけど、「犯罪まがいに使う金は無い!」の意味だった。



ほんとうに私は気が弱い人間だと思うが、不思議に、こういう場面では冷静になる。

普通だったら、4時間も拘束されて居たら思考力も落ちて、買わなくてもいい物を買ってしまったり、判子を押してしまうかも知れない。

(よくよく私の人生を振り返れば、ドタン場では強い私が居たようにも思える・・)

で、結局、根比べで勝った私は(笑)、無罪放免となった(爆)



それから間もなく、その会社は摘発されてHは多額の借金を抱え職を失った。

その後、私の取引関係の会社に就職して来て以来、付き合いも頻繁になるわけだが・・。

「お前、あの時、俺をどうしようとしていたんだ?」と聞いたことがある。

返される言葉は、『すまなかった。悪かった。いろんな人に迷惑を掛けてしまった。バチが当たって、俺も店長としての将来を捨ててしまった』

驚いたのが、『だけども俺は、ほんとうに悪い事とは思っていなかった。俺も騙されていた』という言葉だった。




無知とは怖ろしいものだ。

頭の良し悪しでは無い。

金に目が眩んでしまった結果でもある。

いろんな要素が混ざり合うが、一言で云えば社会責任からの判断力かとも思う。


■前述の酒を飲んで電話して来た『信用しろ』は、彼がその時になお、私に負い目を持って居たことを示している。

負い目とは、純粋な人間関係のどこかに亀裂を生じさせているものだ。


その後の彼は、仕事で活躍し立派な社会人へと成長を遂げた。

ギラギラした顔つきが柔和になって、人間的に何周りも大きくなった。

失敗を反省し方向転換をした結果だと思う。



■だけども、私が何十年も前のことを時折このように思い出すように、彼もまた思い出したくないことを思い出しては後悔しているに違いない。

誰も責めては居ないのに・・ 。

もしかして、彼は心の奥底にしまい込んでしまったものに、悪を感じているのかも知れない。

それは、その時には悪であったかも知れないが、それがあったからこそ人間的な成長があったのだと思う。


ならば、災い転じて福と成すではないか。

失敗がすべて悪では無い。

同じ過ちは繰り返さない。

その後に、どう立ち直るか。どう生きるか。
では無いだろうか。


Hよ。

お前は立派な男だよ。

俺が、お前を目標として居たことさえ知らないのだろうな。

野暮なお前だと思っていたが、カンツォーネ好きだと聞いて嬉しかったぞ。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [4] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.23(Sun) PageTop

◆【幸福の科学:緊急霊言】追い詰められた金正恩守護霊、トランプ氏に挑発メッセージ


私が他記事の内容を引用する時は、緊急非常事態の時のみです。

この緊急霊言:「追い詰められた金正恩守護霊、トランプ氏に挑発メッセージ」は、昨日(04/20)に開示されたばかりの真新しいものです。


ですから私も、多くの信者さんも知らない人が殆どだと思いますが、敢えてブログで公開させて頂きます。

申し訳ないですが、ブログ主の私も詳細な内容までは知らないままです。





概要は、こちらでご覧頂けます。

◆【Liberty Web:2017.04.20】
http://the-liberty.com/article.php?item_id=12874

本文外のポイントです。

霊言では他にも、次のようなポイントについて語られた。

• 軍事パレードで披露したICBMは本物だったのか

• 「ミサイル発射失敗はアメリカのハッキングだった」という説の真偽

• ヒラリー氏や、岸田外相に対する"想い"

• 中国に対しても見せた威嚇の姿勢

• シリア砲撃をどう見ていたのか

• 米空母への意外な攻撃方法

• 安倍首相を暗殺できるタイミングが○回あった

• 韓国で親北政党が支持を伸ばしている背景

• 指揮命令系統への攻撃が効かない理由

• 影武者の人数

• トランプ氏に要求したいこととは?

• プーチンとの関係は今?




■拝聴しないままの発言は控えるべきですが。。

驚いたのが、・安倍首相を暗殺できるタイミングが○回あった・・と云う点です。


安倍総理は日本の首相ですし、どこの国のトップであっても狙われるのは、世の常かも知れません。

・・怖いことですけどね。


私が気になるのは、そういう目的を持つ者が、安倍総理の近くに接近していたということです。





お断りして置きますが、私達幸福の科学の信者には、そういう考えを持つ者は居ませんからね。(真面目に語っています)

『霊言に出ていたから』と、私達の考えだとは、露ほども思われないでくださいね。
 m(._.)m


■私達幸福の科学の信者は、あの「オウム教」とも戦い続けて居たのです。



TVマスコミが「オウム教」を持ち上げて、はやし立てて居た頃から、「オウムは危険な団体」と指摘て居ました。


世の中に信じてもらえませんでしたが、「あの時信じて頂けていれば、地下鉄サリン事件は起きなかったのに」と、思い返せば残念でなりません。


◆【意外と知らない】オウム事件解決に"幸福の科学"が貢献していた!
「幸福の科学」「幸福実現党」と聞いて「オウム真理教」を連想してしまう人は少なくはないだろう。

https://matome.naver.jp/odai/2146719284419958201


■8年前の幸福実現党立党理由は、今の日本の現状を察知していたからです。
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=109





ですから、北朝鮮の脅威を全国で訴えました。


あの年に、幸福実現党が全国で「核ミサイルは許さない!」、「核を撃つなら、国際法に則って敵地先制攻撃も辞さない」と、訴えたのです。



8年前の北朝鮮の金正日は、皇居に核ミサイルを撃ち込む姿勢を見せていました。

ところが、幸福実現党が「核を撃つなら、国際法に則って敵地先制攻撃も辞さない」と全国で訴えたので、様子を見ることにしました。


もっと正確に言えば、日本を小馬鹿にしていた金正日は、『サムライ達がまだ残っていた』と、怖れをなしたのです。


そして、幸福の科学からの「金正日の霊言」で、『自分の考えが全部知られている』と知り、兵を引きました。


さらには、北朝鮮から韓国に向けて秘密に掘っていた、秘密の坑道500本の所在を明かし300本までは本当に見つかったように記憶しています。

それもまた、幸福の科学がスパイを送り込んだのでは無く、天上界からの「お達し」でした。



ところが、幸福実現党が選挙で惨敗すると、再び北朝鮮は延辺(ヨンピョン)島攻撃開始したのは、記憶に新しい所です。

その後も南下するつもりだったようですが、金正日が脳梗塞と心筋梗塞になったので、戦争には至りませんでした。


寝たきりになった金正日は、次男の金正恩に毒殺されました。

http://the-liberty.com/article.php?item_id=3539#p1




その後の金正恩が、どのように動いたかは、言うまでもありません。


今、北朝鮮と金正恩は、再びというか、最後のあがきをしています。

最後の悪あがきは、おそらく核爆弾よりは、化学・生物兵器です。


それらは既に、北朝鮮の工作員に渡っていると言われています。

おそらくそれが、北朝鮮の最後の切り札です。


ですから、安穏としないで、まずは【自分の身は自分で護る】決意と準備だけは、して置いてくださいね。





少しでも早く、安全で平和な社会になることを願います。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ


Trackback [0] | Comment [2] | Category [幸福の科学:霊言と提言] | 2017.04.21(Fri) PageTop

◆【病原菌の正体】新型インフルエンザに思う


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2009年4月29日のブログより。

  【最初に:2017.04.10.】  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、内容は変えていません。
  変えないで「追記」で示しますが、古いのでレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



メキシコ発の豚インフルエンザが問題になっている。

牛、鳥、そして豚・・、肉食はダメということか(笑)


冗談言っている場合ではない。

新型インフルエンザなど、イタチごっこのようなものだ。

どんなに適応薬を作っても、やがて必ずそれを上回る耐性菌が出て来るのが常だ。





結核は過去のものと思っている人も多いが、耐性菌の出現によって結核患者が増えている。

医療と病原菌は、どこまでも競争だ。


人ごとのようだが、日本の豚インフルの水際作戦は成功するかを興味深く見ている。

かつての日本だったら封じ込められた。

これだけ国際化した今はどうなのか、それを知りたい面もある。

見事、水際作戦が成功したら惜しみなく拍手を贈りたい!

麻生さん、桝添さん、ガンバレ!




ところで、メキシコと、アメリカその他の国とでは違いがあるように思える。

今時点ではアメリカには重症者は居ないか少ない。

メキシコは酷いものだ!

やがてその違いは明らかになるだろうが、メキシコの初期対応の遅れは否めない。


■かつて医学界には、とんでもない悪玉の病原体が出て来ては、人類を困らせた。

コレラ、ペスト、結核、エイズ、エボラ、サーズ・・、きりが無い。

これらの病原体は、大暴れを始める前はどこに潜んでいたのだろう。




■こういう話を聞いたことがある。

もともと、こういう微生物は自然界に普通に存在している。

それが突然変異をして病原体に変質する。

秋には大量の虫達が死ぬ。

その虫達にも魂があり、人間の悪想念エネルギーと共に集合体となって微生物に取り憑く。

そうすると、普通の微生物が凶悪な病原体に変質する。




■そうかも知れないと思った。

そう思うと、すべてが納得行くのだ。

例えば風邪だ。

日本で流行るのは冬だが、病原体そのものは1年中存在している。

なぜ?冬だけ悪質な病原体になるのか不思議でしかたが無かった。


そして、その風邪の病原体に犯される者は、常に弱者だ。

体力が弱っている者、気力が萎えている者達だ。


■私は風邪は殆ど引かない。

小学生の頃に数回寝た記憶があるが、中学から高校生までは引いていない。

19歳の時には、1度だけだが38度の熱で重労働の仕事をしながら、働きながら2日で治った


■今年になって、うたた寝でA型インフルエンザに初めてなった(笑)

いきなりの大熱で驚いたが、これまた仕事しながら治った。

殆ど寝込んでなど居ない、疲れたら休む程度で治った。


このように私は、大人になっても、風邪の流行る時期は仕事が忙しく、引く暇が無かった(笑)

・・が、ほっとする5月頃の変な時期に、引くことがあった。

おそらく油断が原因だろう。


『あなたって変な時期に風邪引くのね』と、妻に言われたものだ(笑)

・・自他とも認める変わり者ではある(汗)


■私は、この歳になるまでの風邪引きは、普通の人の1割程度のものだろう。

弟は毎月のように引いているし、すでに息子は私の何倍もの風邪を引いている(笑)

そんなこんなで、外からの病気は、気力・体力で跳ね返せるものだと身を持って知ったものだ。




話を戻すが

水際作戦で、私が注目しているのが中国だ。

香港A型風邪と言われるように、中国は人工も多いが、当然虫も多い。

秋に死んだ虫の魂群が、人間の悪いエネルギー波を受けて変異するなら、中国は、内外から病原体の攻撃を受けることになる。


香港A型風邪を輸出して来た国だ、輸入はどんなものだろう(笑)

・・ほんとうは笑い話では無く、真面目に見ている。


■人間が作った細菌兵器は使われてこそ居ないが、生きている人間を根こそぎ全滅させる恐るべきものだ。

だけども、自然界の病原体は全滅まではさせない。

あの恐怖のエボラでも耐性を持つ動物が居たのだ。

その動物から血清を取ることで治療が開発された。


■そこになにやら神様より人間に対しての警告のような感じも受けるのは、私だけだろうか?

警告であれば、理由があるはずだ。


それが何であるのか解らないが、
メキシコは南米よりの
大麻草の取引地でもある。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と社会] | 2017.04.20(Thu) PageTop

◆【反省と感謝】暴風雨人生から立ち直るには反省と感謝が絶対不可欠。常態化すれば上昇階段が現れるだろう。


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年5月28日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



たまには、宗教を学ぶ者として、それらしいもの(笑)でも書いて見る。


心が傷付き、弱った人に、「そのままのあなたで良いんだよ」と、励ましの言葉を贈る人達が居る。

その言葉に癒され、心の中の大嵐が治まる人達も少なくないだろう。


言葉そのものは【プラスの言葉】であり、【マイナスの心】を中和させる役割を為すので大切だと思う。

立派だと思う。


だけども、いつまでも「そのままの自分」で良いのだろうか?

・・と考えると、宗教観を持つ人と、持たない人の違いが出て来る気がする。




大人であっても、本物の宗教の勉強をしていない人達は多い。

学校で教えられないから勉強する必要など無いと思って居る人達は、宗教の必要性も感じないだろう。


【なぜに?世の中に宗教があるのか?】も、知ろうとしないだろう。


そうした人達に共通するものに、信】より【不信】を重視する傾向が見える。

【信】の中の〔信頼・信用〕は動物にもある。


だが〔信仰心〕となると、人間だけが持つ事が出来るものだ。

信仰とは、【見えない価値】にこそ価値を見い出し、人間の能力の最高の部分に尊さを見い出すもの。


感性、知性、理性を超えた、悟性を発芽させ、醸成し、人間味豊かにする奇跡のワインだ。


私が〔幸福の科学〕で学んだ【万人に仏性あり】の言葉は、どんな人にも仏や神と同じ性質を宿している事を意味している。

これは、【信】の中の〔信仰心〕無くては、完全には理解出来ないかも知れない。


逆に、信仰心〕を持ち、【万人に仏性あり】の言葉を信じ切れれば、どんな悪人と思えるような人の中にも、【仏性】を見い出す事が出来る。

それが、今の私の勇気や行動原理になっている。


■現在の争い事の多くは、対立する価値観の違いを認めずに、相手を自分の価値観の中に押し込めようとする処から始ることが多い。


茶筒を真上からしか見ない人は「丸い」と言い張る。


真横からしか見ない人は「四角だ」と言い張る。


そして、大騒動になる。

こんな馬鹿馬鹿しいような話でも、現実にはそうした事が原因で、対立の図式を産んでいる。




本物の)宗教とは、【導き】であり、【道標】であり、【灯り】だ。 


私には、宗教を学んで居ない人や、否定している人達を見ていると真っ暗闇の中を突っ走っているように見える事が少なくない。


やみくもに真っ暗闇の中を突っ走って居ては、ちょっとした油断で、つまづき、大怪我をする。

そして、大怪我をした原因を探そうとする。


だが、【不信】が先に立つので、他人に原因を求める事が少なくない。

だけども、どんなに原因を他に求めても、答えは出ない。


【答えは自分の中にある】事に気付くまで、何度も何度も、同じ過ちを繰り返すだろう。


自分の顔は、自分では見えない。

【何か】を介さないと、見えない。

その【何か】が分からないと、本当の自分の顔は虚像に過ぎない。


その【何か】こそが鏡であり、宗教の教えだ。


宗教の教えの【反省と感謝】があってこそ、本当の自分が見えて来る。




反省行には、八正道としての〔正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定〕がある。

宗教者達が、常に、己の心の点検作業として用いているものだ。


私の息子の高校でも教えられていたが、仏教系の学校では必ず習っている反省行だ。


■私はさらに、孔子の十徳の教えを〔幸福の科学の総裁〕が分かりやすく解説された
【人生の王道を語る:第6章の7つの徳目〔礼、智、 信、義、勇、仁、徳〕】の教えを、自分自身に照らし合わせている。

徳ある人となる為にはと、〔礼、智、 信、義、勇〕の真なる意味を語られ、それらのすべてに〔仁〕が必要だと言われている。


〔仁〕を、日本語で言えば〔高次元からの愛〕だ。


【愛ある礼、愛ある智、 愛ある信、愛ある義、愛ある勇】が大切だと教えられ、感銘を受けて以来、私の大切な人生道具(法語)だ。


■「そのままのあなたで良いんだよ」は、確かにマイナスの心を和らげる役割はする。

だが、副作用も含む風邪薬のようなものだ。


人間には、自然治癒力が備わっている事を忘れてはいけない。

宗教を信じている人に病気が治る奇跡が起きるのは
仏神の力の一部の自然治癒力を信じているからだ。


■仏神の御心に添った生き方をしていれば、本来は病気とは無縁の筈だ。


だが、残念ながら、どんな人でも、1日24時間、仏神の御心に添った生き方が出来る人は居ないだろう。


逆に、1日24時間、仏神の御心に反した生き方が出来る人も居ないだろう。


■特に現代人は、無人島に独り住んでいるのでは無いので(笑)、多くの人達と関わらざるを得ない。

そうした人達と、良縁もあれば悪縁もあるだろう。


だが、この良縁と悪縁は、宗教を学んだ人達と、そうでない人達とでは、違うことがある。

極端な場合、良縁と悪縁が【逆】になっている事もある。


悪縁を良縁と思い込み、突っ走った結果、周囲の者まで巻き込んで大怪我をする。

そして、他者に責任・原因を求める事で、自らの心の暴走を正当化しようとする。

世の中には多いことだ。


自分が(心の)暴走族になっているとは思ってもいないからだ。

だから、正義感が強い人は、私を含めて(汗)、気を付けなければならない。




例えば、泥棒を捕まえようとして追い掛ける。(それ自体は良いことだろう)


車で逃げる泥棒を、無免許運転で追い掛ける。道路脇の人達を跳ね飛ばしても追い掛ける。

そうして逃げた泥棒を捕まえても、背後を見れば怪我人の山。


いくら「泥棒を捕まえる為に必死だった」と言っても、やり過ぎだ。

正義の使者が、いつのまにか犯罪者になっている。


まさに、「正義感が暴走して悪行を為す」だ。


そうした人は、泥棒を追い掛ける途中で跳ね飛ばして怪我させた人達の事には気付いていない。

気が回らない。


気付く為には、一旦立ち止まって背後を見る事だ。

簡単に言えば、これを【反省行】という。


猛スピードで突っ走って居ながら反省行が出来る人は、まず居ないだろう。

普通は、必ず止まって、振り返る事から、八正道の反省行が始まる。




私は、いじめ問題に於いても、必ず【心からの反省と謝罪】を言って来た。

なぜに、わざわざ【心からの】を付けるのかと言うと、真の反省の意味すら知らない人が多いからだ。


「申し訳ない。ごめん」と言うのは、真なる反省や謝罪では無いからだ。

【涙を流すばかりに、申訳なかった】と言ってこそ、反省の入口に立つ。


それでもまだ入口だ。

真なる反省は、もっともっと奥が深い。


■そうした反省、謝罪から、感謝の心が芽ばえた頃には、心の暴風雨も治まり、心の中に太陽が差し始めようとしている時だ。

マイナスエネルギーで動いて居た心に、プラスエネルギーが注ぎ込まれる瞬間でもあるだろう。




私は、これまで沢山の人の人生を見て来た。


転落に継ぐ転落人生を送っていた人が
【本物の反省と感謝】に気付たトタンに、V字カーブを描くように上昇気流に乗った場面も何度も見ている。

逆に言えば、【本物の反省と感謝】無くして、V字カーブの上昇気流には乗れないと言う事でもあるだろう。

それほど、【本物の反省と感謝】は、人生の立て直しには、人生の再建には大切な道具であり、材料であり、基礎中の基礎だ。


確かに弱り切った人の心の回復には、一時的には「そのままのあなたで良いんだよ」は効き目があるだろう。

だが、決して根治には至らない。


自分自身を振り返る時間を持てない人は、本当には、先には進んではいない。




〔幸福の科学〕の教えには、天国界に通じる〔与える愛〕と、地獄界に通じる〔奪う愛〕がある。

愛は、いろんな形態を取るが、
時間でもある。


人1人に与えられた時間は、善人・悪人等しく1日24時間。

自分の事が精一杯で、自分で気付かないまま、相手の時間を奪っている場合がある事を知って置かないと、人間関係すら壊れてしまう事がある。


相手の時間とエネルギーを奪って居るからだ。


■もちろん、私のようないろんな相談を受ける側に居る者も、この点には注意して置かなければならない。

自分のキャパを超えるような事をしては、自分が壊れてしまう。

だから、常に、反省と感謝を忘れずに相手の幸せを真に願って話をしないと、エネルギー切れになり、ノックダウンだ(笑)


そして私の場合は最初から、自分の中に他人と接する時間を設けているので、時間エネルギーを奪われる事は無いが、過信だけはしないようにしている。


■だからこうして書くと、【時間を奪う】という言葉に囚われて、電話しづらくなる人も居るかと思うが、そのあたりはご心配なく。

一般論を書いているだけで、私にとっては、人類幸福化へのひとつの段階に過ぎず、無理もしていない。


かつても8年間以上、毎日のように切迫したような電話して来ていた人が、次第に電話して来なくなり、
逆に心配して電話すると、見違えるように元気になっている。

そうした単純な事が嬉しい私だ。

そうした人達の為に、私はいろんな経験を積んで来たものだと思っている。


だからこそ私は言いたい。

人生の再建に不可欠なのは、【反省と感謝】だよと。



【格言】

すべてを他人の責任だと思う人には道が開けず、すべてを自分の責任として受け止め、力強く自己変革していこうとする人には道が開けてくるのです。

『「幸福になれない」症候群』 第2章より
http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=149&utm_source=wordsJpn&utm_medium=email


【追記に続く】



1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

» read more...
関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.19(Wed) PageTop

◆【身辺に起きた奇跡現象】私の身辺に起きた本当の話の数々(3)


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年6月21日のブログより。

  【最初に:2017.04.10.】  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、内容は変えていません。
  変えないで「追記」で示しますが、古いのでレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。




このブログを見て、わざわざ電話を下さる方がいらっしゃる。

いろいろ話していると、自分でもすっかり忘れていた事を思い出す事がある。

正直な処、こんな話でも奇跡と呼べるのだろうか?と思うが・・。


【奇跡現象:第3弾】
として、忘れない内に(笑)書いて置く。




私が〔幸福の科学〕に入信したのは、俗に言われる「助かりたくて」とか、「病気を治したくて」とか、「何かが苦しくて」入信したのでは無い。

それまでの人生の中では、最も安定していた時だったのだ。


【太陽の法】という本を読み、【子供の頃から求めていたものに出逢った!】と、確信に至ったからだ。

その出逢いにしても、お客から本を頂かなかったら・・

TVは見ない。新聞は広告欄には目が行かず殆ど大見出ししか見ない。雑誌は読まない人間が、〔幸福の科学〕を知るすべも無かった。


社会情勢など、お客の話を聞くだけで充分過ぎるほどだった。


■入信直後の私は、とにかく発刊されている書籍や月刊誌のバックナンバーを全部注文した。


さらには、県内の親しい古書店には「〔幸福の科学〕の本は全部買うから除けて置いてくれ」と頼んでいた。


おかげで凄まじいスピードで本が集った。いや、溜まった(笑)




【01】思いの縁が切れた店・企業・人が?

1997年の入信直後に、信者仲間と二人で、私の知り合いの書店に「幸福の科学の本を置いて欲しい」と頼みに行ったが断られた。

私がガッカリしているのに対して、信者仲間のサバサバした態度に驚いた。

仕事で断られるのには慣れている私でも、彼の姿勢が私を変えた。


私は、その後もその店に、〔幸福の科学〕の新刊・旧刊を頼み続けた。

翌年の1998年には、「〔幸福の科学〕の本を全部置きましょう」と言われ、基本書籍70点が棚に並び、〔幸福の科学コーナー〕が出来た。


そして1999年の〔繁栄の法〕は、書店売上第1位を半年以上キープしていた。その店では店内に入るなり、3~5列の平積みだった。

書店から何冊売れたか聞いていたので、信者さんが購入された数を差し引くと、一般の人がかなり購入されていたのが分かる。


■その書店との縁は続いたが、私が8年前に病気で倒れて行かなくなり、その間に店長が替わり、〔幸福の科学〕の本は無くなっていた。

店の雰囲気も変っていた。

そして、5年前に、その店は倒産した。


【追記:2017.04.08.】

残念ながら、この中に登場した店長さん。

私の同級生の弟だが、お母さんとふたりで認知症になったようだ。

辛うじて私の顔を覚えているが、笑顔と記憶が無くなっていた。

『宗教の本に興味あるんですよ』と言われてたのに、私は何もしなかった。

申し訳なくて、残念だ。




私にとっては、こうした話は珍しくも無く、(またか・・)程度の話だ。

どこかに書いていると思うが、1万件近い顧客が居ると、そのすべてに思いが向く事は難しい。

忘れてしまった居た顧客が、倒産、病気、離婚・・のような事態に陥っていた事が、あまりにも多くあった。

あり過ぎだ。

2週間前も、しばらく縁が切れていた人から「離婚しました」との電話を頂いた・・


■断って置くが、私が怨念波で恨み倒したのでは無い(笑)

忘れていたのだ。

そうして忘れていた店は倒産し、忘れてしまっていた知人達が何等かの不幸な事態になって居る。


特に8年前に病気で入院している間に、多くの〔幸福の科学〕のシンパであった縁者を失ってしまった。

それも、各界の地位の高い人達ばかりだったので、愕然としたものだ。

【油断も隙もない】とは、この事だろうかとさえ思ったものだ。




自画自賛になってはいけないが、私は、【取引先の納品物には、感謝の思いを込めていた】

生産加工段階でも、「ありがとう。ありがとう」の思いを込めて作っていた。

納品物が世の中の役に立つ事を喜んでいた。

私は、几帳面な性格が幸いしてか?どんな納品物でも【丁寧に扱い】、同時に【感謝と善念】を届けていた。


■その頃には、そうした念いが仕事をするとは知りもしなかったが、とにかく、お客さんの喜ばれる顔を見るのが何よりも嬉しかった。

良い物を安くは理想だが、大量生産が出来ない零細企業にとっては難しい。


だから、【高いです。だけども中身は絶対に負けません】が私の信条でもあった。


■今は別の仕事をしているが、お客様の方から「お礼の手紙や物品」が届く事もある。

2013-06-22-1.jpg 


(こういう手紙を頂く度に元気が出る。本来は私信なので公開してはいけないと思うが、この方の言葉の中に私の仕事への思いが見られるかと思う)


■常連客など、帰省する度に寄ってくれる人も居るし、お土産をもらう事も少なくない。

母親が「あんたの店は変ってるね。お客の方がいろんなものをくれるなんて」と驚いていた。そこには何があるかは、母親には解らないのだろう。

私は、単に、物の売り買いをしているだけでは無い。

その過程で築き上げた人間関係を大切にする。だから【感謝の心】は忘れない。

それは〔幸福の科学〕に入信してからも、同じ事を学んだので、私のやって来た仕事(への思い)に対する自信にもなった。


■だが、納品が途絶えると、どうしても忘れがちになってしまう。

私なりの【善念】を届けていたのが途絶えてしまう。

だからと言って、急にどうこうなるわけでは無いと思うが、微々たる善念でも、少しは悪想念を跳ね返しているのかも知れない。


■信者仲間からも【思いを切らしてはいけないよ】と、いつも言われていたので気を配って居るつもりでも、全てに行き届かせる事には無理がある。

だから今では「すべての縁ある人へ」と幸あることを願い、祈っている。

その意味では、選挙がある事には感謝だ。

忘れていた店や知人と再び縁も出来る。


だが、20年前と比べたら、知っている商店・企業だけを見ても3割程度になっている。

人も、見知らぬ人達ばかりになり、その点は気楽になったかな(笑)




【02】近視と老眼が治った。

10年前だったか、今は絶版になっている〔天之御中主〕の霊示を読んだ。

確か、〔新・運命の開拓〕という題名で出版されていた。

私は日本神道と相性が良いのか?

この本には納得するばかりか、「そうだ、そうだ」と言わんばかりの共感を憶えたものだ。


例えば

◆日本人の8割は眼鏡を掛けている。

そんなに眼鏡が必要ならば、産まれた時から眼鏡を掛けて出るはず。

眼鏡を掛けずに出て来ると言うことは、本当は眼鏡など必要無いからだ。

・・のような記述を見て、納得と同時に大笑いした記憶がある。


■この時の私は、近視・乱視と老眼(やな言葉だな(笑))があった。

そして、総裁先生から「眼は、治りやすい部分です」と教えられて、眼鏡の要らない自分を想像した。

(切手収集で眼を壊したのだから、止めた今は治るはずだ)と思った。

単に思うのでは無く、【確信】に近かった。


ある時、運転免許切り替えで視力試験を受けた時、「眼鏡なしでも大丈夫ですね。要眼鏡は外しましょう」と言われた。

晴れて眼鏡から解放された瞬間だ(笑)

近視と老眼がある場合、一時的にそんな状態になるとも聞いていたが、私はそうは思わなかった。

【眼は心の窓。大切なもの】と思っていたら、本当に眼鏡が要らなくなってしまった。

すでに10年は眼鏡を掛けていない。


■さらには、TVを見ると、しばらく眼が悪くなり視界不良になるが、1時間程度で正常になり始めた。

今では、もっと回復速度が速くなっている。


■もっとさらには(笑)、10㎞先の700mの山の頂にある電波塔まで見えるようになった。

知人達に話すと「嘘いえ!バカな!」と言うので、双眼鏡を渡して「真ん中に・・、その右に・・、左端に・・」と言うと、ピタリと合っていたようだ。


私が前もって記憶しているとでも思っていたのだろうか(笑)

「その右は何色だ?」とか聞いていた(笑)

そして、「お前、本当に見えるのか」と驚いていた。


もともと見えていたわけじゃない。見えるようになったのだ。

今では裸眼でも、CDの裏側の下に書かれてある「このCDを・・」の文字が見える。

お試しあれ(笑)




【03】頑固な皮膚病が自然治癒。

私は、20歳の時より〔尋常性乾癬〕という皮膚病を患った。

松山赤十字病院で働きながら夜学に行っていたが、山口県に帰る日が近付くに連れ、天国から地獄に行くような気分だった。

家に帰れば、父親の残した負債、夜叉のような母との生活が待っている。

その思いが【外界拒絶心】になったのか?皮膚病になり、あっと言う間に全身に広がった。


■卒業後も、そのまま松山赤十字病院に8ヶ月の入院をしていた。

治療は過酷だったが、何とかして、1日でも早く治して帰郷しなければと必死で頑張った。


20130621.jpg 


■だが、8ヶ月も入院しても治らないので、親戚の伯母から「帰りなさい」と、無理矢理帰郷させられた。

その後も、県立中央病院、山口医大、山口赤十字病院、近畿大学付属病院等の大きな病院から町医者まで、20件近い病院を転々とした。

だが、どこの病院でも言われのが【不治の病。治療を欠かさない事】と言う言葉だった。

その病気が、自然に治った事は、どこかに書いている。


■だが、数年間は完治していたが、その後は発症し始めたが、それまでのような酷さでは無い。

薬も付けずに放って置いても自然と治る。

今では医者も、放って置いても自然と治ると知って居るので、私には治療を勧めない(笑)


■この病気は、発症した部分が普通の人の5倍程度の勢いで増殖するので、正常な皮膚では無く瘡蓋(かさぶた)のようになる。

昔、カップラーメンの熱湯をパジャマの上にひっくり返して、慌ててパジャマを脱いだら、表皮が一緒にペロンと剥げた(汗)

急いで救急に行ったら、30分くらい水道水を患部に流され、治療を受けた。

そしてその3日後には完治した(笑)

医者はビックリしていたが、この皮膚病はそれだけ再生力が早いのだ。


■車で運転していても足元には瘡蓋の皮膚片だらけ。

ある時、掃除する間も無かった時、ゴムカバーの下に隠した(笑)

すっかり忘れていて、しばらくしてゴムカバーを取って驚いた。


醜い瘡蓋の皮膚片の筈が、真っ白の花弁のようになって、かすかに透き通っていた。

綺麗だった。

この世の物とは思えないほど本当に美しかった。


醜いアヒルの子が、白鳥になった感じだ(笑)

車の中でどういう作用が働いたのか知らないが、保存して置いたら良かったと、今でも悔やんでいる。




【04】霊糸線(シルバーコード)が切れるまでは、肉体保存を(1)

15年くらい前になるが、妻の伯父が亡くなった。

通夜に行き、長男が傍に来ると頭痛がする。

長男が逃げると治まる。


なぜだか解らなかったが、翌日の葬式の長男の挨拶で解った。

その長男は「父は・・」と褒め称え、「父の思いに報う為に、山口大学に献体しました」と威張って言う。

私は、それを聞いてゾッとした。

昨夜の頭痛の意味が解った。


人は心臓停止して死とされるが、霊的な死は違う。

肉体と霊体は霊糸線(シルバーコード)で結ばれている。

この霊糸線が切れた時が、本当の死だ。

その霊糸線が切れるまで、平均1日(24時間)を要すると言われている。

だから日本では通夜がある。


上の長男の場合、このその霊糸線が繋がったままで、献体(解剖)したわけだ。

医者から見たら心臓停止しているのだから死になっても、霊界から見たら、まだ死への準備段階だ。

霊糸線(シルバーコード)は切れていない。

24時間以内に献体(解剖)された妻の伯父の魂は、生きているまま切り刻まれる苦しみを味わう。

だから、通夜の席では、その長男に「よくもワシを」の思いで、傍に居たのだろう。

親子と言えども、勝手に切り刻まれたら、その痛みは長男に向けられ、憑きまとって居たのだろう。

・・その後、その長男は病気続きで、5年前に亡くなった。




【05】霊糸線(シルバーコード)が切れるまでは、肉体保存を(2)

妻の父が亡くなり、急いで行ったが、すでに妻の妹婿(次女婿)に、通夜から式まで準備されていた。

式と焼き場の時間を聞いたら、1日(24時間)も無い。

夕刻亡くなって、通夜をして、翌昼には焼き場の時間だと言う。

私は、妻の妹に霊糸線(シルバーコード)の話をして、時間を伸ばしてくれと頼むが、聞き入れてもらえなかった。


妻の妹は、「そんな事知らないのに、早く言ってくれれば・・」と泣いていたが、それは違う。

私は何度も話しているし、何冊も本を渡している。


だから「知らなかった」では無く、「知ろうとしなかった」のだ。

おそらく、クリスチャン家族なので、私の話など本気で聞いていなかったのだろう。


本来の私は、こういう場合は、長女の婿として一切を取り仕切って居た人間だが、風邪気味で体調が悪い事にした。

通夜の仲間に入らず、棺の前で「時間がありません。導きの霊よ、早く、早く迎えに来て下さい」と、祈り続けていた。

そして翌日の葬儀になったが、間に合ったのかどうかは解らない。


■それからしばらくして、妻が肺炎で入院した。

私は、仕事を夢中でこなしていると、突然、亡くなった義父がイメージに出て来て、私に話し掛けて来た。

正確には、話し掛けて来たのか、意識を送り込まれたのか、よく解らない。

傍に居た息子の話に寄ると、私が「アッ」と声を出し、しばらく5分程度、固まって居た(トランス状態?)ようだ(笑)


その間の私は、義父からのメッセージを受け取っていた。

「○ちゃん、ありがとう。おかげで助かった

「○ちゃんには申し訳無いが、結婚の支障になるので言わんかったが、娘は3歳の時、同じ肺炎をしてるんじゃ。すまんのう」

「ワシ等家族はのう。前は(前世?)隠れキリシタンじゃった」

「あの時も、次女が役人に騙されてのう、ワシ等は焼き殺されたんじゃ」

「その時の役人が、今の次女の夫でのう。今回もワシは焼き殺されそうになった

・・ちなみに次女の嫁ぎ先の名前は、徳川家に縁のある名前で山口県では珍しい。


「ほんとうに危なかったが、○ちゃんが導きの霊を呼んでくれたので、助かった。ありがとう」

・・この間、息子に言わせると5分程度だったようだ。

私は、どんどんイメージとして入って来るものを必死で取り込んで居た。


妻の病気の事ならともかく、いきなり前世と今世の関係まで伝えられた。

確証も無いし、私の勝手な想像の産物かも知れない。


だが、確かに言われてみれば、次女の嫁ぎ先は徳川のスパイ的な活動をしていた家系の名だ。

妙な真実味がある。


そこで、妻の兄弟・姉妹達の家に電話して、妻の病気の事を確かめたが、全員知らないと言う。

そしたら義母から「どうしてそんな事知ってるの?隠して居たのに」と言われた(笑)


正直に話したら驚いていたが、「不思議だね」と信じてもらえた。

熱心では無いが、義母もクリスチャンなのだ。

だが、病気以外の前世がどうのこうのは話せなかったし、今でも話せないままだ。

話せるわけが無い!(笑)

妻には話したが「そうかもね」と納得している。




嘘のようで本当にあった事を書いているが、私としては確信の持てない事は、まだ書いていない。

〔霊言メッセージ公案〕で湧いた言葉は、当時は自分の考えと思っていたが、年月が経って見ると、自分の言葉では無いと解る。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

» read more...
関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.18(Tue) PageTop

◆【身辺に起きた奇跡現象】私の身辺に起きた本当の話の数々(2)。


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年5月26日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



前回の続き。

霊界の証明に少しでもなるなら、思い出せる限り書いてみたい。

過去に書いて来た事と重なる点は、ご勘弁。


「神に誓って従軍慰安婦は実在したか」を真似て、神に誓って、嘘は述べません ^ ^





日本神道の神々には、天候等を変える事が出来る神々が居られるようだが?

私は日本神道に縁でもあるのだろうか?


産まれる以前にも身内には不思議な事があったようだし、産まれた日も神社大祭日に合わすように1800gの未熟児で産まれている?

偶然にしては出来過ぎている。

産着に溺れるような(笑)私だったようだが、みるみる内に大きくなったようだ。



■気象現象の不思議。

そんな私は、〔幸福の科学/幸福実現党〕のボランティア時には、【晴れ】の日が殆どだ。



【01】5年前の2月の雪降る中、いじめ問題で山口県教育庁に県下全域・全校へのポスター掲載をお願いに行った。

無名で最初なので、充分な説明が必要だった。

当時は、市町村単位でのポスター掲載の知らせは有ったと思うが、県下全域・全校となると、おそらく始めてだったと思う。

しかも、1校あたり特大型2枚、クラスごとに1枚という荒技だ(笑)


『検討して連絡します』となり、山口県教育庁を出て、防府市教育委員会に向かう途中、5分程度、空が割れるような青空になった。

小雪が舞っている中で、ビックリするような青空になり陽光が差した。


「何かいいことあるのかな」と言って居たら、2日後に山口県教育庁からOKが出た。

それも担当の人が「早い方が良いと思いまして」と、直接私の家まで来て下さって、いろんな話も出来た。


2日前の割れるような青空の意味は、やはり良い知らせだった。

それ以降、山口県教育庁とは良好な関係が続いている。



【02】4年前の〔幸福実現党〕の応援に入った私は、3ヶ月間外に出たが、不思議に辻立ち時には【雨が降らなかった】


前後に降っていても、辻立ち時間は止んで居た。




【03】同じ事は、昨年の岩国市での〔オスプレイ賛成デモ〕でも起きた。

デモ隊が出発直前になって雨が降り始め、みんなが傘や合羽を着始めたので、私は空に向かって【雨よ、止め!】と念を入れた(笑)

・・そしたら、雨が止んだ?


デモ行進は、明るい日差しの中で行なわれた。

・・が、全員が出発点に帰るなりドシャ振りになった。

この事は、当時参加されていた人なら、ご存知だと思う。

まさに【天の助け】としか思えない。




【04】山口県には、8年近く直撃台風が来ていない。

8年前に私は大病をした。それ以来、充分な台風の備えが出来ないので、台風が発生して山口県直撃コースの場合、【避けろ!】と命令している(笑)


「右に曲がれ」だの、「真っ直ぐ進め」だのと勝手な事を言う(笑)が、不思議にそうなっている?

妻も最初は面白がって「台風が来そうよ、早く曲げてよ」などと言って居たが、何度も度重なると言わなくなった(笑)


私自身は、いつも天に護られていると感謝しているが、あまりにも命中精度が高いと、不思議以上の不思議さを感じている。



【追伸:2017.04.07.】

これを書いたのが2013年だったので、2016年末まで3年を加えたら11年間台風直撃が無い。

それまでは、毎年1~2個の台風直撃が有ったのが、ゼロだ。

その不思議さを、県民は感じて居るのだろうか。。





■仕事上の不思議?奇跡?


【01】あまり書きたくないのだが、入信前から有った事だ。

何千件もの会社と仕事縁があった頃、今のようなコンピューターは無く、すべてが手書きで、ソロバンだった。

年度事に新しく得意先の更新をしなければならないので、1年間全く取引の無い会社は、諸口に移して口座を抹消していた。


何故だか知らないが、そうした会社の殆どが、不幸な事態に陥っていた。

別に私が取引してくれない怨念(笑)を出していたわけでは無い。

むしろ、その会社のことは忘れていたくらいだ。

たまたま通り掛かりに思い出して寄ってみると、倒産、離婚、死亡、病気・・そんな事が多くても、気にもしていなかった。


ある時、妻が気付き、『どうしてか知らないけど、ウチの口座を外した会社は、みんな倒産してるよね?』と言う。

「そう言えばそうだな・・」と、意識し始めた。


妻は、友人に「これこれこういうわけだから、口座を外されないようにしなさいよ」と言っている(笑)

「それは大変だ(笑)」と、友人は笑っていたし、私も何とも思っていなかった。

・・そして、機械的に取引の無い会社の口座は〔リーフや口取り〕を付けるのが面倒で勿体ないので、一般諸口として扱っていた。

その中に、妻が言っていた友人の会社があった事は後で知った。

友人の会社は倒産、友人は行方不明。(今は交流がある)



【02】それだけでは無い。1万件近い取引会社を持ちながらも、30年間以上、不渡り・貸倒れゼロ。

年に数回だけ、注文聞きに行かなければならない会社に、注文聞きに行くのを忘れていた事がある。

思い出して慌てて行くと、「今回はもういいよ」と言われるし、仕方ない。


・・が?、そうした会社が数ヶ月後に倒産していた事は、思い出しても10件前後はある。

もしも取引していたら、アウト!の貸倒れになっていたが、何故だか分からないが、私はそうして30年間も不渡り・貸倒れゼロだ。


会社経営している人なら分かると思うが、1万件近い取引会社を持ち、30年間以上、不渡り・貸倒れゼロと言うことがあり得るだろうか?

実際、私は、そうだった。


もちろん、取引中でも倒産した会社もあったが、「あなたには迷惑掛けたくないから」と、自主的に支払ってくれた人達も居た。

そんな事からでも、私は【人の縁】には恵まれていると思う。


もちろん、天の縁か守護霊の働きかは分からないが、【天の恵み】もあったと思っている。



【03】いろんな分野で閃いた事業。

これも以前に書いているが、若い頃の事業意欲があった頃には、いろんな事が閃いていたが、実行は出来なかった。

田舎での事業は無理なので、最低限でも広島が立地条件だったが、母親が大暴れするので、すべて諦めざるを得なかった。
 
(今では、それで良かったと思っている)

思い立った新規産業は、後には現代に至っては大手になっている程のものだが、惜しいことした(笑)

もちろん冗談だ。

こうした閃きのような事は、やった者勝ちだ。

こうして言い訳していては、次には繋がらない(笑)



【04】16歳で、新規事業を計画、成功。

当時、機械物に強かった私は、元の機械を自分勝手に改良した(笑)

その時で閃いた事業が、父の残した負債(今の1億円)を返す事が出来て、親族達への報償金を含めたら、倍の2億円分は稼いでいた。


この時の私には、新規事業を成功させなければならないという【信念】しか無かった。

素地も下地も、何も無い処から始めたのだ。


すべてが新規開拓から始まり、気の弱かった私は
(この辺の自己分析が今から見ると自分でも分からない)とにかく必死だった




気が弱いと思っていた自分には、苦境に立たされると冷静に状況分析している自分が居た。


【01】中2の時、(暴)から脅されたが、20年後には、その男達はうつ病を患い入院していた。(詳細は、当ブログに書いている)



【02】〔幸福の科学〕に入信し、総裁の教えの【万人に仏性あり】に共感・共鳴し、それが私の行動の源となった。

ゆえに、店の万引き高校生を捕まえながらも、彼が更正する方法を選んだ。



【03】〔天之御中主〕の神社裏に巣くう高校生25人くらいを、私ひとりで追い払った。


近所の者達や商店会長は知っていたようだが、彼等が【怖くて】何も言えなかったようだ。

「どうやって追払ったのか?」と、わざわざ聞きに来られたが、私は別に何も目立つような事はしてない。


あえて言えば、彼等と普通の会話をしただけだ。

「おおっ、美味そうなもの飲んでるな!」

「んっ、何隠した?・・煙草か。おいおい、この神社の下まで煙草を投げ込んで居るじゃないか」

「あのな、ここの神社、ボロに見えるけど、建て替えれば1億円は掛かるぞ。君等には弁償出来ないから、煙草は投げ捨てないで拾ってくれよ」

そして、「この神社は天之御中主神社って言って、日本の神様でも最高位の神様だから、君達、場所を使わせてもらうのなら、手くらい合わせろよ」

「とにかく、煙草の始末だけは頼むぞ。帰りに見に来るから頼むぞ」

と言って、神社の表に回り、大きな音で柏手を打って仕事に行った。


・・その後、神社裏に高校生が誰も来なくなったので、その時の様子を見ていたらしい(笑)

会長達が、「どうして追払ったのか」と聞きに来た。

どうもこうも無い。上に述べたような会話をしただけだ。

私は、彼等の中に宿る【仏性】を信じ、訴え掛けて居ただけだ。



【04】同じことは、大人の(暴)にもあった。

この時の私も、彼の中の【仏性】を信じて、彼の話をただただ聞いていただけだった。





■病気回復の奇跡

前回にも少し触れたが、まだまだある(笑)


【01】4年前、20歳で脳腫瘍になった中学同級生が、再発を起こした。

さらには多くの内蔵疾患を抱え、寂しさ・心細さで頻繁に電話して来る。100㎏あった体重が、60㎏程度になっていた。

呼び出される度に駆け付けていたが、すでに市内の病院で入退院の繰り返しになっていた。


ある日、あまりにも体調が悪そうなので、彼の側で〔幸福の科学の経文〕を詠んだ。

途中から【オレは、なんて事してしまったんだ!ワーーー】と、泣き出した。

彼が言う意味は知らない、分からない。

そして、「お前の宗教〔幸福の科学〕に入れてくれないか?」と言う。


だが、私は断わった(汗)

「お前の取り巻きには、創価学会の者達や、Eの証人達が大勢いるじゃないか。あいつ等に頼めよ」と突き放した。

彼は、「・・そうか・・無理か。だけども俺はアイツ等の宗教には入らん」と言う。


私が断わった理由は、いくつかあるが、私よりS会やEの証人達の方が、時間的にも縁が深く、いつ行っても彼等とハチ合わせになっていたからだ。

私の本音は、【もう、あの世に還してやろう】と思っていた。

目の耳も不自由で1級障害手帳を持っている彼には、身寄りは居ない。


今は裕福でも、やがて近い将来孤独老人になるか、病死のまま還るかのどちらかになるだろう。

そうした彼に、高校同級の創価学会の者達が来て連れ出して、飲み食いの支払いまでさせていた。


Eの証人の者に至っては、月15万円を出して面倒見てもらうという名目で、金銭援助までしていた。

どれだけ面倒見るかと言うと、私と変らない。


そうした者達の見掛け倒しの優しさに見事にダマされて、利用されているので、私は付きっきりで面倒見切れ無いので、「天運」に任せる事にした。


そうした話を支部でしたら、当時の女性達に、「なんてこと言うのよ!」って、コテンパンに叱られてしまった(汗)

その中の一人が、参議院戦に出る【かわい美和子】さんだ(汗)


一緒に行っていた友人も、その勢いに押されてか?

「おい、俺が運転するから今から一緒に行こう。アイツを会員にしてくれ」と言う。

会員でも無い友人から背中を押され、目の前では女性からコテンパンに言われ(笑)

2時間は掛かる病院に行き、病気の彼を会員にした。


「今でも気持ちに変わりは無いか?」と尋ねても、『君の宗教なら入りたい』と言う。

一緒に行った友人共々、入信した。


そしたら?何も祈願をしたわけでは無いが、同級生の病気が不思議な事に治り始めた。

食欲が出て、再発した脳腫瘍が縮み始めた。

今では、すっかり元気になって居る。



【02】絶対に移植しないと治らない拡張型心筋症が、大川総裁の目の前で説法を聞いただけで、完全治癒した。

これは私では無い。

入信直後に、15歳の女の子が「5年以内に移植手術しないと助かりません」と、山口市の赤十字病院で言われたのだ。

もちろんそんな移植する大金は無い。

18歳の時「これで終わり」と思い、東京での【青春に贈る:講義】に出掛けて、総裁先生が「近くの人は後に、遠くから来た人は前に」と指示されたようだ。


まるで総裁先生には解かっていたかの如くで、彼女は先生の目の前で話を聞いて帰ったようだ。


ところが!だ。移植しないと治らない筈の拡張型心筋症が、次第に縮み始めた。


医者は「何の薬が効いたのか」、「それとも誤診か」と大慌てだったようだが(笑)

未だ原因が掴めないまま、彼女は完治した。

今は私の元取り引き会社で勤務している。

ウソだと思われる方は、山口県赤十字病院に尋ねられたらいい。今から20年前の事だけど。




自殺しようとしていた弟に、私の声が。

弟は、頑張り屋で、私に負けず劣らずの努力家だ。

いや、努力家という面では、弟に軍配が上がる。

私は手抜家だ(笑)


だけども、必ずしも努力=成功とは行かない。

失敗を乗越える力が必要だが、弟にはそれが無いか少ない。

ゆえに事業は失敗続きで、親族からは嘘吐き呼ばわりされて、苦しんだと思う。


ある時、いつもの如く「金が足りない」と言って来た。

すでに15年も毎月の如くなので、弟の出金は膨大なものになっていた。


その時は、あえて「今月は金が無い。お前も友人達から借りる努力でもしてみろ」と言うと、『貸してくれなければ、死んでやる!』と言う。

私は、「死んでやるだと!その言葉の前に何が付く。兄貴が金を貸さないから死んでやるか?」

「俺がお前に貸した金は、貸す一方で戻って来ていないぞ。どうするつもりだ」

「いいか、良く聞けよ。これまでも何度も言って来たが。死んでも魂は死なないんだぞ」

・・弟は、馬鹿馬鹿しいと、せせら笑って居る。



■そうした繰り返しが続いたある晩、弟の女房から夜の10時頃に電話が入った。

女房が運転していた車が止まった瞬間に、弟は裸足のままで暗闇に逃げ出したそうだ。


そうした話を聞く場合の私は、不思議に冷静になる?

弟の女房の話を聞いているうちに【5km離れた海岸に居る弟のイメージが浮んだ】ので、「たぶん弟は、○○岸で、死のうとしてるよ」と伝えた。


弟の女房の驚きは半端なものでは無かったが、私はその海岸へ行けと指示した。

そして私自身は、弟の無事を祈り続けていた。

私には、祈りが絶対に届くという、自信というか確信のようなものがあったからだ。


2時間ばかり経った頃、「主人を見付けました」という弟の女房から電話が入った。

なんでも、弟は車から降りて後の事は、何も覚えていないとのこと。

ふと気が付くと、目の前が海で、さらには私がいつも言っていた言葉が聞こえて来たそうだ。

「いいか、どんなにつらくても死ぬんじゃないぞ。死んでも絶対に楽にはならないぞ」という言葉だったらしい。



■目が醒めた弟は、海岸からトボトボ歩いて帰って居たところを、弟の女房が見付けたらしい。

それから弟家族は決心したので、弟の会社の倒産手続きは私がやった。


本当は、もっともっと、さらに言えば最初の時点で、(弟には商才が無い)と解ったので、早い時点で倒産させて置けば良かったのだが・・。

弟家族の甥や姪が幼かったので、いたたまれずに援助し続けたのが間違いだった。


他人からの貸倒れ金ゼロの私だが、身内の弟に全部吸い取られてしまった。

弟達夫婦のことなど、どうでもいい。

大人だから、どうにでもなる。


だが幼い幼稚園児の甥や姪が、路頭に迷うと思うと、見捨てる事が出来なかった。

そして弟は、一家心中さえやりかねない危険性を持っていた。

私の「身内から犯罪者を出したくない」の思いを利用したのかも知れない。


本当に私は、この弟に、1億円近い金を食い尽くされてしまった。

未だに1円も返してもらっていないが返す気もないのだろう。


それが【アニキ、オレはマルクス主義者だぞ。今までダマされて居ただろう。アハハハハ】の言葉に表れている。

マルクス主義者の特長は、金持ちから金を奪い取る事に正義がある。

弟は、それに染まり切っている。


会社整理して、弟家族に債務者達が押し掛けないように取り仕切ったのだが、まさに恩を仇で返すことをしている。

そんな弟を見たり思い出すと、恨み心より、自分がなさけなくなる。

甥・姪と弟家族の為に身銭を切って弟家族を救い続けて来たのだが、弟は私のその気持ちさえも利用していた。



■じつは、いつの事だったか・・学生時代には間違いないのだが。

「母は精神的に」、「弟は金銭的に」、私を攻めて来ると感じていた。

そしてその通りになっている。


もしかしたら、これも〔幸福の科学〕でいうカルマの刈り取りかも知れないが、母は正常に戻り亡くなった。

・・あとは弟と弟家族だ。


弟家族を正常にしないと、私は死んでも死に切れない。

化けるかも(笑)

・・ことはしないと思うが(笑)、私に残された課題のひとつでもある。


じつは、弟家族があまりにも酷いので、何等かの法的手段も辞さない構えも必要かと思い始めている。

私達夫婦はもちろん、私の息子や娘が、弟の借金を払い、弟家族全員は知らん振り。

約束しても嘘ばかりで全く信用出来ない。


そうは言っても、「身内から犯罪者を出さなくて良かった」と家族・親族で、納得するようにした。



それにしても、まあ、この歳になって残された課題の多いこと(笑)


だけども、私が、こうして前向きに思えるのも〔幸福の科学〕があればこそだ。


【身辺に起きた奇跡現象】を書いていたつもりが、弟への愚痴になっててしまったが(汗)

これまた私の【身辺に起きた奇跡現象】となって欲しいものだ。


また、何か思い出したら書くかも知れない。



【追記:2017.04.07】

その後の弟は、幸福の科学に入信した。

形ばかりの学ばない信者だが、少しずつ変化が現れている。

『俺は倒産したので責任は無い』と、言ってた自分の借金を、少しずつでも返済してくれている。

その姿勢こそが、欲しかったのだ。

子供の頃の弟に戻りつつある。


憎らしいのは、共産主義思想だ(笑)

(今の弟からは、完全に抜けた)




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [1] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.17(Mon) PageTop

◆【国民の生命を護ろう!】核・水爆・EMP・生物・化学兵器に、何等の抑止力を持たない日本国


本日未明(2017.04.16:日本時間6時21分)、これだけの世界的注視の中、北朝鮮はミサイルを発射した。

まさに無謀としか表現のしようが無い。





ミサイルは発射直後の「4~5秒」で爆発したようだが、アメリカFOXTVは「迎撃した」と伝えている。

一方、日本政府と日本のマスコミは、単に「爆発した」と、打上失敗のように伝えている。


「迎撃撃墜」と「打上失敗」では、全く様相が異なるのだが。。


発射直後の「4~5秒」で爆発したなら、私はアメリカの報道が本当だと思うが。


■日本政府はいつものごとく、「北朝鮮に厳重に抗議するとともに強く非難した」だ。

防衛省幹部は「わが国に向かう飛翔体は確認されておらず、わが国の安全保障に直ちに影響を与える事態は発生していないと語った、とある。

これで、国民は納得するのだろうか?


お花見が忙しいのか知らないが、ピントがズレてやしないだろうか!

朝鮮半島には、米国最強の攻撃型原子力空母「カール・ビンソン」、「ニミッツ」、「ロナルド・レーガン」の空母三隻が配備完了。

臨戦態勢で臨んでいる。

それを、「打上失敗」だの、「北朝鮮に厳重に抗議するとともに強く非難した」だの、「日本に影響ない」だの、と。


どこの国に向かって発射されたか解かっていても、言わない。

なぜ?、『本日未明、【日本に向けて】ミサイル発射が為されたが、米軍が迎撃した(もしくは打上失敗した)』と、伝えないのか?

その思いやり染みた言葉は、断じて国民の為にはならない!


◆北朝鮮、弾道ミサイル発射に失敗=「4~5秒」で爆発か-米副大統領訪韓直前
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017041600198&g=prk


◆政府、北朝鮮に抗議=防衛省幹部「影響ない」―ミサイル発射

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170416-00000046-jij-pol





【戦争危機前は、ほんとうの脅威は隠して語らない】


北朝鮮は、ICBMをお披露目させていたが、見ただけで「中国製」と解かるのだが(笑)


■そして、この坊っちゃんは本者なのか?

耳たぶの大きい男は、どこ行ったんだ?

3人の影武者が居ると言われているが、ほんとうに分からなくなった(笑)

もしかしたら、北の将軍様は、すでに中国の傀儡となっているかも知れない。


■仮にそうだとしたら、トランプ大統領が中国に『北朝鮮にやめさせろ』と言ってくれなかったら、この傀儡か、軍部暴走かで、戦争危機は確実だった。


今、米国が怖れているのはICBMでもあるが、北が開発・保管している、EMP兵器、化学兵器、細菌兵器、等もある。

青山繁晴氏は、細菌兵器(天然痘、炭疽菌・・等々)が恐怖だと言っている。

私も、そう思う。


◆【青山繁晴vs有本香】朝鮮半島有事「まさかの事が起こり得る!」自衛官でさえ今まで経験したことのない緊張状態ww“クールな政治
https://youtu.be/av-m4e6kD7Y





■ほんものの戦争危機の時は、最も怖くないもの(例えば未開発のICBM)を言う。

ほんとうに怖いもの(EMP兵器、化学兵器、細菌兵器)は言わない、隠す。


この強力3兵器がある限り、確実に仕留めなければならない。


だがもう、化学兵器と細菌兵器は、日米韓には入っていると、思える。

その動きは、ここしばらくの北朝鮮からの暗号放送が送られている事からでも、伺える。

ややもすると、1人の人間が核爆弾以上の仕事をする事態だった、有り得る。





そうしたことを国民に教えない政府は最悪だが、今に至ってものんびりとした国民にも非がある。

もしもの時には、そのツケは国民が支払わされることになる。


上記は、私的分析を昨日のFaceBookに書いていたものだったが、今日同様なことをUPしている人が居た。


◆【山口敬之×足立康史】衝撃!朝鮮半島有事は緊急事態!北朝鮮ミサイル日本着弾最悪のシナリオ!金正恩影武者は複数いる!“クールな政治”
https://youtu.be/6z-TPUVXYME






1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [社会問題への提言] | 2017.04.16(Sun) PageTop

◆【若き頃のバイタリティは素晴らしい】大学時と共産主義者との出逢い


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2006年2月21日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



私は団塊の世代の人間だ。

第一次ベビーブームの真っ只中で産まれ育った。

いろんなタイプの人間が居るのが面白くもある。




若くして会社を守る立場になった私は、簿記とソロバンを覚える必要があった。

理系大に進みたかったのだが、その道は閉ざされた。

大学進学は諦めていたが、応援に戻った男が多くて、急遽私は夜間の大学へ行った。


■当時の大学面接の試験官(数学教授)が言った。

『おお君が○○君か、数ⅡBを選考したのは君だけだ』と、珍しそうに見ている(笑)

本当は数Ⅲを受けたかったのだが、受験科目に無かったのだ。

商業大学とはそんなものなのかと、少しばかり落胆したものだった(笑)


■この面接試験の教授は、数学の他に心理学を教えていた。

心理学は授業科目に無かったが、私が個人的に教えてもらっていた(笑)

今考えると、数学と心理学・・。

合わん(笑)




その大学の1年の時、後期の試験で必須科目の民法を落としてしまった。

困った。

1日でも早く帰らなければならないのに、1年間長引いてしまう。


私は意を決して、教授の部屋に乗り込んだ。


文面からは強そうな私に見えるかも知れないが、私はそんなに強い男では無い。

だけども必死で食い下がった。

本当に必死だった。


いくら頼み込んで来ても成績には変更は無いぞ』

「僕は点を上げてくださいとお願いに来ては居ません。追試をしてください」

『私は追試は絶対にしない。来年1年、再勉強をしたらいいだろう』

「僕には、その時間が無いのです」



『成績が悪ければ仕方が無いだろう』

「設問を間違えて答えてしまいました。勉強はしています。どうか追試をして下さい」

・・教授は私の答案(論文)を取り出して読み始めた。

『・・う~ん。君は。私の授業をよく聞いてくれているのだな。答えは完璧だが・・。問いを、勘違いしてしまったのか・・』


■そうやって1時間以上、追試をしてくださいと座り込んで粘ったが、NOという返事だった。

その日は、落胆を隠せないまま帰った。


・・が、翌日、学校に行くと、「○月○日民法の追試を行なう」と掲示板に公告されているではないか!

頑固な教授だったが誠意は通じたのだ。

嬉しいってものでは無かった。

「ありがとうございます」で、心は一杯だった。

追試は最初の試験と同じ問題だったので、不可から優になった(笑)


この時の粘り腰は、自分でも大したものだったと思って居る。

授業は真面目に受けていたし、本気で学んでいた努力も認められたのかとも思う。



余談ながら、このおこぼれにあずかった学生は半端な数では無かった。

追試の試験場でハチ合わせた人数の多いこと多いこと(笑)


何人の人間が救われただろう。

私は人助けをしたのだった(笑)


その教授には、自らの信念を変えてまで、私に対座してもらった事に、今なお感謝の念で一杯だ。




同じ大学生の頃、日本中が70年安保で大騒動だったことがある。

私も学生集会に参加した。

・・では無い。

言葉は正確に。

連れて行かれた!(笑)


安保粉砕、革マル、ゲバ棒、火炎瓶、闘争が、象徴的な言葉の時代であった。

(ちなみにゲバ棒のゲバは、当時の共産主義革命家チェ・ゲバラから来ている)

私の連れて行かれたところの連中はブッそうな奴らは居なかった。


・・が、何やらワカラン難しいことを言っている(笑)

マルクス、レーニンがどうだの、共産主義がどうだとか、サッパリ興味が無い(笑)



座卓も円卓だ、上下の関係は無く平等にということか?

とにかく、どうでもいいから早く終わってくれよと、円卓ばかりを眺めて全く別の事を考えていた。


すると、『○○君!君は何も喋らないが?何か意見でもありませんか?』 と、突然!私に振って来た!

「何も喋る気にならんし、俺にはお前らの言っている意味さえワカランのだぞ!」(もっとも、解ろうともしないのが本音だが)

「俺は商売屋の息子だぞ、お前らの言う平等論は机上の空論にしか聞こえん」

「お前らの言う、上に立つヤツ、なんだっけ?ブルジョアか」

「お前等が、その立場に居ないから批判するのだろうが、ヒガミじゃ無いのか?」


・・まあ、何やら目一杯反撃の言葉の嵐だった(汗)


「悪いけどなぁ、俺は苦学生で働いて勉強している身だぞ」

「お前等みたいに仕送りに頼って、理論漬けの毎日じゃないのでなぁ、明日のパンが大事なんだぞ!解かるか!」


「お前ら、本気で平等を唱えるなら、俺にパンを運んでみろよ!」

・・とたんに会場は静かになった(笑)




私は、その数時間の間、彼らの話は殆ど聞いて居なかった。

円卓を見ている間に、円から想像を膨らませて、今で言うメビウスリングを考えていた。


円周の外と内と別々だが、これをネジらせるとどうなるのだろうか、とか(笑)

その話を少しだけしたら、『変わった発想をするな』と、一人の男が興味を示した。

それが、今なお親友である、Oだった。


■月日は流れ、私はOに言った。

「あの会議は一体何だったんだ?お前、まるで別の方向に生きて居るじゃないか」

『若気の至り、若気の至り、そういう時期もあったよな』と、穏やかに笑っている。


「ところで、誰だっけ?太宰治にかぶれてフー太郎で死んでしまった奴が言っていた、お前も言っていたぞ。えっ~と・・」

『ニーチェのことか、神は死んだと言った・・』

「そう!それ!お前、本気でそう思っていたのか?」

『当時少しはな、今は違うぞ、だけど、お前のメビウスリング理論には驚いたわ』

「知っていて喋ったのじゃないってところがスゴイだろ(笑)」

『とにかく昔からお前は変わったこと言う奴だ』(おいおい)




中学時代に、この友人と一緒に美術の写生をしたことがある。

いとも簡単にデッサンし時間内に仕上げて、しかも上手い!

いつも掲示板に張り出されていた。

私はと云えば、それはそれは無惨なもの(汗)


■その友人、大学2年の後半頃、いつの間にか消えてしまった!

消息不明!

商業高校、商業大学と歩んで来たが、途中で美大に行ったらしい。

やはり、才能がそうさせるのだろう。


やがて地元に帰って来たことで知ったわけだが。

私は嬉しかったが、考えてみると地方に埋もれさせて置くには惜しい男だった。


■あと数年で定年を迎えるが。

先日、「辞められるものなら今すぐにでも辞めたい」と漏らしていた。

本音だろう。


彼のしたいことは解っている。

自由な創造だ。

依頼を受けて作らされるのでは無く、思うがままに創りたいのだろう。


思えば、俺が美術や音楽への興味を持てたのも、お前が居たからこそだな。
 
ありがとうよ。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2017.04.16(Sun) PageTop

◆【北朝鮮危機】今こそ日本人の本物の信仰心の試される時


北朝鮮危機は避けられない。

双方に我慢の限界が来た。


だが、日本政府は、目に見えた事は何もしない。

マミコミも、【10分後にミサイルが飛んで来るかも知れない】意識は、かけらも無い。

どこか他人事だ。





この期に及んでも、自分のことしか考えない日本人。

政府が護ってくれるとでも?

拉致被害者や家族が、日本政府にどういう扱いをされて来たか?

まだ気付かないのかな?



今の日本国民も、同じことされるのは、目に見えている。

私の身辺には自民党議員がいるので、ハッキリと言える。

彼等は、自分のことしか考えていない。

他人任せだ。



以下は、今を予期したごとくの、2009年に幸福実現党が創った模擬画像。









幸福実現党は立党以来、③の毅然とした国家姿勢であるべきだと、示して来た。


この2009年の時、今から8年前に幸福実現党が提案する準備をしていたら、今の事態には成っていなかったのだが。。

残念でならない。


が、こうなっては仕方ない。

最小限の被害に留まるよう、努力する。


国民の皆さまも、北朝鮮が暴発しないように、共に祈って頂きたくあります。





私は、この10年、台風被害から山口県を護って来た。

そう思いたい(笑)

台風直撃コースになったら、【エネルギーバリアで包むイメージ】を抱きながら、願い、祈り続けて来た。

そうしてこの10年間、現実にやって来た。


◆【雨・風・雷・台風】偶然にしては、あまりにも・・
http://sunshine7.blog9.fc2.com/blog-entry-883.html


ミサイル発射エネルギーはもちろん、核爆発エネルギーでも、台風エネルギーには遥かに及ばない。



だから、念ずれば不可能では無い!

人間にはおもい(思い、想い、念い)の力がある。

その念いの力を善い方向へ使えば、可能だ。



だが、一瞬でも不可能と思えば、不可能になる。

負の方へ引っ張られる。





また、こうした時期には、悪魔の手先となっている者達から邪魔が入る。

まさに、お邪魔さまだ。


そして、念いの集中力を削いで、エネルギーを奪う。

それが、悪魔界の常套手段だ。



悪魔達の得意技は、精神を負の循環に陥らせること。

そして、正常なウィルスを、悪質なウィルスに変える力を持つ。

それゆえに、インフルエンザ等が流行する。


私もいい歳になってインフルエンザにかかったが、3日で治った。

だが、その後も引きずり、悪想念を撒き散らす人達もいる。





なぜ?悪想念は簡単に創れて、善念は創れないのか?

よく考えて頂きたい。


出来るのだ!

悪魔に出来て、神の子人間に出来ないはずは無い!


少なくとも私は、そう信じている。

微塵も疑わない!




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と社会] | 2017.04.15(Sat) PageTop

◆【身辺に起きた奇跡現象】私の身辺に起きた本当の話の数々。


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年5月20日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



幸福の科学に入信以来、およそ普通の人が信じられない事が、私自身や身辺に起きて来た。


これでも私は科学者を目差していた者だ。

だから、奇跡現象と、この世的に説明出来るものの違いくらいは分かる。


高名な科学者になると、必ずのように「これ以上は神の領域だ」の言葉を放っている。

私も、その気持ちは分かる。


どんなに考えても、説明が付かない限界点がある。それを知ってこそ本物の科学者と言えるだろう。




以下の私の体験話は、このブログのどこかに書いて居るとは思う。

ただ、私はそれが普通だと思っていたが、どうやら特殊部類(笑)に入るようだ。


入信前



【01】神様の子として、母や親族長老に育てられた。

神さまの子?




【02】幼い子供の頃には、天井のような中空から天使が微笑んでいた記憶が、おぼろげながらも残っている。




【03】幼稚園の頃、家の前の電柱から落下して血だらけになって亡くなった人が居た。

その後、不思議にその場所で多くの人達がケガをしているし、軽いけど事故が多い。

これは近所の人達も知っている。


これは心霊スポットというべきか(笑)

そう思っても電柱管理土地の家の前の人には言えない。


それから40年経った頃、同級生達と新年会の帰り、友人が運転する車を家の前に止めて話していた。

すると友人が、「おい・・だれか・・いる」と、室内ミラーを見ながら言う。


外は雪景色で、車のガラスは真っ白だ。

その真っ白なガラスに人影がくっきりと浮んで居た。両手を合わせてお辞儀をしている。

友人と私は、左右のドアから飛出して、車の後に行ったが誰も居ない。

居ないどころか、積もった雪に足跡も残っていない。


私の正直な気持ちは(まだ居たのか)だったが、友人は訳が分からず、翌日の朝「おい!大丈夫か!」言って来た。

友人も、只事では無いくらい分かるようだ(笑)


その場所で自転車で転んで怪我をしたのも、私の幼馴染みの母親で、その直後から極端な痴呆が始った。


ある時妻が、「Yのおばさんが大変」と呼びに来た。

何事かと思ったら、下着姿のまま道路の縁石に座ったまま動かない。誰の声にも耳を貸さないで動かない。


その頃の私は、幸福の科学に入信したばかりだった。

そのおばさんに「今日は祭りだよ、行こう!」と言っただけだが、服を着て車に乗った。


ア然としたのは近所の人達だ(笑)


1時間以上掛けて、なだめすかしても動かなかったらしいが、私の一言で服まで着て動いた事に、みんなビックリしたらしい(笑)


あとから「どうやったの?」なんだの聞かれたが、みんな見ての通りで何もしていない。

ただ、【行こう!】と言った時に、気合いを込めて言ったに過ぎない。


そして、この時から、電信柱付近での事故は無くなった。



【04】父が亡くなった後も、夢の中で会っていた。


父の死




【05】狂気の母との葛藤は、私の足腰を鍛えた結果になっていた。


仮面の母




【06】病気しなかった私が、現実苦が待っている(故郷に帰りたくない)と思った頃から、保険屋も逃げる(笑)、難病や重病続きになった。


病魔との戦い




【07】病院の待合室で2~3時間じっとしていると、何やら頭部から肩・腰に掛けて縁取るように光を放っている人が見えていた。

見えない人達が殆どなので、病院だから病人には〔人体オーラ〕は出ていないのだろう程度にしか思っていなかった。

手塚治虫氏の影響で、〔人体オーラ〕は科学的にあると思っていた。



■〔幸福の科学〕に入信以来は、もう、信じられないような出来事ばかりの日々(笑)

それは大袈裟だが、それ程のものだった。

こうした話は、別項に書こうと思いつつ、すでに15年(笑)


【01】最初にビデオで見た大川総裁の背後から、眩しいばかりの【光】



【02】ペンダント法具や書籍からも、【熱】を感じる。




【03】(知らん振りしているが)時折、信者さん達のオーラが見えるし。また・・




【04】妻の給料程度が出れば良い店を作り、私は〔幸福の科学〕のボランティアに出て店に帰って、売上を見てビックリ!


「これ、どうしたのか?」と言うと、『なぜか知らないけど、今日に限って座る暇も無いほど、お客の絶え間がなくて』と言う。

さすがの私でも、平常の10倍の売上があれば驚く(笑)

そうした事は、1度や2度なんてものでは無かった。



【05】この店を作った時は、経費の都合で殆どが私1人で、壁から床、機材の持ち込み・レイアウトまでやった。

あまりの忙しさと過酷さに、家に帰るとバタンキューの日々が続き、(汚い話だが)風呂にも入る暇も無かった。


そしたら、その間に、30年間も治らなかった、全国の医者から「不治の病」と言われていた病気が自然消滅していた。


病気と闘っていたら治らなかったのに、病気を忘れて思い出す暇も無かったら、自然に治ってしまった(笑)



【06】この店で、元暴の創価学会の人間に脅されて居た。私へ向かって来るのならねじ伏せるが、友人や他人に危害を加えると言う。


元(暴)であり、警察に捕まえてもらうのは簡単だが、彼の家族もまた(暴)や創価学会の幹部だ。

すぐに保釈金を積んで出て来るだろう。そして間違いなく報復に来る。

そうした事を考えれば、善悪よりも損得で判断せざるを得なかった。


この時私が〔幸福の科学〕の本を客に頂き、いい本だぞ、お前も読んでみろよ」と言ったら、逃げ出してしまった。


その時の本が【太陽の法】だった。




-------------------------------------------


ちなみに私は、幼き頃から創価学会の人間には、人生の歩みの邪魔された事が多く、本に出来るほどだ(笑)

入信直後には、近所の創価学会の者がワザワザ嫌がらせに来た事もある。

『お前(年下で、それ以前はこうした言葉は使わなかった)、商売が下手だな。オレの知人は、儲けてるぞ』と、カウンターに肩ヒジを付き、ウソ吹く。

「おお、あそこか。それは儲かってるだろうよな。ウチでは絶対に扱わないアダルト物がメインだからなぁ」

「あんたなぁ、この店の隅から隅まで探して見ろよ。あそこと同じモノが1つでもあるかどうか、探して見ろよ」

「俺はな、小さな子供が1日遊んで居ても、あの店なら安心と言われる店にしたいんだよ。後ろ指刺されるような仕事は嫌なんだよ」


「単に金儲けだったら、何をやって良いのだったら、俺は、あんたの言う店など比較にならない程の大金持ちになってやるよ」


その男は、私の言葉に返答出来ず、顔をじっと見ていたが、そのまま何も言わずに帰った。

そうして彼が自慢していたアダルトの店は、やがて倒産した。


ワザワザ嫌がらせに来た彼は、今でも家の前方に住んで居るが、それ以来、愛想がいい。



■最近でも、選挙妨害を受けている人物には、現場を見張って捕まえようと、早朝から待っていた事もあった(汗)

私が見張っている日に限って現れなかったが、今考えると、それで良かったと思う。

彼等を捕まえても必ず報復して来るからだ。

私が居れば良いが、居ない時を考えれば、出来ないなと思ったからだ。



■今また私の娘が、直接では無いが、そうした人達が住んでいる地域の人達と関わっている。

娘は「関係ないよ」とは言うが、私には娘が持ち帰る阿修羅的な空気で解る。

妻も同じく感じるようだ。

昔、暴れていた時の母と、そっくり同じだからだ。


私は、死ぬまでS会と向合い続けなければならないのだろうか・・。


だからこそ入信時に、S会の未来の夢を見せてもらったのかも知れないが・・。


-------------------------------------------


【07】その元暴男のお陰で、友人の店に1年間行けなかった間に、友人は大変な事になっていた。癌、喘息、離婚・・、驚いた。

癌は切除したとの事だが、喘息が酷かった。


私は以前のように、ほぼ毎日顔を出して無駄話をしていた。

・・だけだが、友人の喘息が治まり始め、3ヶ月で完治した。
 
半年経った頃には、私が圧倒されるくらいに回復していた。



【08】入信後に、元暴男の更正を願って祈願を続けた。私自身も毎日の祈りは欠かさなかった。

そして3ヶ月後に、夢を見た。


明るい場所で、雲の上に居るような感じで、男が見たことの無い笑顔でやって来る。

そしてどうだ、こたえたか(苦しかったか)』。「ああ、いい魂修行をさせてもらったよ」と、ガッチリ握手している夢だった。


この頃の私は入信したばかりなので、「魂修行」の言葉も意味も知らなかったのだが?


そして、驚くことに、その晩に行方不明の男から「もう一度助けて欲しい」と電話が入ったが、私は夢で見たような行動は取らなかった。

「お前のした事は俺の勉強代だ。だからもう2度と店に近付くな」と言うと、男は頭を下げて、暗闇の中に消えて行った。


この日、夢で見た事が本当だとしたら、私の人生計画でもあったかも知れない。

そうした事があって、幸福の科学の【太陽の法】の本を客に頂き、信仰の偉大さに気付いた。


巷では、若者達が信仰を馬鹿にしているが、あそこまで酷くは無かったが、私の中にも【新宗教への偏見・警戒】があった。


今では、もしかしたら、その悪人と思える者も、私が本物の信仰へと目覚める為に約束していた者かも知れないと思っている。



【09】瞑想になると、まるで体から魂が抜けるような感じが多かった。



【10】ウトウト昼寝していた時(笑)、走馬燈?のようなものを見た。

景色ばかりだったが、最初は田舎の藁屋の家の風景。

(ああ、奇麗だな)と思うと、パッと画面が変わる。そしてまた(ああ、奇麗だな)と思うと、またパッと画面が変わる。次第に早くなる。

ついにはコマの早送りというか、そんな程度のものでは無く、バババババッと本の端をめくるようなスピードになっても、全部解る?


妻に「起きなさいよ」と叩き起こされて(笑)、目が醒めたが、何だったのか解らない。だが美しい風景ばかりだった。


ひとつだけ、金閣寺の風景を覚えているが、見た事のないアングルからだ。

はっきり言えば、中空に浮んで、絶対に不可能な場所からの湖水の上からのアングルだった。

                                           この上あたりから見ている感じだった。

250px-Kinkaku3402CBcropped.jpg 



この時の、走馬燈?のようなものを見ている時の心地良さ(笑)

寝直したが、眠れず(笑)、その後も見ない。

人ひとり居ない風景ばかりのものって何だったのだろう?と、思うが解るはずも無い(笑)



【11】霊言メッセージ公案では、何かメッセージが降りて来るのかと思っていたが何も閃かない。

その事を信者仲間に言うと、頭に浮んだことをすべてメモしろと言うので、メモしていたが、その時は自分の考えだと思っていた。

だが、時が立って見ると、あきらかに自分のものでは無いと気付かされた。



【12】私は、〔幸福の科学〕に入信する以前から、ノストラダムスの予言に恐怖を覚えていた。

それは天文学的にも、一致する予言だったからだ。

あの「星が流れる」の意味は、地球の地軸が無くなって、地球がグルグル回っている事を意味していた。いわゆる〔ポールシフト〕だ。


さらに1999年7の月は陰暦であり、現在の太陽暦にしたら8月の〔グランドクロス〕の日と重なる。

地球を中心に太陽系がタテ・ヨコに並ぶ日だ。

引力がどのように働くかと思うと、予想も付かない。


そして、新聞の片隅に「地磁気が減少している」の記事を見た。

私は、来るべきものが来てしまったと、地球の最後を覚悟した。


だが、幸福の科学の総裁先生から1999年の5月に【修整するところは、すべてやりました】との言葉を聞いた。

その6月に、やはり新聞の片隅に「地磁気が戻り始めた」という記事を見た。


殆ど新聞を見ない私が、どちらも見た事も不思議ではあるが、私はその記事を見て「・・これで地球は救われた」と、本気で思った。


その年の8月のグランドクロスの日の星空は美しかった。



【13】私より2歳上の従兄が店に来た。仕事の話があると言う。

「まあ座れよ、ほんとは仕事の話じゃ無いよな。何か用か?」と言うと、『オレはもう、どうなってもいい』と言う

さすがの私も年上とは言え、怒鳴り付けた(汗)


「どうなってもいいだと!何だ、その体は!人間の体じゃないぞ!」

「このままでは、お望み通りになるぞ!明日にでも医者に行け!そのまま入院しろ!」と叱り飛ばし、家まで車で連れて行った。

そして、その晩に救急車で運ばれて、緊急入院。


医者の話を聞くと、『膵臓、肝臓、胆嚢すべてがやられて、水が肺に達して心臓が押されて反対の右側に行っている』と言われる。

『すぐに悪い箇所を取らないといけないが、内臓が半分になってしまうので、助かる確率は5%と思って欲しい』と言われた。

助かる確率5%は、家族への慰め的なものであり、実際は助からない事を意味している。

その事は、薬剤師家族なのでみんな知っている。


だからベットの上で最後の家族写真を撮っていたが、私だけは諦めなかった。

緊急手術前に支部に行き、【特別祈願】を受けた。


「○○には、まだ家庭での母子の問題が残っています。もう1年だけでも良いですから、彼に猶予をください」と祈願書に書いた。

手術は奇跡的に成功した。

医者も首をかしげる。

看護士と廊下で、『合併症も無い。癒着も無い。あれもない、これもない。こんな事って、あり得ないのだが・・』と話して居たのが耳に入った。


私は私で、従兄の枕の下に私の法具等を置いていた。

従兄には断わっていたのだが、すっかり忘れていたようで、1月の行事で必要なので取りに行った時、ほんとうに目を丸くしていた(笑)


そして、医者からこんな事、絶対と言っていい程、あり得ないからな。君は神様に感謝しなさいよ』と、退院時に言われたそうだ(笑)

医者が『神様に感謝』だそうだから、そうとうなものだと解かる。


退院後の従兄は生活を変える様子は無かった。

「元の木阿弥さ」と平気で言っていた。

ただし、私の家の前を通る時は、道路の反対側を顔を背けて飲み屋街に出ていた。

一度だけ顔を合わせて「おい!どこ行くんだ」と言うと、『ちょっと散歩』と言う(笑)。

「こんな真夜中に散歩か。灯りが恋しいか(笑)」と言うと、逃げるように去って行ったものだ。


そしてある日、「お腹が痛い!」と言う。

ふとカレンダーに目が行き、(しまった!1年経っていた)と気付き、「一緒に支部まで来てくれ」と頼んだが、従兄は「それどころではない」と言う。

私はその言葉を聞いて、引き留めるのはやめた。

このまま、この世から還してやろうと思い切った。

そして、間もなく、この世を去った。


その後は、親戚中に、彼の夢を見た者は居ないかと尋ねる日々だったが、誰も見たものは居なかった。

だが!なんとそれから7年経った時、従兄が私の夢に出て来た。

明るい場所から「ありがとう」と礼を言う。そして「弟に伝えてくれ」との伝言も。

彼の弟にはそのまま伝えたが、私には何の意味だか解らない。兄弟だけで交わした約束のようなものらしい。


その弟も薬剤師だが、私の身辺で起きている奇跡現象と、兄の超が付く奇跡現象も見ているので、霊界の話を素直に聞いてくれる。

今では、その従弟と親戚は会員になってくれている。


だが?私の夢に出て来る前の7年間の従兄は、どこに行っていたのだろう?



【14】〔幸福の科学〕の祈願は、ただの祈願では無い。

もうふたつ、祈願にまつわる話を。


祈願への疑問・・そして納得、すると奇跡が・・



母の極度の痴呆が、瞬時に治った




■まだまだ、こんなものでは無いが、思い出しながら書いているので、頭がボーっとして来た(笑)


またの機会があったら、この続きでも書いてみたい。


今日はここまで(笑)





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [2] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.15(Sat) PageTop

◆【雨・風・雷・台風】偶然にしては、あまりにも・・


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2014年8月6日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



台風8号被災の方々の、ご無事を願っています。



月曜日(7/7)からの私は、変だった。(いつものことか(笑))

セルフ給油所でガソリンを注ぎ、『レシートを取り、おつりを受けって下さい』との指示通り取って、おつりを受け取った。

20分くらい走っていたら、親切な人が、『給油口が開いてますよ。フタも無いですよ』と。(^◇^;) ギョエー


慌てて戻ったら、セルフ給油所の人達が、監視カメラチェックをされていた(汗)

こんな事は初めてで、さすがに自信を無くしかけた。(ウソつけ(笑))



■よく思い出してみれば、『キャップを閉めて、給油口を閉めて下さい』のような、指示が無かったことを思い出した。

市内の数件のセルフ給油所には、こうした指示が必ずあるが、初めての所なので聞き逃したものと思う。


惰性とはオソロシイもので、自分の意志で動いていたら絶対にこうした事は起きない。

自動音声の言うままに動いていたので、おつりを受け取る機械に行っている間に、『キャップを閉めて・・』のガイダンスがあったのかと思う。


私は、気付かずに、ガソリン投入口を開けたまま20分(汗)

幸い、大雨はやんでいたが、ゾッとする(汗)





家に帰れば、妻が、『台風8号の直撃コースよ!曲げて』言う
(笑)

直撃コースなど、いつもの事だ。


今の気象予報は、さまざまな要素から計算尽くされて居るので、台風も【進路予想コース】から外れる事は、私の記憶する限りまず無い。

その【進路予想コース内】のどこかを通る。


■だから私は、今回、ある事を試みた(汗)

あまりにも奇跡的なので、
今までのように私の念い通りになるのか?、ブログを見た人達の応援を頂けるのか?、面白がって反発念が渦巻くのか?を、確認したくなった(汗)

それが、前回のブログに書いた意味だった。

以下の話の冒頭部。

◆【ある会話】宗派は違えど、年齢も違えど、お互いに認め合っていた

http://sunshine7.blog9.fc2.com/blog-entry-882.html



■山口県は、台風発生直後は、殆どが【進路予想コース内】のド真ん中だ(笑)

台風は嫌いなので(好きな人は居ないと思うが)、私はこの10年間、「進路予想コース内から山口県が外れるように」と、念じて来た。


一昨日、昨日、本日(7/9)と、私の願いに反するように北上するので、「そうはさせるか!」と、必死で曲げようとしても曲がらない(笑)

7月9日13時頃も、握り飯を口にして、TVを見ながら、「早く!曲がって、高知沖へ行け!」と、念じ続けていた。


それ以前に曲がっていたら、緩やかなカーブで殆ど九州を直撃することもなかったのだが、どこまでも北上する。

いずれは偏西風で、押し戻されるとは思っていたが、まさか熊本沖まで北上するとは思ってもいなかった。

私の軽い気持ちは、鹿児島を軽くかすめるか、鹿児島沖から高知沖を狙っていたのだが、文字通り見事に吹き飛ばされた。





「もう、これ以上、北上しては山口県を通ってしまう」
と、無理だとも思える90度方向転換を、本気で念じ、祈り続けた。

・・が、とうとう精魂尽き果てて(笑)、そのままブッ倒れて、眠ってしまった(汗)


17時頃目が醒めた。

妻が、握り飯を口にしたまま眠っていた私を見て笑っていたが、約3時間はグッスリ状態だった(汗)

自分では、眠っていたのか?気絶していたのか、分からないが(笑)


目が醒めたら、本当に90度の直角に曲っていた。


T1408.png


なんとか今回も、山口県は、見逃して頂けたようだ。




■『おかしな奴だ』と思われるかとは思うが、私は、台風が来る度に、こんな事をして来た。

10年も(笑)


いつも、(今度こそは、そうは行かないだろう)とは思いつつ、本当に台風に来てもらったら困るので、私なりに必死だった。

だから、決して、遊び半分に行っているのでは無い。





今から16年前の平成10年に、家の前に下水道が敷設された。

正確には下水管が埋められたのでは無く、
数百メートル先から大きな鉄管を、機械で土中にドッカン!と、家が縦揺れする程、押し込むような作業だった。


道路際の私の家は、揺れるわ揺れるわで、工事が終わった時には、道路際の部屋全部(3部屋)が傾いていた。

酷い所は、ドアも閉まらない。

当然だ。
なにせ5cmは、隙間があるのだから。

市役所に【元に戻してくれ】と頼んだのが、16年前。


■市役所と業者が来て、家の傾き振りに驚きながらも、『全部修すと、工事費が赤字になる』と、泣きつかれた。

とりあえず市役所と業者に、『補修で勘弁して欲しい』と頼み込まれて、その業者も知っている相手だけに、不本意だったが補修で了承した。


ところが、家の前が広い道路になったため、車は飛ばすし、アスファルト道路は、すぐに傷む。

穴ボコの上を、大きな車が通る度に、「地震か!」と思うほど揺れる(笑)


それもやむなしと思っていたら、2年前、道路際の部屋の床の横柱が振動で抜けて、座が落ちた。

道路際の壁も、歪んで、雨戸も閉まらない。

もし、台風が来れば、この部屋は崩壊する(笑)


■その点、私の家の中心部は、お寺並みの太い木で作られている。

私の祖母の大工の兄が、『百年は絶対に保つ家にしたからな』と言っていたが、ほんとうにそうだと思う。


だが、その息子が作った建て増しした家や工場が、貧弱だ(笑)

木の太さなど、半分は違う。

その建て増しした家が、下水工事と道路の振動で、歪んで、床が抜けた。



とうとう本日(7/9)、再度、市役所に来てもらい、現状を見てもらった。

最初から『何も出来ない』と言うのは、百も承知で、傾いた家と、落ちた床と、倒れそうな壁の、有り様を見てもらった。


そもそも家の前の道路だって、元来は祖父母の物だったのだ。

河川工事の名の元に、『お上に(タダで)差し出した』と、祖母が言っていた。


今になって、その【お上に差し出した土地】と、【お上が為した仕事】で、私の家が崩壊寸前だ(笑)


■このように、「公共の為なら、ま、いいか」で済ませたものが、後々になって、困った事になっている。(笑)

市役所の言い分は【書類は10年で廃棄するので、当時の事情が解らない】だ。

市役所のお陰で、家が崩壊し掛けているのに、アッサリとしたものだ。


長年、市役所とも仕事をして来たので、彼らがそういう返事、そういう体質なのは知っている。

だから、今まで何も言わなかったが、今回ばかりは、呼び寄せて現状を見てもらった。

彼らにとっては、蚊が刺した程度にも感じないだろうが。





そうした私的な理由もあり(汗)、この10年間、数十個の台風と向き合って来た。

そして不思議に?全部が叶えられている?

もっと言えば、叶えられ過ぎて居るので、このブログで、わざわざ通過地点を予告?して、その後が、どうなるのかを見たかった。


道路際の家が崩壊するのなら、それも仕方ない。

そう思っているので、九州・四国・本土に掛けて、最も被害の少ないと思えるコースを、頭の中で描いていた。


最初に、「尖閣諸島へ行け!その間、少しでも巡視艇員に休養を」が、思いの中にあった。

もちろん台風の最中、そうした巡視艇員が休養できるとは思えないが、中国船と睨み合い続けている現状を、1日でも良いから避けたかった。

だから、私的な問題もあるが(笑)、それが全てでは無い。





最初は偶然だろうと思っていた
が、こうした事を意識し始めたのは、7年前に、【あり得ない、不思議な現象を目の当たりにした】からだ。

2月の小雪がチラつくドンよりとした中、私と有志達で、山口県庁教育課に行き、「県内全校・全学年へのいじ守ポスターのお願い」に行った。

いきなり上から、お願いに行った(笑)


『2~3日、検討します』との事で県庁を出たら、小雪がチラつくドンよりとした空に、【穴が空き、パーっと円形状に広がり、五月晴れになった?】

快晴の五月晴れになった。


仲間達と「何か良い事、あるのかな?」と言っていたら、2日後に、県庁の担当者が私の家に来られて、『全面的OK』を頂いた。

『早い方が良いだろうと思いまして』と、家を探しながら来られたらしい。

そして、『高校は、私達がやりますから、その他の学校はお願いします』と、県下全学校の詳細まで作って下さっていた。


それ以降は、最初の時のように2時間掛かって説明する事なくとも、了承を頂き続けている。

この、最初の時こそが、困難だった。

その説明を終えた後に、5分程度だったが、空が割れて、快晴の五月晴れになった。





その逆例としては申し分けないが、各市の教育委員会にも同様なお願いをして伺っていた。

防府市の教育委員会でも大賛同を頂き、『ポスターやチラシがあるなら頂きたい』と言われ、数人の職員さんが、私の車の中の殆どを持って行かれた。

それが2月。


てっきり市内の学校に配布してもらえていたと思っていたら、なんと!5月になって、『いじめは犯罪』の言葉がいけないと、全部戻して来た。

最初は、『いじめは犯罪』の言葉に賛意を唱えて、納得されて、私の車から、ポスターやチラシを持ち出されたのだ。


「その言葉がいけないのなら、この3ヶ月間、何をされていたのか」

「返すなら、もっと早く、返すべきではないか」と、何を言っても聞く耳を持たれなかった。

それからまもなく、防府市内で、天からバケツをひっくり返したような、水災害が起きた。


■その被災者の人達には、ほんとうに気の毒だと思うが、先日、その被災に遭った人が、私の店に来て、当時の大変な状況を聞かされた。

家が流され、完全に潰れて、今はアパートに住んで居るとの事。

すでに、悲惨さは無くなって、私と話が弾む。


■だが、その人にも、どうしても言えない事がある。

ひとつは、手の平を返したような防府市教育委員会の態度だ。

もうひとつは、私が、その水災害が起きた地区で、いじめ相談を受けて居た事だ。


いじめ加害者の50人以上は把握していたが、学校が及び腰なのと、防府市教育委員会に解決姿勢が無かった。


被害者の父親から、『時間が掛かりそうだから、もういいですよ』と言われたので、私は何も出来ない。

したくても出来ない。


そしたら、その地域だけに、大水害が起きた。

偶然であって欲しいが、私には、どうしても天意としか思えなかった。

0707_sabagawa_02_02.jpg 


【追記:2017.04.14.】

防府市の方々には申し訳ない話を書いていました。

そうした過去の話でも、事実と記録として残して置きたいので、そのままにしています。

ご勘弁ください。 m(._.)m






そうした、【天意と天候】を意識し始めた頃から、【雨、風、雷】は、念いや祈りの力で抑える事も出来るような気になっている。

ここ10年を見ても、1件2件なんてものでは無いので、次第に単なる偶然とは思えなくなっている。


そうした意味もあって、試みで、前ブログに【高知沖を通れ!】と書いてみた。

よもや、本当に90度で、カクッと曲がるとは、思ってもいなかった。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ


Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [天災・自然災害] | 2017.04.14(Fri) PageTop

◆【不思議な出来事】ネットで起きた実話、夢の中で見た真実、信じられないような話・・


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年4月30日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



顔の見えないネット社会では、【疑い心】を持ちたくなくても、そうしたものが出て来ることもあります。




7年前になるでしょうか。

ある〔掲示板〕で、「親が食事をくれない」、「小学○年生で、身長と体重は・・」のような、【児童虐待】を思わせるような書き込みが続いていました。


■多くの子供達や大人達が反応して、大きなスレッドになっていました。

私は、最寄りの警察署のサイバー担当に行き、「こういう書込みをしている子供が居る」と、伝えた事があります。

それを見たサイバー担当者さんも、『これはいかんよ』と、即座に動いて下さいました。

そして、掲示板管理者に【書込者のIPアドレス】を聞き、現地の児童相談所の人に連絡。現地児童相談所の人が、掲示板に書込まれました。


-----------------------------------------------------------------------------------------------------------

Aさんはじめまして。B県児童相談所のCといいます。
Aさんの事を心配している人から児童相談所に電話相談があり、この書き込みをしています。
私もAさんの書き込みを見ました。
本当にきつい状態にあるのだろうなぁと思いますし、何とか力になってあげれないかと思っています。
でもいまの状態では、児童相談所はAさんの力になってあげる事ができません。
Aさんの力になる為にも、一度児童相談のCに電話かメールで連絡をくれないでしょうか?
児童相談所というところは、0歳から18歳までの子供に関するあらゆる相談を受けて、子供たちが安心・安全に生活出来るようなお手伝いをするところです。
もちろん相談があった事は秘密にしますし、名前を言いにくいようであったら『A』と名乗ってもらっても構いません。
連絡をお待ちしています。
電話・・・、メール・・・

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------


この間の時間は、30分も掛っていなかったと思います。

サイバー警察組織の素早さをも実感しました。


・・後日、
そのAという子が、すべて狂言話をしていた事が解りました(汗)


だけども、報告を受けた私が警察に行くと「良かったな。狂言だったそうじゃないか」と言われました。

この時の私は、警察が、市民の安全を守る本当の警察であるところを見せて頂いたような気がしましたね。



もう1件、「これは危険だ!」と感じた〔掲示板書込み〕がありました。

それまで親切で優しいレスをされていた方が、

突然!「お世話になりました。今はただ、静かに眠りたいと・・」の書込みを見ました。


私以外の人達は気付かず、もちろん掲示板管理者も気付かないものでしたが、私は、即座に警察に対応をお願いしました。

上のような狂言だったとしても、私の勘違いだったとしても、放って置けなかったのです。


サイバー警察が動いて、自宅に行かれると、大量の睡眠薬を飲まれて危険な状態だったようです。

この間も、おそらく30分も掛っていないと思います。

すぐに救急搬送され事無きを得ましたが、その方が再度〔掲示板〕に書き込まれたのは「ありがとうございました」の言葉でした。


私は、それを見て、この方はもう大丈夫だと思いましたね。



■そして、もう1件。

・・こちらはつらい話です。


私の知人の掲示板の常連者が、意味不明な言葉を発していました。

私なりの直感でしたが(この人は危ない)と思い、彼のHPまで追い掛けて会話していたのですが、彼の掲示板仲間に邪魔されて追い出されました。


その後間もなく、私が危ないと思った人は、自ら命を断ち亡くなりました。

もちろん私とは、ネット縁も無い無縁な人です。


そして間もなく、その時私を追い出した人も、後を追うように病死されました。

こちらの方は、少々間接的にネット縁がある人でしたが、親が医者であり、この方も極端な唯物論者でした。


不幸なことです。


「もし、たら、れば」は禁物ですが、「あの時、この方が邪魔されなかったら・・」と、当時は思った事もありますがやむを得ません。


不思議な事に、この時のネット縁があった人は、私の夢に出て来まして、予想外の姿を見せてもらいましたが、これ以上は伏せて置きます。


子供の頃から私の見る夢は、かなり現実的なものも多いのですが、無責任に語るものではありませんのでね。




夢に見たことが、現実の話であった事は、何度かありましたが・・ 、正確に覚えているのは5件くらいのものです。

証明出来ない夢は、沢山見ていますよ(笑)


父親を若くして亡くした私は、父が倒れる直前の夏の日に、愛知県の仕入れ先の若者に、1万円(今の12万円)を貸している夢を見ました。

長年、単に夢だとばかり思っていました。


それから40年経った頃、その人が来られた時、「昔、こんな夢見た」と話しました。

その人にとっては、含みを持った言葉と受け取られたのか知りませんが、【ああ、あの時の1万円は返しましたよ】と言われて、ビックリ仰天。


単に夢だと思っていた事が、40年前に本当にあった事でした。


ただしです。

父はその後すぐに亡くなりましたので、後を受け継いだ私はお金は受け取ってはいません(笑)

忘れているのか、嘘を言われているのか解りませんが、とっくに時効です。

そんな事より、【本当の事だった】ことの方が驚きでしたね。



小学生の頃の夢でしたが、祖母と母が口喧嘩していました。

祖母が母に対して『アンタは、この家に来る者じゃ無かったんじゃ!ヒデ(父親)とハー(父のいとこ)が一緒になる約束じゃったんじゃ!』

と、かなり激しく母親に罵声を浴びせている夢でした。


鮮明な夢なので忘れられず、祖母は亡くなっていて、母親に聞くわけにもいかず(オコラレそうだから(笑))、そのままにしていました。


これまた何十年も経って、母の親元に行った時、「そうそう、子供の頃に・・」と、見た夢の話を伯母にした処・・。

『あんた!どうして!その話を知っちょるんか?(山口弁)。その話は、私とナーちゃん(母親)しか知らない話なのに!』と、問い掛けられました。

「大昔に夢で見た話だ」と言っても信じてもらえません(笑)


今でも半信半疑のようですが(笑)

私は、この伯母には大変世話になって居る者であり、私が一切嘘を言わない事も知っています。


だけども私には、これが本当だった事で、自尊心と被害者意識の強い母親が、どうして家庭不和状態になっていたのかの理由が解りました。



他にも、数点、【正夢】を見たことがあります。

・夢枕に立った人が、亡くなった親戚。

・某教団で(元暴)が、3ヶ月行方不明で、夢に出て握手をしていた夜、その行方不明の男が「助けてくれ」と電話して来たこと。

・従兄が亡くなって7年目に、「○ちゃん、ありがとう」と、明るい場所から話し掛けて来て、「弟に伝えてくれ」と言った言葉が、本物だったこと。



■1~2時間静かな場所に居た時、突然降りて来る【インスピレーション?】

・妻が入院中、亡くなっている妻の父が語った話。妻の子供時代の病気の話から、なんと!妻の家系の前世の縁の話。

ちょっと信じられなかったので、妻の子供時代の事を義母に聞くと、『どうして知ってるの?結婚の不利になるから隠していたのに』と。

・4年前の霊言メッセージ公案では、信じられないようなイメージばかりで、当分外に出さなかったが、どうも本物としか思えないこと。



だからと言って、私は特別な力は持ち合せて居りません。

手足のパワーは強かったですけどね(笑)。今も右手の握力は65㎏(笑)

だけども、〔幸福の科学〕に入信して以来、不思議なことが、数え切れないほど起きて居ます。

経験しています。


それはまた、私の家族も見ていますので、私の勝手な妄想ではありません ^ ^


■ふたつだけ言えば、2時間も3時間も待たされるような病院待合いでは、時々、「んっ?」と思うような事がありました。いつもでは無いですよ。

人のオーラか何か解らないけど、人体から光を放っている人と、そうで無い人が居るのを見ていました。

その頃の私は手塚治虫さんの影響で、人体オーラは当然だと思っていたので、出ていない人は病人だからだろうと思っていました。


もうひとつは、熱感です。

私は目には見えないものでも熱として感じるのかも知れません。

入信時に、妻とふたりで試してみました。


後手にして直接触らずに5㎝程度の距離から〔幸福の科学〕の本と、そうでは無い本をピタリと全部当てていました。

〔幸福の科学〕の本に手を近付けると、ポッと温かいのですよ。




そうそう、私が30代の頃、体調・心境を崩し、

何とかして自然体の自分になろうとして瞑想じみた事をしていたら、地獄の底に引き込まれる感じがして、肩で息をしながら、やめていました。

何度やっても同じなので、やめてしまいましたけどね。


ところが〔幸福の科学〕に入ったばかりの頃の瞑想の時間には、逆に、右ナナメ上に引き上げられる感じがしましてね。


「地に足が着いているのか?」と、確かめていた事もありました(笑)


その事を、当時の信者さん達のMLに書いたら、同じ経験をされている女性がいらっしゃいましたね。

やはり右ナナメ上に引き上げられる感じだと。

他のML仲間は、やれ「幽体離脱直前で惜しい!」とか言っていたけど、私にはそんな勇気はありませんよ(笑)


何度か、そんな事もありましたが、今は皆無です(汗)



■これ等は、ブログに出しても問題ないと判断したもので、このブログのどこかに書いています。

興味のある方は、お探し下さいね ^ ^


なぜ?こうした事を書いたかと申しますと、〔政治話題〕では訪問者は減り、〔奇跡体験を書いた場合〕は急増していたからです ^ ^


嘘は書いて居りませんが、正直なところ、あまりこういう話をするのは好きでは無いのですね。

裏付けと言いますか、嘘か本当か確認出来ない事は、出して居りませんし、あまりにも当然のようになっていた初期の頃の事は正確に覚えていないのですよ。。



■書きながら今思い出しましたが、天之御中主神社で七夕飾りに、「光よ集え!」と書いたら、それだけが最後の最後まで残って居た事もあります。

この証拠写真(笑)も取ってありますが、行方不明なのですよ。


そして、湯布院正心館の帰りに寄った所で、噴水が湧いていましたので撮った処、なんと観音像ソックリ!

これは当時のMLの人達にも見て頂いていますが、やはり画像は行方不明です(汗)


もしかしたらと思うのが、初期の頃のPCはMacを使っていたので、大量の画像がMOの中に残されたまま、変換出来ないままです。

その中に入っている可能性が高いですね。

最近、そうしたMOの変換ソフトも入手しましたが、あまりにも画像が多過ぎて(そうした仕事なのです)、いつも後回しになっては、そのままです(汗)



■そうそう、数ヶ月前にTVでスプーン曲げをやっていました。

私も真似していたら、簡単にグニャリ(笑)と曲がります。

驚きました。


マグレじゃないかと何本も試みましたが、90度以上も曲がりましてね。

息子が真っ赤な顔しながら戻そうとしても戻らないようで、金槌でガンガン叩いて戻したようです。

・・が、私、奥様に、とっても叱られてしまいました(汗)


別に念力なんてものではなかったのですが、どういう力学が働いているのか不思議です。



今後とも、とっても普通のおじいちゃんなので、よろしくお願いしますね ^ ^

普通のと言うと、別の意味で「異議アリ」と言われそうですが(笑)


冗談好きで、曲がった事が大嫌いなおじいちゃんです。m(__)m




【追記:2017.04.06.】

この話は、あるネット場に訪問した時、書いたものです。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.14(Fri) PageTop

◆【驚きと得心】本物の宗教に出逢えた喜びを、体験談として少しだけ


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年4月17日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



私が三帰信者になった晩の・・

いいえ明け方の夢でしたが大川総裁の夢を見させて頂きました。


お供を従えながら廊下を歩かれていました。


映画「黄金の法」での仏陀が暴れ像と向合う前までの、お供を従えられながら歩かれていた場面に似ていました。


すると、廊下と壁の隙間から湧き出すように某教団のトップが現れます。

その人は、大川総裁に助けを請うように懸命に右手を差し伸ばしながら、廊下の隅にうずくまって立てません。


入信したばかりの私から見ても、その姿は人間ではありません。

体全体がドロリとした汚泥が人間の形のようになっていました。


大川総裁は、その姿を脇目に見ながら「・・あわれな」と小声で呟かれながら、スタスタと廊下を歩かれていました。



そして、〔大川総裁〕のお顔を見ると、80代の面立です!

私は、「今から学ぼうと思ったのに、先生!いつのまに!」と思ったトタン、40代前半の顔に戻られました。

「ああ良かった・・、夢だったのか」という夢でした(笑)



私には、【なぜ?某教団のトップが出て来たのか?】、【なぜ?現在では無く、未来の事なのか?】の疑問が残りました。

それも、三帰誓願したばかりの、入信したばかりの日の夢にです。


私は、某教団の人達には、幼き頃から、随分と【困らせ続けられて来た人間】でもあります。

だからこそ、その教団の未来を見せて頂いたのかな?とも思わないでもありません。




TVは見ない。新聞も大見出ししか見ないので下部の広告欄には目が行かない。

ましてや週刊誌など嘘ばかりで表紙すら見ない。


そんな私の情報源は、店の客の話でした。

彼等と話しているだけで、新聞に匹敵する程度の情報くらいは持っていました。



■宗教関しては、16歳と22歳の時に身内を亡くしているので、いつも法事の絶え間が無いほどでした。

若い私は、一家を支えて行かなければならないという責任感から、宗教に関しても、いろんな事をお坊さんに尋ねていました。


だけども、私が尋ねる事に関しては、納得の行く回答が得られないものでした。


例えば

「お坊さん、私の父や祖母は、天国に還って居るのでしょうか?」

『もちろん還っていらっしゃいます』


「ならば、今日のような法事は、何の為に、誰の為にやるのでしょう?天国に還っている父にも、このような法事が必要なのでしょうか?」

『定められた法事は、行なわなければならないのですよ』


「ならないと言われるのなら義務という事ですが、残された者達の義務でしょうか?」

『そうです』



「お坊さん、幽霊見たことありますか?」

ありませんよ(笑)、幽霊が居たら私は怖くてお寺に住めませんよ


「私は、幽霊は居ると思っているのですが・・」

居ません、居ません。幽霊は人間の見間違いですよ


「・・では?天国、極楽ですか、あそこに居る父達は、どんな姿をしているのでしょう?」

見たことないので、わかりませんね


「私は、先日も幽霊を、Fと一緒に見ています。Fも見ていますが、お坊さんは見たこともないのですか?」

ないですよ。Fさんと見たものも、何かと見間違えたものですよ』



「お坊さん、こうした法事は、何のためにあるのですか?いつ話を聞いても、ただの仕来たりのようにしか思えないのですが」

仕来たりですね』


・・とまあ、こんな事を随分訊いて居たので、法事の読経が終るなり、すぐに帰られ始められました(笑)


私にしたら、まったく納得が行かないままです。




私が〔幸福の科学〕を知ったのは、やはり店のお客さんからでした。

お客への礼として、「お話を聞かれませんか?」と誘いを受けた私は、(一度は付き合わないといけないだろう)程度の思いで支部に行きました。


支部に着いてドアを開けると、皆さん、両手を合わせて祈って居られます。

正直、(うわっ、ここって宗教そのものじゃないか)と思いながらも(笑)、やむを得ません。

そのまま入りました。

遅れて来たので最前列の席しか空いて居ませんでした。



■やむなく最前列の席で、お隣の人が見せてくれる【主への祈り】を一緒に詠んで居ました。

・・が!

この愛の星、地球をお守りください」の箇所に来た時、(ああ、なんて、大きな教えだろうな)と思った瞬間!

・・涙がボロボロ止めどもなく流れ、出始めたのです。

当時の私には、この涙の意味も解らず、「おかしい、涙は30年前に決別した筈なのに・・」と、周囲に悟られないように必死で隠していました(笑)




その後、〔大川総裁〕の御法話が始りました。

・・が!その語られる内容に、驚きの連続でした。


(この若さで(当時30代後半)、これだけ密度の濃い話を、何も持たずに正面を向いて話されている・・)

衝撃と言えるほどの、もの凄い知識の蓄積量に驚きました。

と、思った頃から、〔大川総裁〕の顔が見えなくなりました。

TVの総裁先生の周囲から、ピカピカ光が大きくなったり小さくなったり、時にはTVからはみ出す位になったりで、話に集中出来ません。



■最初の最初でこうですからね、私は「TVに何か仕掛けでもしてあるのか?」と聞いたものです(汗)

ところが、皆さん、『えっ!見えるのですか!』と一斉に振り向かれます。

「何がですか?」

『今、TVから光がピカピカ眩しいと言われましたよね。あれは【総裁先生のオーラ】なのですよ』

「オーラ?、私も時々は人のオーラが見える事はありますが、あれってTVビデオじゃありませんか。オーラが出る筈無いですよ」

『あるのですよ、大きくなったり小さくなったりするのも、総裁先生の気持ちの現れです。はみ出している時は、かなりな力を入れての事です』


・・納得行きません(笑)。

それが本当の事だと解りましたが、少しの時間を要しました。



■『このペンダントからも光が出ているのですよ』

「あっ、ほんとですね。熱いですね」

『解かるのですか!?』

「何がですか?」

『私は、光が出ていると言ったのですが、熱いと言われましたよ』

「熱いですよ。ポカポカ程度の熱さですが・・」


・・のような調子で、〔幸福の科学〕1日目が終りました(笑)






それから1ヶ月後の晩(明け方)に、前述のような総裁先生の夢を見たのです。

夢の中の私は、すでに幸福の科学を学ぼうと、必死のようでしたね。


この時の私は、【涙の意味】も、【光の意味】も、【夢の真実】も、何ひとつ知りませんでした。

だけども、【これって、ただ事じゃないぞ・・】程度の事は、体全体で感じ取って居ました。



後日、「一緒に詠んでいたら涙が出た」話をしたら、皆さん、拍手をされます?

何が起きたのか?何の意味なのか?

私には解りません(笑)

それが【法雨】と言う、仏の愛に触れた時に流れる涙だと知るまでは、男が流す涙はみっともないものだとばかり思っていた私です(汗)


TVもビデオにも、何も細工は施こされていませんでした(笑)

私はそういう機器に強く、故障修理や配置替えで解りました(汗)



そういう処から始った〔幸福の科学〕への学びは、私の中では本物となり、確信に至るまでには、時間は要しませんでした。

新しい学びが多かったのはもちろんですが、私の人世の途上で培ったものが、○なのか×なのかの点検をするだけの事も多かったです。


そして、何より嬉しかったのが、子供の頃から抱えて居た疑問が、次々と氷解して行ったことです。


上記のお坊さんの話とは比較にもなりませんでしたね。


今から思えば、私の守護霊さん、そうとう頑張ってたのでしょうね(笑)




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [心と身体] Genre [心と身体]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と我が人生] | 2017.04.13(Thu) PageTop

◆【天国vs地獄は、信仰心vs無神論・唯物論】日本国家を救えるのは無神論者・唯物論者では無い。信仰心溢れる人達こそが日本を救い世界を導く


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2012年12月19日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。



安倍氏が精力的に動かれている。

私としては、今の安倍氏を支持する。

時には厳しい事を言うかも知れないが、それは安倍降ろしを画策しているマスコミとは全く違う。


左翼に染まったマスコミには、安倍氏はタカ派に、幸福実現党は極右政党に見えているようだ。

左翼マスコミの立ち位置が、超左なので、真ん中に居ても右翼に見えるのだろう。


私の本音は、そんな少数の極左マスコミよりも、彼等がワザと偏向報道発信している内容を信じている人達こそを、心配している。





山口県には、私の遠い祖先にあたる大内氏が居た。

大内最後の武将となってしまったのが、大内義隆という人物だ。


大内にとっての【義】の一語は、その時々での大将を意味している。


かの吉田松蔭も、大内一族の中の杉家から吉田家へ養子に行った人であり、幼少名は義卿だ。

現在に置いては、私が【義】の一語を拝している。


私の祖父・祖母と、初代松下村塾を作った玉木文之進とは、親族関係にあたる。(ちなみに3代目塾長が吉田松蔭)


ゆえに、このブログの【平成松下村塾】のタイトルは、安易に付けたものでは無く、大内正統一族としての本気度を示す為だ。



■【転生輪廻】とは面白いもので、かつての大内氏の公家方子孫の末裔として、この世に現われたのが吉田松蔭という偉大なる人物だ。


だが、この事(大内氏との関係)は史実としては残されていない。末裔一族だけが知るものなので嘘のように思えるかも知れないが、事実だ。



その吉田松蔭は、転生輪廻で産まれ変わり、今は〔幸福の科学〕の中枢に居る。


そして、松蔭の弟子だった、木戸孝允(桂小五郎)、山縣有朋、高杉晋作、伊藤博文も産まれ変わって、〔幸福の科学/幸福実現党〕で育っている。


今まで知らされているのは、この人達だけだが、まだまだ居ると思う。



伊藤博文が産まれ変って、釈量子という名で、今回東京で立候補した人だ。


  06212206_4fe31c5ec29fb.jpg



松下村塾時代でも、どちらかと言うと遅咲きの人だったが、日本の初代総理大臣になったように、やがて真なる実力が発揮されることだろう。


くしくも私は、この方とは一時期「The Liberty」で、行動を共にした事がある。

今から思うと、何か因縁めいたものさえ感じてしまう。




本日書きたかった話とは、かなりズレてしまった(汗)


・・ま、〔幸福の科学/幸福実現党〕とは、それだけの人達が集まっている真の世界宗教であり、真の救国政党だと言う事だ。





今日、書きたかった事は、【大内義隆が、なぜ?滅んだのか?】だった。


大内氏は、天皇・公家と縁があり、戦国時代の戦乱期には、大量の京都公家達を今の山口市に匿って居た。


そして、本気で【京都⇒長州】への遷都をしようとしていた。


京都に負けない「五重の塔」を作り、岡山の乞食坊主(失礼)の雪舟を育て、「雪舟の庭」も残されている。


また、鹿児島から上陸して誰も相手にしなかった、フランシスコ・ザビエルに、キリスト教伝道許可を与え、洋式協会まで建てた。


つまり、大内義隆という武将は、強大な武力を持ちながらも、【平和を愛する人】であり、【文化を愛でる】文人武将だったのだ。



■もし、大内義隆が、織田や徳川のような軍人武将だったら、戦国史は変っていたかも知れない。


もともと天皇や京都公家を護る立場の人であり、「我こそが、この国を治める者なり」と宣言すれば、織田や徳川は、上洛すらも出来なかっただろう。


それほど、大内氏の力は強大だったのだが、その力が「国家統一」に向く事は無かった。


絶大な力を持ちながらも、「国家の平和」へと思いが向く人で、好んで戦いをする武将では無かった。



■その間、広島の小藩の毛利が我孫子氏によって攻められ、大内に助けを求めて来た。

大内は我孫子氏を殲滅し毛利を救った。毛利はそのまま大内の家来となった。


ところが、この時の毛利元就は10代の若者だったが、典型的な軍人武将であり非常なる野心家だった。


やがて、大内氏は、この毛利元就に寄って全滅に至る。

(ただし、真の全滅では無い。大内の奥方を含めた京都公家達は、川上村に逃げ延びて居る)



■この時、大内義隆に毛利元就の謀反を知らせ、「迎え打つべきだ」と言ったのが、陶晴賢という家来だった。

大内義隆は、この陶晴賢によって滅ぼされ、陶晴賢もまた毛利元就によって滅ぼされる。


だが、文人武将の大内義隆と言えども、家来の毛利元就の謀反は知っていた。

そのまま迎え打てば、造作も無く毛利は壊滅するはずだった。


大内義隆の最大の油断・誤算は、身内にあたる陶晴賢の反乱だったのだ。


陶晴賢の反乱は、大きな間違いだったのだが、おそらく、陶晴賢の心の中にも、【野望・野心】が蠢いていたのだろう。


それはまた、織田信長を京都本能寺の変で滅ぼした、明智光秀の姿と重なる。


その場しのぎの野心家の望みは、後陣に寄って即座に絶たれてしまうという、好例だ。





歴史物語を書いているように見えても、私は、この中に現代の政治・政党を含ませて書いている。

どれがどれかは、個々のご自由に。


■私が言いたいのは、大内を滅ぼした陶。織田を滅ぼした明智。

共に、背後に迫る危機感からだろうが、彼等は間違っていた】と言う事だ。


陶も明智も、主君と共に戦っていたならば、背後に迫る者達をも退ける事が出来たと言いたい為だ。


もちろん戦いは、やってみなければどちらが勝つかは解らないが、少なくとも戦況判断の予測にはなる。



今の日本を見ていると、国民全体が、陶や明智に見えてしまう。


滅ぼしてはいけない人を滅ぼし、結局は、自分も滅ぼされてしまう。そんな姿に見えてしまう。


〔幸福の科学/幸福実現党〕は滅びては居ないが、卑怯な【黙殺】という手段で国民に目隠しをしている存在が居る。


言うまでもなく、親中国の左翼勢力だ。



5286_l.jpg 



今の日本人は、私から見たら、左翼マスコミに寄って操られているマリオネットのように見えることがある。


中国の代表的な特長は、一党支配の言論統制だ。その根底には、徹底した【無神論・唯物論】がある。


そうした中華思想が、戦後から60年間、静かに静かに、日本に【根付かされている】


世界から見て、日本と中国の区別が付かない理由は、そこにある。


非常に嘆かわしい!


陶や明智が為した事と同じ事だ。


そうした後にやって来るのは、もっと大きな勢力だ。日本国を滅亡させようとしている国が、牙を剥いて来る。





そうした国と、真っ向から戦えるのは、世界でも〔幸福の科学/幸福実現党〕しか居ない!


アメリカは自国平和に重点を置き、世界の警察国家をやめる。


変わりに、軍事独裁国家が世界警察を名乗り、世界中の国々を制圧する。


そうした未来は、すぐそこに来ている。


そんな時に、日本国民が、大内や織田を滅ぼした陶や明智になっていては・間違いなく、この日本国は近い将来、世界地図から消えてしまう。


半数の国民が虐殺を受け、女子は中国人嫁、男子は独身のまま生涯奴隷。日本国民が、それを望むのなら、それもよいだろう。

仕方がない・・



だが、天上界の日本の神々は、それを望んではいない!


top_main_pic_20121219195421.jpg 


その時、日本人に【真の信仰心】が芽ばえて居たならば、天上界と宇宙界からの応援が来る。


日本は滅びない。


その後の日本は、精神的世界のリーダー国となり、世界を3000年間導く国家となる。


その為に、多くの神々に寄って、この奇跡的な日本が創られたのだ。



■もし、今のまま日本人が【無神論・唯物論】で生きる道を選べば、100%日本が日本で無くなってしまうだろう。


見た目には、「覇権国家vs平和国家」のように見えても、その実は【無神論・唯物論vs信仰心】なのだ。


この日本という国は、東洋発の仏教が花開いた地であり、西洋発のキリスト教の終焉地でもあり、世界の民族神の中でも最強力布陣の日本神道が、交わった国である事を忘れてはいけない。


ゆえに、本来ならば、世界一の【信仰国】でなければならない国なのだ。


日本を、そうした国にさせないようにと、「あの世」からも「この世」からも、【邪魔】をしている勢力が居る。


今の日本や日本人は、そうした勢力に引きずられて、闇へ闇へと向かっている。


日本人に、かつてのような世界一とも言える【信仰心】が芽ばえれば、日本発世界平和が、必ず訪れる。と断言する。





1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [信仰と社会] | 2017.04.12(Wed) PageTop

◆【天国vs地獄】幸福の科学に出逢えて良かった!嘘偽りの無い本当の話


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年4月6日のブログより。

  過去記事の分類整理中です。過去に書いていた内容が、今でも通じるものを再UPしています。
  ブログ記録でもあるので、記事内容は変えていません。 変えないで「追記」で示します。
  古いレイアウト(行間、大きさ、色分け、仕切り、等)だけは、今の私に沿った形にしています。


私は、幸福の科学の会員だが、市議会・県議会・国会と、多くの自民党議員を出して来た政治家・経営者一族に産まれた。

この世的な血繋がりでは、吉田松蔭や乃木希典は、祖父母の親族にあたる。

今、〔幸福実現党〕の党首をされている人からは、「そういえば、○○さんは、乃木希典に面立ちが似ていますね」と言われた事もあった。



私としては、面立ちよりも、育てられた環境がそっくりだと言いたい。

とにかく母親の厳しかったこと(笑)。

それも尋常なものでは無い!

何度も殺されかけた(汗)


いわゆる【憑依現象】であり、親子仲むつまじく並んで仕事をしていても、何か一寸した事で豹変していた。

障子の隙間が1㎝開いて居ただけで、いきなり、「おんどりゃあ!ワシを殺す気か!」となり、手が付けられなくなる。


包丁まで持って来て振り回すのだから始末に負えない(笑)



普段の母は、正反対で、言葉遣いは丁寧な人だ。近所の人達の悪口は言わない。

無私無欲の人で、常に家族に思いが向いていた。


だが、そんな母が一旦豹変すると、言葉から行動までヤクザになる(笑)

母親に包丁振り回された位では、いくらでも防御出来る。

振り回す包丁を奪い取る位、たやすい事だ。


ただ・・

その時の母親の目は別人だ。

私には【般若面と同じ顔】に見えていた。



■そんな母親から私達子供を守り続けた父親は心労で倒れ、若くして亡くなった。

父親の跡を継いだ私は、それはもう筆舌に尽くし難い程の心労の中で、家族を守って来た。


そんな母親の朝の挨拶は「おはよう」では無い。

「昨晩は苦しかった。あんたを何度も起こそうと思った」が、50年近くの朝の挨拶だ(笑)


正直言って、父が亡くなった時、母と代わってくれて居れば・・と、思ったものだ。



父亡き後は、ほんとうに大変だった。

寝る間を惜しんで働いたので、(強制的に?)いろんな病気になった。

◆病魔との戦い


まさに【四苦八苦】の極限を経験して来たものだ。




親子であって、私と同じ真似が出来る人は、そんなに多くは居ないと思う。


朝は、前述の言葉で自分の苦しみを訴えて来る。

少しでも逆らえば、急に豹変して大暴れする。


棚や机の上の物は放り投げる。

バケツ水をブッ掛ける。

窓ガラスは割る。

それでも適わないと思ったら、寝間着のまま家を飛出して、1~2時間は裸足のままでお散歩だ(笑)


殆ど、「気●い」と言っていいほどだった。



■実際、父親が亡くなる年には、「○○よ・・お母さんを精神病院に入れてもいいか?」と、父親がか細い声で聞いた事がある。

それほどまで父親は精神的に追い詰められて居たのだと、亡くなってから気が付いた。

父親は工場を経営していた事から、近所や親戚からも「大将」と呼ばれる程の人格者だった。


そんな父親が伯母に胸の内を明かしていた事も知って居た。

『ワシはもうアイツ(母)には何も言わん。ワシが叱るとアイツは子供を殺す。包丁で長男(私)を刺し殺そうとした。だからもう、ワシは何も言わん』
と、話して居たようだ。


多くの人達から「大将」と呼ばれ慕われて居た父親でも、家庭に入れば【忍耐】の人だった。

子供心に見ていて解る。



そんな父親に代わって母親と対決していたのが、私だ(笑)


「あんたが寝込んだら殺してやる!」・・何度言われた事だろう。


だが、私にとっては「殺してやる!」よりは、「死んでやる!」の言葉の方が重かった。

その言葉を放たれた時が私の負けだ。試合終了だ(笑)


そんな私は、〔幸福の科学〕に入信するまでは、【母親の憑依霊】と戦って居たとは思っても居なかった。

多重人格者の母親の中の一人だと思っていた。



■とにかく、上記のように、母親は大暴れするだけで無く、人間とは思えないような不可思議な事があった。


例えば【地獄耳】

妻と離れの部屋で「(母親には)困ったものだな・・」と小声で話していたら、玄関に居た母親が、バン!バン!と部屋の仕切りを開けながら走って来た。

離れの部屋と玄関では、(古い家なので)その間に5つの部屋がある。

絶対に聞こえる筈は無いのだが、「アンタ等!今、なんて言うた!」と怒鳴り込んで来た(笑)

私と妻は、ア然とし、いったい何が起きたのかも解らなかった。


そして【千里眼?】

機嫌の良かった母が、地区内にある墓参りに行く度に、帰って来たら目が吊り上がり喧嘩腰になるので、原因を探る為に、そっと跡を付けた事がある。

後を振り返らない母親と、距離も取って隠れながら跡を付けたので絶対に気付かれて居なかった。


墓前に座った母親の口からは、驚くべき言葉が放たれた。

「お父ちゃん、おばあちゃん・・。苦しくてたまらないのよ。助けて」

そうした母親の表情は、見る見るうちに変わって行った。

般若の顔になった。


・・そのトタン!

「わりゃあ!何コソコソしてやがるか!」だ。

絶対に気付かれない位置から見て居たにも関わらず、怒鳴られてしまった(汗)



■そうして豹変する母親は、子供の頃からほぼ毎日見て来たが、納得出来ないのが、【そうした事は、一切、何ひとつ覚えて居ない】ことだった。


大暴れして、家の中をメチャメチャにしたような場合は、3日程度は部屋の隅にうずくまったまま何もしない。

食事すらした形跡も無い。

そして、その3日間の事は何も覚えていない。


私は、学校でも、家に帰ってからでも、隠れた(暴)と戦わなければならなかったのだ(笑)



■正直、私は、そんなわけが解らない、理屈に合わない母親が、怖くて、嫌いだった。

長男としての責任感のみで、家業を継いで居た。


だが、現実には(暴)の多い地域に住んでいるので、同級生達や顔見知りの(暴達)は、随分と居たものだ。

もちろん私は、私の信用に関わるので、そうした業種の者達とは関わらない。

顔を合わせても、お互いに見て見ぬ振りのままだ。




だが、関わりたく無くても、関わらざるを得ない事も何度かあった。

小6の時、のちに(暴)に入った男が、フイに背後から首を絞めて来た。

逃げるに逃げられず、バタバタしていると、スーと楽になり始めた。おそらく柔道で言う「落ちた」状態になったのだと思う。


たぶん、ダラリとなった私に驚いて手を離したのだろう。私は気を取戻した。

もちろん私が、そのままでは居るはずが無い(笑)。

逃げる相手を授業開始のチャイムが鳴るまで追い掛けた(笑)



中1の時、これまた、のちに(暴)に入った別の男が、フイ打ちで私の腹を殴った者が居る。

鳩尾に入り息が出来なかった。

息が出来ない状態なので、戦意喪失以前の問題だ(笑)


しばらくお腹が痛くて、黒い便が続いた。

だけども私は、その事を誰にも言えなかった。

母親に言おうものなら、相手を殺しに行きかねないからだ。


20代になって、胃カメラの検査で「古い傷がありますね」と言われて初めて気が付いた。

あの時の打撃は、私の胃袋を傷付けて居たと知った。



中2の時、他地区をAと歩いて居たら、いきなり路地から出て来た連中が、「ちょっと来い」と言いながら、喉元にナイフを突き付けて来た。


◆因果応報、悪因悪果



■高2の時は、父が亡くなった時、見知らぬ者達が懐に隠したナイフをチラ付かせながら、「借金を返せ!」と脅して来た。

借りても居ないのに、そうして脅して金を取ろうとする輩さえも相手にしなければならなかった。

「父親は銀行以外は金は借りては居ない。もし借りたとしたら必ず借用証書を書いている筈だから見せてくれ」と、粘るしか無かった。

「信用貸しした」と嘘を言うが、絶対に負けるわけには行かなかった。彼等が諦めて来なくなるまで、3ヶ月は要した。



社会人になって、納品先に創価学会の人が居た。

仕事をしていたら、そういう人達は多いので、適当に距離を置きながら接していた。


だが、この人は元(暴)で、暴利を貪り品物を誤魔化す人だった。

(なぜか?創価学会員には
(暴)だったり、繋がっていたりしている人達が多かった。今は知らない


納品した金は、なかなか払ってくれない。

「この次」、「もう少し」と言い逃れが続く。

僅かな金額をもらうのに何回も行かなければならなかった。


ある時、その人とハチ合わせになり、バツ悪そうに挨拶しながらすれ違った。

そしたら背後から「導師!導師!こっちこっち」の声。

なんと!その人は創価学会の導師のようだ。

とても私には、信じられないような光景だった。



そして、私が〔幸福の科学〕に入信するキッカケになったものも、やはり某教団の元(暴)が絡んでいる。

その話は、少し前に書いたので省略するが、私にとっては一番キツイものだった。

自分が脅されるより、友人や家族を脅される事が、どれほど怖い事かと思い知らされたものだ。


・・ま、それが、(暴)や悪魔の特長と言えば、そうなのだが。。




私が幸福の科学に入信したのは、それがキッカケになったに過ぎない。


信頼している客が、(さて、どうしたものかな・・)と考えている私を見て、「どうされたのですか?」と心配してくれるので。。

「あなたなら話してもいいか、じつは・・」と話すと、「それは大変だ!」となった。


で?『じつは僕、宗教を学んで居るのですよ』と言う?

『店長の、お寺は?』

「曹洞宗だけど・・」


『店長、神様を信じる?』

「信じてるよ。子供の頃には天使も悪魔も見えてたしね。信じる以前の問題だよ(笑)」


『それなら話が早い。店長、〔幸福の科学〕って知ってる?』

「知らないね」


『大川隆法って、聞いたことある?』

「聞いたことないよ」


・・のような会話から始まった。

正直な処、人の弱みに付け込んでの宗教勧誘かと思ったものだ(汗)


とりあえず、そうして心配してくれるお客に対しての礼として、幸福の科学の信者さん達に逢って、山口支部に行った。


そして、〔大川総裁〕を見て、聞いて、驚いた。

(こんな人が、日本に居られたのか!しまった!随分と出遅れた)が、正直な感想だった。 





ネット相談では、うつ病で自殺未遂までした人達5人とメール会話をしている内に、全員全快されたが、正直言って、大変だった。


毎日のように「死にたいメール」が届くのだ。

だからと言って駆け付けるわけにも行かないので、元気になれるような言葉をメールで返すしか無かった。


もし、私が、身近で母親の姿を見て体験して居なかったら、そうした事すら出来なかったかも知れない。

そういう意味では、母親の存在は、厳しく私自身を鍛えてくれたと思っている。


だからこそ冒頭で、母親に厳しく躾られた乃木希典の名を出した。



ちなみに私の母親は、確かに酷い憑依されやすいタイプの人間だったが〔幸福の科学〕に入信するなり、ピタリと止んだ。

だが最初に、私の入信を知った母親は、それこそ大暴れもいいところだった。

「わりゃあ(相変らずヤクザ口調)!変な宗教に入って!この近所の人等を巻き込むつもりだろう!ワレの言う事なんか誰も聞くものか!」


「やれるもんなら、やってみい(みろ)!」

この程度の脅しで負ける私では無い(笑)


逆に、ほほう、お許しが出たようなものだな。

それならやってやるよと、ご近所に持っている本を配りまくった(笑)



狂乱した母親の思惑とは大違いで、ご近所からは「この本、良かったよ」のように言われたようで(笑)

やがて何も言わなくなった。


2年後にクリスチャンの妻が入信。

3年後に長男が入信。

4年後に長女が入信する時に、「おばあちゃんも一緒に入らない?と言ってみろ」と長女に耳打ちしていた(笑)


■その時の私には、母親が入信したくても、自分から言えないのが解っていた。

だけども私が言えば絶対に反発する(笑)


だから、長女に誘わせてみたら、その言葉を待って居たかの如く、「そうだね、入ろうかね」と、即座に入信した。


その後は、「お話しかい?」と言うなり、私達より早く支度をしていた(笑)


そうした中で、母親は豹変する事が無くなった。


母親の入信で、一挙に家庭はユートピア家庭へと変わった。



入信後の母親は、人が変わったように(と言うより、こちらの母親の方が本物だろう)穏やかになり、信仰心溢れた余生を過ごした。


晩年になって、3年間、痴呆症になったが、子供達が母親の傍に居てくれた。家族中で、母親を支えて居た。


そして、とんでもない奇跡が起きた。

◆母の極度の痴呆が治った



私にとっては、大変な修行をさせてくれた母親だったが、晩年はそうして穏やかに暮らして、3年前に旅立った。

あれだけ家族を困らせた母親なので、(無事天国へ還っていてくれよ)と思いながらも、一抹の不安は拭い切れなかった。


1年以上経った頃、総裁先生の御法話の中で、「今のところ、三帰して亡くなられた信者さんに地獄に堕ちている人は居られません」と聞いた。

(母親は、無事に天国に還っている)と思えた私は、安堵の思いで一杯だった。


天国で褒められているのか、叱られて居るのか知らないが(笑)

とにかく母親は、【精一杯の人世を過ごした】事は、私も認める。


今は、天国で、父親と仲良く暮らしているのだろうか・・




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連記事
Theme [独り言] Genre [ブログ]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [自分記] | 2017.04.12(Wed) PageTop
 最新記事一覧(サムネイル画像付き)
【知らせない自由?】マスコミの黙殺権は、左翼貧乏思想の現れ Oct 16, 2017
【選挙妨害】幸福実現党v s 創価学会の場外乱闘! 学会による選挙妨害? + α Oct 13, 2017
【NEVERまとめより】もし幸福実現党が政権を取ったらどうなるか?その衝撃の未来がやばすぎる件 Oct 10, 2017
【比較検証】自民党は幸福実現党の政策を次々と採用!? Oct 09, 2017
【衆議院議員選挙公示間近】政党の政策から見たら、あれっ? Oct 08, 2017
【幸福実現党の先見性】8年前の幸福実現党後援会用パンフレットを再確認 Oct 02, 2017
◆【幸福実現党こそが真の未来を築く】国難(選挙)は、2009年から幸福実現党が言い続けて来た言葉だ! Sep 29, 2017
◆【不正選挙?疑問の残った開票現場!】4年後に再検証させて頂く為に、事実を正確に書き記す Sep 29, 2017
◆【疑問の残った開票現場!】4年後に再検証させて頂く為に、事実を正確に書き記す Sep 29, 2017
【神様が来た!】戦後最も危険な時期に来られたのは、地域を護る意味があるのだろう Sep 26, 2017
北朝鮮危機に本気で向き合う幸福実現党に、フランス国営放送が取材に!そして放送! Sep 16, 2017
◆【あなたは、ご存知だろうか?】中国(習近平)、幸福の科学/幸福実現党、マスコミは、何を考え、何をして来て、何をしていて、何をしようとしているのか?【過去記事移動】 Sep 16, 2017
【なにだぁ?これは!】北「日本を核爆弾で海にぶちこむべき」と非難 Sep 15, 2017
【ショック!】外国の人から「日本は2度目の無条件降伏をするのか?」と、言われた! Sep 10, 2017
【お知らせ:山口県民の方々へ】大川隆法総裁の特別大講演会『人類の選択』が FM山口で放送されます。 Aug 31, 2017
◆【白龍?】空の雲を見ていると、いろんな形に変わるのが面白くて好きだ。だが、天候との関係は如何に? Aug 07, 2017
迷走台風5号は、日本国民への神々からの警告か? Aug 06, 2017
大川隆法総裁 講演「人類の選択」 Aug 03, 2017
◆【いじめを無くそう】人は感性(勝負)→知性(損得)→理性(善悪)→悟性(神仏への愛)と成長する Jul 29, 2017
音楽等の整理 Jul 24, 2017
 全記事表示リンク
 【展開可能な】ツリーカテゴリ表示
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m