◆動画、等(クリックされればリンク先に行きます)
動画
リンク       
 軽量 ページネーション
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

◆【パラオと日本】ペリリュー島の出来事を知らない人達が多い。1万人の日本兵に1万人の米兵犠牲者を伴った戦いは隠されていた。


天皇陛下がパラオに向かわれました。

一国民として、ほんとうにありがたく感謝申し上げます。




【余談:切手収集】

■私が30代半ば頃(1985年頃)、切手趣味の会を立ち上げた。

10年程度関わったが、新規事業を創った為、日曜日の例会に出られなくなり休会した。

この20年間で1回しか顔を見せていないので(汗)、本来は退会処分だが(笑)、一応は籍を残して置いてくれているらしい。


■30年前の今頃、当時20代のT氏が収集会員名簿を持って『切手の会(支部)を創りたい』と、相談に来られた事がキッカケだった。

もう一人、度々、郵便局で出逢っていたU氏に声を掛け、3人から出発した。

発起時には、この3人の誰もが、よもや30年も続くとは思ってもいなかった(汗)


継続出来た理由は、人材だった。

県内の収集会員名簿全員に「支部創設のための準備会」の案内状を送り、15人が集まられた。

教員、公務員、会社経営者等々・・いろんな職業の人達に自由闊達な議論をして頂く中で、【この人なら】と言う人を探した。

そして見付けた。


■あとは、組織体制(役割分担)と会則作りだ。

言い出しっぺのT氏を支部長に、【この人なら】と思える人を副支部長に据えて、15人全員に何等かの役割を持って頂いた。

当然私は雑用係だ(笑)。私は、経理事務はじめ他の人には出来ない役を引き受けた。

会則は、私が予め作って居たものをたたき台にして、15人で協議しながら作った。

この時の人材の特性に応じた配置が、5年程度で70人台に至り、各地での切手展開催が続けられたと思っている。


■おもしろい事に、言い出しっぺのT氏が家庭の事情で抜け、U氏は関東へ帰り、そして私も出られなくなった。

発起人3人が、離脱してしまった(汗)

私自身は、そのような事も有り得るので要職には付かず、最初の段階で最適人者を探したのだ。


■今でもその人には「押し付けて申し訳ないと思っている」と伝えると、『そう思ってくれているのなら、ありがたい』と言ってもらえる。

いろんな立場の人をまとめて運営するのは簡単ではない事は、充分に承知している。

だからこそ彼を選んだのだ。そして正解だった。

その彼が30年にも渡って、趣味の会を支えてくれている。

(見えない処で)筆舌にし難い苦労と忍耐を伴うと思うが、彼だからこそ出来た事だ。

30年目の今年、陰ながらエールと感謝の思いを届けたい。




【切手から知った国際情勢】

■私は、東アジア中心に世界50ヶ国の切手を集めていた。

切手収集会本部の理事長が親中派だったので、当然、中国切手が優先されていた。

当時(1980年頃)は、日中両国から毎年[友好切手]が発行されていて、今のような緊迫感は無かった頃だ。

このような(これは最近のもの)
h200812_seet.gif 


■そんな私が、中国切手から中国に対して異変を感じ始めたのは20年前だった。

一人で「中国は危険だ」と言っていたが、当時の誰もが聞く耳持たず。

「中国製=安い」が主流となり、身近なものは繊維製品からドンドン中国製になり始めた。


■ちなみに、日本の企業は人件費の安さを求めて、台湾 ⇒ 韓国 ⇒ 中国と移って行った。

殆どの人や企業が、『台湾・韓国でも安全だったから、中国も安全だろう』と思っていた。

私も、1970年以降の新中国の切手は完集していたほど、中国切手の進化を楽しんでいた。

もともと、東洋絵画文化が好きで、台湾・韓国・中国・他の切手を集めながら、次第に綺麗で精巧になって行く過程を楽しんでいた。

だから決して、中国嫌い、韓国嫌いでは無い。


■このように私は、世界各地の切手を見ながら、早くから「これからの中国は危険だ。中国進出はやめるべきだ」と言って来た。

・・まだ私が[幸福の科学]も知らない頃からだ。

当時の客の一人だけが、『あの人数が、日本と同じレベルになったら怖い』と、中国の台頭を真剣に怖れていた。




【切手から知ったパラオ】

■切手趣味の会が順調な頃、太平洋に独立国が出来た。

当時は、ミクロネシア連邦と呼ばれていた中の[マーシャル諸島とパラオ]だ。

一番切手と言うことで、FDC(First Day Cover:初日カバー)を買い、次々と発行される新切手を集めていた。

img_0_m.jpg 

1983年3月10日発行のパラオ郵政一番切手のFDCです。(“のびぃ”のブログさんより:無断リンク・画像コピー御免)
http://blogs.yahoo.co.jp/coolnobby777/12539523.html


正式な独立は、さらに10年後の1994年10月1日のようだ。
---------------------------------------------------------

パラオ(Wikipedia より)】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%82%AA

・1981年:自治政府の「パラオ共和国」が発足、憲法を発布。

・1982年:内政・外交権はパラオ。安全保障はアメリカ合衆国が担うものとし、アメリカ軍が駐留。
パラオとアメリカの自由連合盟約(コンパクト)に、両政府が合意。

・1983年:住民投票でコンパクトは否決。
これ以降、1990年まで7回の住民投票が行われたが全て否決された。

・1992年:住民投票の可決条件を緩和(75%から50%へ)する憲法改正のための住民投票が行われ、コンパクトを可決。
同時に行われた大統領選挙でクニオ・ナカムラが当選した。

・1993年:緩和された可決条件の下、8回目の住民投票でアメリカ合衆国とのコンパクトが承認された。

・1994年10月1日:コンパクトによる自由連合盟約国として独立し、国連による信託統治が終了。

・同年:国際連合に加盟。
信託統治領としては最後の独立となる。


現在でもパラオ国会では日系の政治家が強い影響力を持つなど、日本と歴史的に密接な繋がりを持つ国である。

インドネシアなどと共に世界一の親日国ともいわれる。

------------------------------------------------------------

■てっきり私は、この1983年にパラオは独立したものとばかり思っていた(汗)

これほど日本に身近な国の存在が、日本国民には知られていなかった。

確かに[ミクロネシア連邦]は知っている。

だが、その中のパラオ諸島が、日本に密接な国だとは知らなかった。

殆どの日本人達は、そうだと思う。


■パラオの切手を集めていた私は、下記の事も知っていた。

昭和天皇在位六十年記念切手無断発行事件(Wikipedia より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87%E5%9C%A8%E4%BD%8D%E5%85%AD%E5%8D%81%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%88%87%E6%89%8B%E7%84%A1%E6%96%AD%E7%99%BA%E8%A1%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

親日ゆえの出来事だと思う。


この頃には、パラオやマーシャル諸島の毎月のように発行される新切手に付いて行けず、収集はやめていた。

よもや、不完全独立国の切手とは思いもしなかったが(汗)


■この頃の切手には、外貨獲得目的の不流通切手が出回っていた。

1970年初期のアラブ首長国の切手は、日本国内で制作され、主に日本国内の収集家向けに販売されていた。

なぜか?アラビア半島の国が、日本の美術等々を切手にしていた。

そして本国では使えない、収集家向けに作られた不流通切手だ。

簡単に言えば、切手の形をした【シール】だ。

だが、今では、それ等の切手は承認されて高額になっている。




【それでも、ペリリュー島の出来事は何も知らなかった】

■そうした処から、パラオを知った私だが、今から見れば、ただの偶然とも思えない。

日本パラオ友好橋建設10周年記念切手(2012年1月25日発行)
Palauhashi8.jpg 

この中に描かれている【日本国旗とパラオ国旗に極似性】がある。

一目瞭然と思うが、私には太陽と月を表しているように思えた。

さらには、パラオ国旗の月の位置が変だ?

私には、日本に敬意を表して、ワザとズラしているように思えた。


ただ、それでも、【ペリリュー島の出来事】は、何も知らなかった。

知ったのは、つい最近の事だ(汗)

◆パラオ・ペリリューの戦い、守備隊長の霊言 「憎しみでは戦えない」(The Liberty Web より)
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9450

パラオ 

「知られざる激戦地ペリリュー島」~天皇陛下のパラオ慰霊に寄せて(You Tube より)
https://youtu.be/M4F_eGat5vA




驚いた。

こんな大事なことが、この歳になるまで【誰からも聞かされていなかった】。

そして、今なお、多くの人達は知らない。


1万人の日本兵に、1万人の米兵犠牲者を伴った戦いは、隠されていた。

知っていた人も、かなり居るとは思うが、なぜか?語ることはしなかった。

そして、ようやくNHKが取り上げたと思ったら、【悲惨さのみを強調している】。


■今回、【幸福の科学/大川総裁の中川州男大佐の霊言】に寄って、私が何十年と疑問に思っていた事の答えを頂いた。

ひとつは、まったく知らなかった(知らされなかった)[激戦地ペリリュー島]の出来事だ。

私とて戦後生まれであり、戦争当事者では無いが非常によく解かる。


こういう立派な人の存在を、日本政府はなぜ?教えないのか?

ま、ワザと言っている(書いている)のであって、友好国アメリカに配慮した裏事情は解らないでもない。

だが、この話はアメリカ側から出て来たと聞いている。

アメリカにとっても、日本は【善なる国】であり【正義の国家】だと、そろそろ認める頃かと思う。

アメリカがそれを認めると、原爆を落とした大義が無くなるが、そうした国家プライドは、【他国を蹴落として得るものでは無い】。

認めて謝った方が、よっぽど正義の大国だと言えるし、お互いの為だ。

日本は、いつまでもいつまでも謝罪要求はしない。

中川州男大佐の霊も言っている。

【憎しみでは戦えない】と。


今回、天皇・皇后陛下のパラオ訪問で、こうした事が明らかになった。

偉業を為した霊人はもちろんだが、両陛下もまた偉業を為された。


日本国民として、感謝と誇りに思います。

今日の日は忘れません。




【日本の戦争に大義は?】

■私は、明治維新以降の日本がした戦争の大義を見て来た。

[日清戦争]、[日露戦争]、[第1次世界大戦]、[大東亜戦争]のどれにも大義があった。

だが、【満州事変】だけは疑問が多く、いろんな人達に聞いたが明確な答えは頂けなかった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89


■後の盧溝橋(ろこうきょう)事件も同じだが、関東軍の大義無き自作自演と言う人達もいる。

もちろん『それは違う』と言う人もいて、【正確な事が解らない】まま、今日まで来た。


■この【幸福の科学/大川総裁の中川州男大佐の霊言】の中には、元関東軍だった中川州男大佐の霊が、答えをくれている。

中川州男大佐霊の話では、[満州事変]にも大義があった。

もちろん、戦争は好き好んでやるものでは無いので、大義無き戦争は、侵略戦争だと見なされても仕方ない。

今まで中国がやって来た戦い(チベット、東トルキスタン、内モンゴル、ベトナム等)、今から中国がやろうとしている事には【大義は無い】。


だが、日本は違う。

戦いは、大義あってこそだ。

中川大佐霊の言葉のように、大義ある人は「憎しみでは戦えない」

「護るべき人達、護るべき国家を、侵略国から護る」という大義があってこそ、戦える。

命を捨てられる。

年齢や時代は関係ない。

それがサムライ魂だ。




【相手の目を見て、表情の変化を見ながら、仏性に訴える】

■昨日、『株やれ株やれ(笑)』の人が来られた。

丁度、手元に【幸福の科学/大川総裁の中川州男大佐の霊言】があったので、「読んでみないか?」と手渡した。

そして、殆んど本とは関係ない話で、言い合いになった(笑)


「」は私、『』は相手(70代後半)、《》は妻。

『何の本だ?』

「パラオのペリリュー島の話だよ」

『パラオ?そんな所は知らんぞ』・・これが70代後半の男性の言葉だ。

「元、ミクロネシア連邦の国で、明日(4/8)天皇陛下が行かれる所だよ」

『そんな話は知らん』

・・とまぁ、最初からこんな事に(笑)

で、『アンタは、パソコンもインターネットも出来るのだから、株を勉強しろ』と(笑)

「興味ない」

『株が経済だぞ』

「んっ?」

『経済ってのはなぁ、株なんだぞ』

・・そこから、話がもつれてしまう(笑)


傍にいる妻までもが、話に割り込んで来るので・・。

「黙っとれ!」(汗)

そこから永遠と続く・・約2時間(笑)


そして、『そろそろ帰ろう。ジャマしたな』と、玄関へ。

妻に、「本を持って行ってくれ」と頼む。

《あの調子では、受け取ってもらえないわよ》

「いいから、渡してみろ」

《・・しょうがないわねぇ》と、不服顔(笑)

《あの、本を・・》

『おおっ!忘れてた。読ませてもらおう。ありがとう。おじゃましたね』

《○○さん、受け取ったよ?》

「当たり前だろうが」

《どうして?》

(あんなに2時間も言い争って、喜んで受け取るなんて信じられない)ようだ(笑)


「お前の話を止めたのは、お前が俺の話に乗って言い負かそうとしていたからだ。背を向けたまま背後からモノを言ってたからだ」

「俺は相手の目や表情を見ながら、相手の仏性に語り掛けていたんだ」

「無意味な時間に見えても、相手の為の時間だったんだ」

「もう2度と来るな!って言う方が楽だけどな(笑)。それは自分の為であり、相手の為じゃない」

「○○さんは、それが解かるから受け取ったんだ。あれだけ言い争った後だから、一生懸命読んでもらえるだろうよ」

《・・そう??》


■このように、「相手の目を見て、表情の変化を見ながら激論を交わす」のは、女性には理解が難しいかも知れない。

「喧嘩相手が友人になる」とは思わないかも知れない。

要は【本気度】だ。

真剣で向かって来た者には、真剣で立ち向かう。

そうした戦いの後には、【あとくされ】が無い。


中川州男大佐の霊だって、そうだろう。

お互いに全力で死闘を尽くした後には、敵味方を超えた相手への畏敬の念すら生まれるものだ。

当時のアメリカ兵達は、『俺達は、凄い戦いをした』と、そう思ったに違いない。

軍部の方針によって、この事実は隠されたようだが、いつまでも封印できるものでは無い。


今の日本の繁栄は、こうした人知れず母国を支えた人達の愛国心によって、もたらされている。

いつまでも過去を引きずり、相手を恨み続けることが、どれだけ自分自身を落とし込めるか。

今回ことを機に、本当の日米関係が築かれる事を願う。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ

関連記事
スポンサーサイト

Trackback [0] | Comment [4] | Category [社会問題] | 2015.04.08(Wed) PageTop

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



Comment

Private

 


感謝です。

映像を見て思った事は日本を、守る為に、命を捧げた英霊に尊敬致します。この英霊の戦いを、見て、悲惨な戦いとか無駄死にとか、言うのは、日本人として恥ずかしい心境です。この英霊達の戦いが、あるから、今日の日本があるのだと確信します。
しかし、現地の親日ぶりには、関心します。朝鮮半島の人々は、見習ってほしいものです。

2015.04.10(Fri) 23:26 | 東北の人です [URL] | 編集 | ▲PageTop

ドキドキしながら書き込みしてます!

只今、私初体験中(笑)
こうやってコメントするの初めてなんですよσ(゚ー^*)

一種の告白みたいで照れますが…
phoenixさんの言葉の選び方好きだなって思いました。

素直な言葉って印象でストレートに言葉が溶けこんで来るというか☆
単純にすごいなとも思いました(゜ー゜*)

私…もうずっと良い事なくて。。
自暴自棄までは行ってないんですけどほぼ近い状態で(汗)

だから思い切って連絡しました(*^_^*)
迷惑であればコメント即消してくださいね。

緊張しながらも楽しみにphoenixさんからの連絡待ってます(=^_^=)

2015.04.11(Sat) 14:11 | いちごみるく [URL] | 編集 | ▲PageTop

No title

東北の人 さま

おっしゃる通りです。

「自分が、自分達が盾になって、本土への攻撃を少しでも遅らせる」の強い意志が無ければ、出来るものではありません。

【ペリリュー島の民間人は本当へ移した】は、まさに日本人ゆえです。
他国なら、最前線に立たせるでしょうね。


そんな日本人を貶める中韓に向けて、私は書いています。

【南京大虐殺】も【従軍慰安婦】も、100%、いや1000%無かったと。

有りもしないデタラメを、ユネスコ記憶遺産にしようとするなんて、ふざけるな!って。


もともと、文化的には好きな国だったので、今の両国が残念でたまりません。


それにしても、パラオの人達の歓迎ぶりを見て、熱いものを感じますね。

私が小学生の頃には、皇太子殿下(現天皇陛下)の歓迎で[日の丸旗]をちぎれるほど振ったことがあります。
ちょうど、あんな感じで思い出してしまいましたよ ^ ^

2015.04.12(Sun) 02:44 | phoenix [URL] | 編集 | ▲PageTop

No title

いちごみるく さん

緊張されなくても大丈夫ですから ^ ^

でも、お気持ちは非常によく分かります。
私も同じでしたからね ^ ^

昔、ネット・サーフィンやってて、「悩みの人生相談場」へ飛び込んだのです(汗)
「へえ、こんな所があるのか」と、一人の男性の悩みにレスをしたのですね。
翌朝パソコンを開くのが怖くって(笑)

で、男性からの『目が醒めました。ありがとう』と丁寧な言葉に触れて、(こういう場所で自分を磨いてみよう)と思いました。
1年の予定でしたが、10年以上に(笑)

10年、いや15年も、いろんな人達の悩みを聞いて(見て)来ましたのでね。
おそらく、その時期に、(自分では分かりませんが)何等かの手法を覚えたのかと思います。

読まれたらお分かりになるかと思いますが、文語体ではなく口語体の[話しかけ口調]で書いています。
そして、なるべく【1行1節】になるように書いています。
それが、私のやり方です ^ ^


■『ずっと良い事なくて』って、当時の悩み相談場でよく見た言葉ですが・・。
どうか、自暴自棄にならないで下さいね。

私だって、普通に見たら「良いとこなし人生」ですよ ^ ^
ただ私は、自分の人生を大切にして来ました。

ドン底人生から立ち上がる日を夢見て、描いて、【一歩前進できた】事を喜んで来ました。
水前寺清子さんの『3歩進んで2歩下がる』って歌があります。
前進・後退・・どんな事があっても差し引き【一歩進む】ことが、私の喜びでした。

もっと言えば、【楽しみ】でした。
私は私なりの人生を、楽しんで来ました。

それは、厚遇・不遇の時でも同じです。
むしろ、厚遇・好調時に、目標を見失って心が苦しんでいましたね。

私は、昨日も、今日も、明日も、明後日も、その次も【同じ】状態に置かれると、心が苦しむのですよ。
解かりやすく言えば、定年して家でゴロゴロしているのが楽しみでも、
イザ、その状態に置かれれば、私の心は苦しむのですね ^ ^

だから私の人生も大波人生だったのでしょうね(汗)
ただ、見た目には『何も苦労していないお坊っちゃん』に見えるようです(笑)

それがまた、嬉しいのですよ。
私が中学時代に描いた40歳の自分は、「笑顔が似合う大人」でしたのでね。
苦虫を噛み潰したような大人には、なりたくなかったのです ^ ^

その意味では、自己実現していると思いますし、それも喜びです。
そうした些細なことでも、【目標に近付いた】と喜べる私なのですね ^ ^


■そして、私の特徴は、【(自分の)幸・不幸を、他人と比較しない】ところにあるかと思います。
羨ましくないのですよ ^ ^

それは、私の中に「俺だって、あの程度の事だったら出来る」と言う、自信めいたものがあるからかも知れません。
何も根拠もないのに(汗)

それは【時間軸】で、ものごとを見ているからかも知れません。
「今に見ていろ俺だって」精神です(笑)

それ等は、私の環境も当然ですが、【偉人達の生涯を見ながら生きて来た】からかも知れません。
「あの人のようにはなれないけど、少しでも近付きたい」と、常に目標があったのですね。


■ま、そんな私ですが、【休む時には、徹底して休む】ことはしていました。
毎日毎日、沢山の人と逢う仕事でしたので、【誰にもジャマされない時間】を作っていました ^ ^
殆んど音楽を聴いていましたけどね ^ ^

それは家庭でも同じです。
自営業ですから、妻とも1日中顔を合わせるわけでしてね(笑)
お互いを拘束しない時間と空間を作っていました。


■世の中、不幸の種は沢山落ちていますが、幸せの種もまた落ちているのですけどね ^ ^
どちらの種に目が行くかで、得られる喜びも違うと思います。

少なくとも私は、どんな環境に置かれても、そのように生きて来たと思います。
この【小さな喜びの積み重ね】が、いつのまにか自分自身の糧になり、自信になったように思います。


長くなりましたから、このあたりまでにしますが、【今、命ある自分に感謝】ができるようになられると良いですね ^ ^

私のように、何度も「命を拾った」者にとっては、「手が動く!足が動く!水が飲める!食事が出来る!」・・、
そんな当たり前のことすら出来ない時期がありましたので、それだけで感謝なのですよ ^ ^

2015.04.12(Sun) 02:45 | phoenix [URL] | 編集 | ▲PageTop

 アルバム
 最新記事一覧(サムネイル画像付き)
◆【さまざまな人生模様】素晴らしい二人の体育教師 Apr 28, 2017
◆【無から有へ】何も無い処から、生み出す・創りだす面白さ Apr 27, 2017
◆【礼、智、 信、義、勇、仁、徳】仏の智慧で世界を救い導け。正義を貫き、不義に妥協することなかれ。 Apr 26, 2017
◆【目は心の窓】個性さまざま、放ち放たれた言葉 Apr 25, 2017
◆【正論、必ずしも正義ならず】義憤としての冷静な怒り Apr 24, 2017
◆【知は力】失敗を反省し、繰り返さないことの大切さ Apr 23, 2017
◆【幸福の科学:緊急霊言】追い詰められた金正恩守護霊、トランプ氏に挑発メッセージ Apr 21, 2017
◆【病原菌の正体】新型インフルエンザに思う Apr 20, 2017
◆【反省と感謝】暴風雨人生から立ち直るには反省と感謝が絶対不可欠。常態化すれば上昇階段が現れるだろう。 Apr 19, 2017
◆【身辺に起きた奇跡現象】私の身辺に起きた本当の話の数々(3) Apr 18, 2017
◆【身辺に起きた奇跡現象】私の身辺に起きた本当の話の数々(2)。 Apr 17, 2017
◆【国民の生命を護ろう!】核・水爆・EMP・生物・化学兵器に、何等の抑止力を持たない日本国 Apr 16, 2017
◆【若き頃のバイタリティは素晴らしい】大学時と共産主義者との出逢い Apr 16, 2017
◆【北朝鮮危機】今こそ日本人の本物の信仰心の試される時 Apr 15, 2017
◆【身辺に起きた奇跡現象】私の身辺に起きた本当の話の数々。 Apr 15, 2017
◆【雨・風・雷・台風】偶然にしては、あまりにも・・ Apr 14, 2017
◆【不思議な出来事】ネットで起きた実話、夢の中で見た真実、信じられないような話・・ Apr 14, 2017
◆【驚きと得心】本物の宗教に出逢えた喜びを、体験談として少しだけ Apr 13, 2017
◆【天国vs地獄は、信仰心vs無神論・唯物論】日本国家を救えるのは無神論者・唯物論者では無い。信仰心溢れる人達こそが日本を救い世界を導く Apr 12, 2017
◆【天国vs地獄】幸福の科学に出逢えて良かった!嘘偽りの無い本当の話 Apr 12, 2017
◆「幸福の科学」の教えには人類普遍の法則が説かれている Apr 12, 2017
◆【奇病】明るい心は光と、暗い心は闇と、波長は同通する Apr 11, 2017
◆【永遠なる魂と本物の真理】創価学会員の義叔母が亡くなった。晩年の義叔母は[幸福の科学の生命の法]を大絶賛し近所の人達に見せていた。 Apr 11, 2017
◆【人生の王道】人生の終末期に起きること Apr 11, 2017
◆【10年前の私的政治思考】選択の自由には責任が伴う(2008年:幸福実現党始動前のブログ) Apr 10, 2017
◆まずは、自らを高める Apr 10, 2017
◆【信仰心は未来を見る力】何を信じて、何と縁を持つかで未来が変わり、この世の生き方で還る場所が違う。 Apr 10, 2017
◆【未来は光か闇か】光は放射する事で闇を打ち消すが闇を放射して光を消す事は出来ない。光を取るのか?闇を取るのか? Apr 09, 2017
◆【愛のテーブル】愛は光。光の放射で闇は消えるが、闇を放射しても光は消えない。 Apr 09, 2017
◆【核より怖いEMP】日本は抑止力として持つべきだろう Apr 09, 2017
◆【核より怖いEMP】日本は抑止力として持つべきだろう Apr 09, 2017
◆【自殺は悪】自殺してはいけない本当の理由 Apr 09, 2017
◆無用の用 Apr 08, 2017
◆悪にも「為す悪と為さぬ悪」があります Apr 08, 2017
◆【自殺しないでください】天上界から見たら、自殺も他殺も同じです Apr 07, 2017
◆【My Life】仮面の母 Apr 07, 2017
◆【My Life】父の死 Apr 06, 2017
◆【病魔との戦い】大量の病気、絶対治らないと言われた病気まで、全部治った! Apr 05, 2017
◆【人生相談】うつ病の母との葛藤の中、自分も同じ病に Apr 04, 2017
◆【祈願(前)の奇跡】母の極度の痴呆が、瞬時に治った。 Apr 03, 2017
◆【自分記】神さまの子? Apr 03, 2017
◆【My Life】人ありてこそ我あり Apr 02, 2017
◆【祈願】への疑問。その仕組を知り得心。 Apr 02, 2017
◆【田布施システムは嘘!】血筋より志(こころざし)(過去記事移動 + 加筆) Apr 01, 2017
◆【国防はどうした!】北に核ミサイルを撃たせるな!半島情勢の今と今後は? Mar 22, 2017
◆【未熟な現代科学】知ってるつもりの現在の科学文明、そして未来。 Mar 15, 2017
◆【公教育の質を問う】学校、先生、PTAって? Mar 14, 2017
◆【真なる改革者は在野から】既存地位のある者の中から、真の改革者は生まれていない。 Mar 13, 2017
◆【日本は世界平和貢献国】東洋と西洋の文化の交わる地、日本を思う。 Mar 12, 2017
◆【苦と霊的人生観】苦を試練として受け止めよう Mar 11, 2017
 全記事表示リンク
 【展開可能な】ツリーカテゴリ表示
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m