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◆【簡略自作の和製フォーク史】私にとっての吉田拓郎氏。


◆吉田拓郎 「報道ステーション」 出演!
https://youtu.be/QDs2V3RkXxc



■私は1950年代からのアメリカン・フォークを聴いて来たので、拓郎氏ご自身が言われているように、1960年代のフォークとは違うと思っています。

あえて言えば、フォーク&ポップスでしょうかね。


■ロシアン・フォークはロシア民謡なので、日本のフォークは直訳すれば日本民謡(笑)

♪エンヤー、会津磐梯山は宝の山よ♪・・の世界です(笑)

私は好きですけどね(笑)




■1965年頃、P.P.M.、ブラザース・フォア、キングストン・トリオ達の影響で、日本でもフォークが唄われるようになりました。

日本最初のフォークと言われているのが、マイク真木さんの[バラが咲いた]です。

浜口庫之助さんの作曲で、大ヒットして、後の子供達の音楽の教科書にも載りました。

ただ私としては、歌謡曲をフォーク調にした感は、ありますね。

結構、ギターで弾き語っていたのですけどね(笑)


この頃のフォークが、【カレッジ・フォーク】と呼ばれたものです。

この広い野原いっぱい(森山良子)、若者たち・星に祈りを(ブロードサイド・フォー)等、後世に残るヒット曲が数多く出ました。




■少し遅れて、ボブ・ディランやジョーン・バエズ等に触発された【反戦フォーク】が出て来ました。

別名【関西フォーク】と呼ばれたように、関西のフォーク歌手達が好んで歌っていたのが『ベトナム戦争反対!』を掲げる反戦フォークでした。

岡林信康氏を筆頭に、多くの反戦フォーク歌手が登場しました。

彼等の特徴は、『ワシ等の歌で世の中を変えてやる』ようなメッセージ性の強いものでした。

時代としては『70年安保反対!』の学生運動が盛んな頃で、平和日本の中で『アメリカの戦争反対!』を叫ぶ者達と共に現われたフォークです。

マイナーな分野を好み、自ら【アングラ・フォーク】と名乗る人達も居ましたね。

後世に残る名曲は・・、あるかも知れませんが、私の中では思い浮かびません。

・・思い浮かばなくても、何十曲と知ってたりして(笑)


あえて言うならば、杉田一郎氏の[戦争を知らない子供たち]かも知れませんね。

でも、最初は、学生向けの[カレッジ・フォーク]だったのですけどね。。

「いつのまに!」って感じです。




その後に出て来たのが、吉田拓郎氏です。

ハーモニカ&ギターでしたので、「おおっ!和製ボブ・ディランが出て来たぞ」が、私の第一印象でした。

実際、[イメージの詩]で『これこそはと信じれるものが、この世にあるだろうか?』と唄う歌詞と姿は、ボブ・ディラン調でしたね。

歌詞内容からすると、「自分の心を素直に唄う」面を持ち、強いメッセージ性は持ってはいましたが、ヒステリックなものではありませんでした。


■すでに[カレッジ・フォーク]でも無く、[反戦フォーク or アングラ・フォーク]でも無く、独特のオリジナル世界を持った新フォーク歌手の登場でした。

それが新鮮に受け止められて、吉田拓郎というフォーク・シンガー独自の世界が拡がりました。

なんたって、【自分に素直】なのですよ、良くも悪くも(笑)

なにせ、LP片面の殆どが『人間なんてラララ』ですからね(笑)

何言いたいのか、ワカリマセン(笑)

でも、共感する。

それが、吉田拓郎氏です。


■吉田拓郎氏は、今でも私の大好きなフォーク・シンガーです。

いや、彼自身も言っているように、本当にフォーク・シンガーなのかな(笑)

何にせよ、一種の天才であることは、確かでしょうね。




■その後、【四畳半フォーク】と呼ばれた、南こうせつとかぐや姫がTVヒットするようになります。

この、南こうせつとかぐや姫は『フォーク・シンガーはコンサートが命。TVには出ない』と言う風潮をブッ壊した人達です(笑)

やがて、五つの赤い風船、さだまさし、赤い鳥、シモンズ、チェリッシュ、イルカ等々、フォークがポップス化して【お茶の間フォーク】へと変わりました。


■こうした中から、数多くの珠玉の名曲も生まれました。

あの頃の、吉田拓郎氏がやんちゃな頃(笑)が、フォークの全盛期だったのかも知れませんね。



■その吉田拓郎氏が、病魔に侵されて闘病生活に入っていたとは知らず、初めてTVで見た姿には、大変なショックを受けました。

『ボクの髪が肩まで伸びて・・』の彼の髪は消えて、そこに居る人は別人でした。

「まさか」、「ウソだろう・・」が、私の頭の中で飛び交いました。


■その後も、『これが最後のステージ』を相変わらず言ってた拓郎氏でしたが。。

あるステージの終わりに、深々とお辞儀をして、いつまで経っても頭を上げない彼を見て、彼の心が伝わって来たような気がしました。

人間:吉田拓郎を見た瞬間でもありましたね。

私は、「これが、吉田拓郎氏の最後のステージだろうな」と、思ったものです。

おそらく吉田拓郎氏にとっては、常に本音で『これが最後のステージ』だったのでしょう。

その後は、しばらくは見ることも無く、「元気でいてくれれば良いが」と、事あるごとに思っていました。


■だけどもそこは、やはり吉田拓郎氏。

立派に裏切ってくれますね(笑)

You Tube 見れば、活動してるし(笑)

体型も若い頃と変わらずなので、嬉しいやら、(自分と比較して)複雑やら(笑)


でも、良かった。

本音で嬉しいです。


■彼と私は年齢も近く、話せるものならじっくりと語り合いたいですね。

彼に聞きたいのは、「[結婚しようよ]のような大衆ポップスを作って唄っていた時の気分は、どうだったのか」と(笑)

当時の私から見て、もの凄い不釣り合いでしたから(マジで)


■でも、大好きな歌なのですけどね(笑)

当時は、一生懸命弾き語りしていたものです。

今、妻の前で唄ったら、『ちゃんと結婚してるじゃないのよ』と、言われそうですが(笑)




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