◆動画、等(クリックされればリンク先に行きます)
動画
リンク       
 ◆1つでもよいです。応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

◆【若き頃のバイタリティは素晴らしいものだ】大学時と共産主義者との出逢い。


私は団塊の世代の人間だ。第一次ベビーブームの真っ只中で産まれ育った。

いろんなタイプの人間が居るのが面白くもある。




若くして会社を守る立場になった私は、簿記とソロバンを覚える必要があった。

理系大に進みたかったのだが、その道は閉ざされた。

大学進学は諦めていたが応援に戻った男が多く、急遽私は夜間の大学へ行った。


■当時の大学面接の試験官(数学教授)が言った。

『おお君が○○君か、数ⅡBを選考したのは君だけだ』と、珍しそうに見ている(笑)

本当は数Ⅲを受けたかったのだが、受験科目に無かったのだ。

商業大学とはそんなものなのかと、少しばかり落胆したものだった(笑)




その大学の1年の時、後期の試験で必須科目の民法を落としてしまった。

困った。1日でも早く帰らなければならないのに、1年間長引いてしまう。

私は意を決して、教授の部屋に乗り込んだ。

文面からは強そうな私に見えるかも知れないが、私はそんなに強い男では無い。

だけども必死で食い下がった。本当に必死だった。


いくら頼み込んで来ても成績には変更は無いぞ』

「僕は点を上げてくださいとお願いに来ては居ません。追試をしてください」

『私は追試は絶対にしない。来年1年、再勉強をしたらいいだろう』

「僕には、その時間が無いのです」

『成績が悪ければ仕方が無いだろう』

「設問を間違えて答えてしまいました。勉強はしています。どうか追試をして下さい」

・・教授は私の答案(論文)を取り出して読み始めた。

『・・う~ん。君は私の授業をよく聞いてくれているのだな。答えは完璧だが・・。問いを、勘違いしてしまったのか・・』


■そうやって1時間以上、追試をしてくださいと座り込んで粘ったが、NOという返事だった。

その日は、落胆を隠せないまま帰った。

・・が、翌日、学校に行くと、「○月○日民法の追試を行なう」と掲示板に公告されているではないか!

頑固な教授だったが誠意は通じたのだ。嬉しいってものでは無かった。

「ありがとうございます」で、心は一杯だった。

追試は最初の試験と同じ問題だったので、不可から優になった(笑)


この時の粘り腰は、自分でも大したものだったと思って居る。

授業は真面目に受けていたし、本気で学んでいた努力も認められたのかとも思う。

余談ながら、このおこぼれにあずかった学生は半端な数では無かった。追試の試験場でハチ合わせた人数の多いこと多いこと(笑)

何人の人間が救われただろう。私は人助けをしたのだった(爆)

その教授には、自らの信念を変えてまで、私に対座してもらった事に、今なお感謝の念で一杯だ。




同じ大学生の頃、日本中が70年安保で大騒動だったことがある。

私も学生集会に参加した。・・では無い。言葉は正確に。連れて行かれた!(笑)

安保粉砕、革マル、ゲバ棒、火炎瓶、闘争・・が象徴的な言葉の時代であった。(ちなみにゲバ棒のゲバは、当時の共産主義革命家チェ・ゲバラから来ている)

私の連れて行かれたところの連中はブッそうな奴らは居なかった。

・・が、何やらワカラン難しいことを言っている(笑)

マルクス、レーニンがどうだの、共産主義がどうだとか、サッパリ興味が無い(笑)

座卓も円卓だ、上下の関係は無く平等にということか?

とにかく、どうでもいいから早く終わってくれよと、円卓ばかりを眺めて全く別の事を考えていた。


すると、『○○君!君は何も喋らないが?何か意見でもありませんか?』 と、突然!私に振って来た!

「何も喋る気にならんし、俺にはお前らの言っている意味さえワカランのだぞ!」(もっとも、解ろうともしないのが本音だが・・)

「俺は商売屋の息子だぞ、お前らの言う平等論は机上の空論にしか聞こえん」

「お前らの言う、上に立つヤツ、なんだっけ?ブルジョアか。お前等がその立場に居ないから批判するのだろうが、ヒガミじゃ無いのか?」

・・まあ、何やら目一杯反撃の言葉の嵐だった(汗)

「悪いけどなぁ、俺は苦学生で働いて勉強している身だぞ」

「お前等みたいに仕送りに頼って理論漬けの毎日じゃないのでなぁ、明日のパンが大事なんだぞ!解るか!」


「お前ら、本気で平等を唱えるなら、俺にパンを運んでみろよ!」

・・とたんに会場は静かになった(笑)




■私は、その数時間の間、彼らの話は殆ど聞いて居なかった。

円卓を見ている間に、円から想像を膨らませて、今で言うメビウスリングを考えていた。

円周の外と内と別々だが、これをネジらせるとどうなるのだろうか・・とか(笑)

その話を少しだけしたら、『変わった発想をするな』と、一人の男が興味を示した。

それが、今なお親友である、Oだった。


■月日は流れ、私はOに言った。

「あの会議は一体何だったんだ?お前、まるで別の方向に生きて居るじゃないか」

『若気の至り、若気の至り、そういう時期もあったよな』と、穏やかに笑っている。


「ところで、誰だっけ?太宰治にかぶれてフー太郎で死んでしまった奴が言っていた、お前も言っていたぞ。えっ~と・・」

『ニーチェのことか、神は死んだと言った・・』

「そう!それ!お前、本気でそう思っていたのか?」

『当時少しはな、今は違うぞ、だけど、お前のメビウスリング理論には驚いたわ』

「知っていて喋ったのじゃないってところがスゴイだろ(笑)」

『とにかく昔からお前は変わったこと言う奴だ』(・・おいおい)




中学時代に、この友人と一緒に美術の写生をしたことがある。

いとも簡単にデッサンし時間内に仕上げて、しかも上手い!いつも掲示板に張り出されていた。

私はと云えば、それはそれは無惨なもの(汗)


■その友人、大学2年の後半頃、いつの間にか消えてしまった!消息不明!

商業高校、商業大学と歩んで来たが、途中で美大に行ったらしい。

やはり、才能がそうさせるのだろう。


やがて地元に帰って来たことで知ったわけだが・・。

私は嬉しかったが、考えてみると地方に埋もれさせて置くには惜しい男だった。


■あと数年で定年を迎えるが・・。

先日、「辞められるものなら今すぐにでも辞めたい」と漏らしていた。・・本音だろう。

彼のしたいことは解っている。自由な創造だ。

依頼を受けて作らされるのでは無く、思うがままに創りたいのだろう。

思えば、俺が美術や音楽への興味を持てたのも、お前が居たからこそだな。
 
ありがとうよ。




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
関連記事
スポンサーサイト

Trackback [1] | Comment [2] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2006.02.21(Tue) PageTop

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

【平成松下村塾】-松蔭と共に幸福実現党を応援 - 若き頃のバイタリティは素晴らしいものだ

【平成松下村塾】-松蔭と共に幸福実現党を応援 - 若き頃のバイタリティは素晴らしいものだ

2012.02.08(Wed) 02:15 | 【平成松下村塾】-松蔭と共に幸福実現党を応援 | ▲PageTop



Comment

Private

 


ぐふ

面白かった(笑)

2006.02.22(Wed) 20:46 | meacy [URL] | 編集 | ▲PageTop

いつもありがとう
面白いって?(笑)
そうなんだよねえ・・落第寸前(汗)
根性で乗り切りました(爆)

2006.02.24(Fri) 16:14 | seiya [URL] | 編集 | ▲PageTop

 最近の記事
 全記事表示リンク
 検索フォーム
 QRコード
QR
 カテゴリ
 最新トラックバック
 メールフォーム
返事は遅くなるかも知れませんが、管理人に用件がある場合のみ、こちらをお使い下さい。

名前:
メール:
件名:
本文: