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◆【自分記:第1回】お坊ちゃんから奈落の底へ


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年11月19日のブログより。



【転げ苦しむ父】

昭和40年8月20日の昼過ぎ。

父親が、「痛い!痛い!」と、激しく転げ回っていた。


「どうした!父さん!」と、大声で叫び、力尽くで押さえる私をはねのけて、畳の上を転げ回る父親。

ただ事では無かった。

見たことの無い父親の姿に驚愕する。



■だが、とんでもない非常事態なのに、家の中には母親の姿は無かった。

父が、こんなに苦しんでいるのに、母はどこに居るのか!



■近所の親戚T家に助けを求めて走った。

「おじさん!助けて!親父が苦しんでる!病院に連れて行ってよ!」

『なんだと!』

叔父は、すぐに車を出して駆け付けてくれた。



■T家に行く途中で、母親と近所のおばさん達が井戸端会議をしていた。

「何してるんだよ!親父が苦しんでるんだよ!すぐに帰ってよ!」


だが、私の必死の叫びは、母親達には伝わらなかった。

母親は、「息子が、なにやら騒いでいるから、帰るね」と、軽く思っていたようだ。



T家の叔父と一緒に帰ってみると、父親の姿は無かった?


「親父は?」

「ひとりでM病院に行ったよ」と、のんびりと話す母親。

「あの状態で、ひとりで行かせたの!無茶だ!」


私は、母親の現状認識に怒りすら憶えた。



■グスグズしてはいられない。

「叔父さん!M病院に連れて行って!」

「よし!」


私と叔父の慌てようを見て、始めて母親も異変に気付いたようだった。


だが、軽トラックなので二人しか乗れない。私達は母親を置いてM病院に駆け付けた。

父親は、すでに個室に入院していて、点滴を受けていた。

転げ回るような痛みは無いようだった。

一安心だった。



母親もタクシーで駆け付けて、やっと現状が分かったようだ。

叔父は入院用具を揃えてくれて、親戚中に電話をしてくれたようだ。ゾロゾロと親戚の者達が駆け付けてくれた。


だが、その時にはまだ、父が死に至る病だとは、誰もが思っていなかった。


病室から、父親の状態の説明を受ける母親の姿が見えていた。

・・が、母親が泣いている?



■薬剤師をしているM家の叔父が、それを見ながら静かに言った。

泣いている母親を指しながら、「Yちゃん、お父さんの病気は、あの通りなんだよ。命に関わる心筋梗塞という病気なんだよ。覚悟してくれと。


父も、このM叔父も、軍医だったので、共に病気には詳しかった。

だけども、母親が泣いている姿を見ても、M叔父の言葉を聞いても、とても私には実感が湧かない。




■その後は、M伯母(父の姉)が中心になって、24時間体制の看病が始まった。

当然私も、学校が夏休みだったので、殆ど病室と家を自転車で往復する日々が続いた。


父親は忍耐強い人なので、痛みを我慢していたのか、笑顔で会話も出来るまで回復していた。(ように見えていた)

父親が、御見舞いのバナナを取って隠す姿を見て、M伯母は「あんなにバナナが欲しいのかね」と言っていたが、私には父親のイタズラだと分かる。


自らが瀕死状態にありながらも、そうやって私達を和ごませてくれる。

・・そんな父親だったのだ。



■私は朝から晩まで父親に付き添い、夜には家に帰っていた。

私が自宅に帰ると、夜には中学生の弟・妹の為に、近所のいとこ(女性)達が泊まりに来てくれていた。

そんな風景から見ても、私は父親は治るものとばかり思っていたし、実際に容態は安定していた。

回復しているとばかり思っていた。




【急変】

同年8月29日の昼過ぎ。

父親の容態が急変した。


おかしい。

朝は、とても元気だったのに・・。


父親の顔から赤みが消えて、手足が冷たくなり始め、会話も出来なくなっている。

私は、父親のベットに上がり、ドンドン冷たくなる父親の手足を、必死でマッサージしていた。


「親父!どうした!返事しろ!」


「なぜだ!朝は、あんなに元気だったのに!」


私は、まだ、父親が死ぬとは全く思ってもいなかったのだ。


弟と妹も駆け付けて、きょうだい3人で父親の手足をマッサージし続けていた。


私達のその姿を見て、看護婦さんも泣いていた。

その時の看護婦さんは、私達の姿を見て、「看護婦をやめたくなった」と言われたようだ。


だが私は、なんとかして父親の手足を温かくしようと、他には何も考えられなかった。

そんな病院内の私達は知らなかったが、「父親が危篤」と、親族や近所の人達には伝えられていたようだ。





同年8月30日の早朝。

半日間、マッサージしても、しても、冷たくなる一方の父親の手足。


「なぜだ!どうして温かくならないんだ!」と叫びながらも、父の回復を信じていた。


そして、医者が「ご臨終です」と言ったトタンに全員が泣き崩れたが、私だけは唖然としたままで、現実を受け入れることが出来なかった。


父の体が、看護婦さん達の手で拭かれ清められる姿を見て、やっと私は父の死を悟った。

涙も出なかった。



■父の遺体を車に乗せて自宅に付くと、
自宅の前の道路は、人・人・人で一杯だった。

泣き崩れる母親を抱えるように降りた私は、その人達に一礼をすると、全員が礼をされて、泣き出された。



■後から分かったことだが、父親は、8月29日の昼前後に、月末の手形決済に付いて広島の取引先に電話をしていたようだ。


いつも誰かが傍に居たのだが、母親が配膳を下げに行った隙に、私も伯母も家に帰って居た時に、誰も居ない時間があったようだ。


その隙を狙って、父親は病室を抜け出して電話を掛けていた。


自営業の辛いところで、父親は月末の手形決済が気になって仕方が無かったのだろう。

何とかしようとして、病室から歩いた為に命を落とすことになってしまった。


もっとも、当時の医療では、心筋梗塞の殆どは助からなかったので、結果は同じになったかと思う。



ちなみに私も、父親と同じ心筋梗塞をしている。

それも父親と同じ8月20日に。

40年の歳月は同じ病気でも生死を分けるものとなった。





同年9月1日。

父親の葬儀は慌ただしく始まり、慌ただしく終わった。

何もかもが産まれて初めての経験だった。


母親は、ただただ泣き崩れるだけで、親としての役目は、まったく出来なかった。




■祖母は気丈な人だが、
「私と代わってあげたい」と涙する。

「そんなこと考えないでよ!」と、私と祖母は抱き合いながら泣いていた。


そんな中でも、中2の弟は、父親の煙を見ながら「早く焼けないかな、早く焼けないかな」と無邪気にはしゃいでいる。

(こいつ、何を考えてるんだ)と、無性に怒りが込み上げて来た。



■私には、父亡き後のことを考えると、母親のように泣き崩れる余裕も、弟のように無邪気にはしゃぐ余裕も無かった。

残された家族は、多重人格で、ヒステリーパニックを起こし、プレッシャーに弱い母親。

幼い中2の弟と中1の妹。

そして母親と険悪な仲の耳の聞こえない祖母。

そして私の5人。



■当時、高2の私が喪主で会葬者達に挨拶をした時、多くの人達が泣いて居られたのを憶えている。

16歳で喪主として務める私の姿を見て、「あんなに悲しい葬式は無かった」と、後から近所の人達から聞かされた。





ここまで見ると、【気丈】な私のように見えると思うが、違う。

それまでの私は、小5から軽ノイローゼ状態で、勉強もまともに手が着かないほど、いろんな恐怖を持っていたのだ。

ただ、そんな状態でありながらも、人並み以上の成績を残していたので、誰も理解してくれずに一人で苦しんでいた。

何年間も。



■ただ不思議なのが、そんなノイローゼ状態の私が【窮地】に立たされた時には、いつも冷静になっていたことだ。

周囲が慌てふためく中でも、集団パニック状態の中でも、不思議に冷静な私が居た。



■父親が亡くなった時もそうだった。

父の帰りを待ってくれていた人達に、一礼、お辞儀をする私が居た。

長男としての責任感だと思うが、私自身もよく分からない。

母親はもう、どうしようもないほど限界状態で、
すべての事は私がやるしか無かった。



■当時は自宅での葬儀だったので、花輪も道一杯に並んで居たとの事だが、高校生の私には、そんなところまで気が回らなかった。

ただ、残された参列者名簿を見ると、20冊程度あるで相当な数だと分かる。

(父親は、こんなにも多くの人達に惜しまれながら去ったのか・・)と思うと、今でも感無量になる。



そして、それから地獄の日々が訪れることになる・・。





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