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◆【自分記:第3回】人生横臥の時、そして再び


 
 【過去記事移動】 過去、このブログに書いている中で、今でも使えそうな話を移動します。 - 2013年11月22日のブログより。



【松山へ】

故郷に家族を置いて、未知の地、松山に行くことには後ろ髪を引かれる思いだった。

だが、男が余っているから大学へ行けと言われたら、そうするしかない。

松山商科短期大学の夜間部に行くことにして、1年目は本屋で働いた。

そして、その本屋も、潰れたのか止めたのかは解らないが、松山労働金庫内にある働組合事務所が兼務する本屋に移籍した。



■配達先は、県庁、市役所、国立・県立・赤十字病院、等々、松山城山周辺をグルリと回り、それぞれの所で働いている個人に本を届けていた。

自転車の後には、オレンジ色の硬く大きな箱をくくりつけ、レベータも無い役所の階段を昇り降りる毎日。

何十㎏あるか解からないが、人を1人乗せているほど重くて、重労働もいいところだった。


本来は3人が分担して配達していたのに、2人がやめて、私1人で配達をしていたのだ。

「とても1人では無理です」と言えば良いのに、3人分を1人でやっていた。

我ながら、ほんとうに馬鹿正直だと思う(笑)


だから、最初の内は疲れ切って夜学に行くと、眠りこけてしまうことも度々だった。

そんな状態でも、松山では、【山口での暮らし】を忘れる事が出来るほど、仕事はキツクても、気が楽だった。




【松山日赤】

翌年は、松山赤十字病院に移籍して、待遇も良かったので、余裕ある生活になった。

下駄履きで大街道を闊歩し(笑)、道後温泉の裏にある公園で野球をやっていた。

松山赤十字病院に代わったら、大変な余裕が出来たのだ。


仕事は、1時間に2回、10の病棟周りをする[メッセンジャー]という雑用だったが、私は1時間掛かる仕事を30分で終わらせていた。

だから、半日働いて、1日分の給料をもらうようなものだった(汗)

天国だ(笑)

病院だけあって看護婦、准看、看護学生、他、ほぼ女性の職場だったので、男性の私はもてはやされた(ほんとかな(笑))


20050316-1.jpg


■冗談ではなく、その気になれば、そうした事も可能だったと思うが、生真面目な私は、彼女を作る事が出来なかった、しなかった。

(山口へ連れて帰るわけにはいかない)という重圧が、重く重くのし掛かり、青春真っ只中に居るはずの私を、私自身が押さえ、遠ざけていた。

だから、色良い話しはナッシング(笑)


だけども、病院内では人気者ではあったと思う。勝手に(笑)

(ほんとうに、どこまで責任感が強いのだろう・・と、自分で書いていて思う)



ただ、この地味な2年間でも、多くの人達との【縁】は出来た。

労働組合事務所の本屋を止める時も、1年未満のアルバイトにしては異例の記念品を沢山頂いた。

県庁等の配達先で仲良くなった人達も大勢いた。


そうした人達の縁で、松山赤十字病院で働き始めたのだが、ここでもまた、多くの人達と純粋な縁を頂いた。


こちらも辞める時には、驚くほどの人達から、いろんなものを頂いた。

ラブレターも(笑)

・・は、違うが、大量の手紙や年賀状は、みかん箱一杯になっていた。

今思い出しても、私は、ほんとうに幸せ者だと思う。




【入院】

そうして、病院を辞める時、多くの餞別を頂きながら、私は病院に入院しなければいけなくなった。

・・照れくさいやら、バツが悪いやら(汗)


山口に帰る日が近付くにつれ、私の心の中に「地獄の地に帰らなければならない」という思いが出て来たのだ。


そうした精神的負荷から、ポツポツと赤い斑点状の皮膚疾患が出て来た。


病院内の皮膚科に行けば、「早い内に治さなければ、慢性になると一生ものよ」と、看護婦さんに言われたのを憶えている。


最初の内は、病変部に[ステロイド注射]を打っていたが、ドンドン悪化する一方で、まずは【お風呂】に困った。

道後温泉に行くことも適わず、人気の無い時をねらって病院内の風呂に入っていた。

そしてとうとう入院せざるを得なくなってしまった。



■入院治療は[ODT:密封療法]と言って、ステロイド軟膏を塗り、サランラップで包み、弾力包帯でグルグル巻いて、約1日そのまま。

翌日、専用風呂に入り、体を洗う。

そして、まもなく、軟膏を塗る・・の繰り返し。


体の上半分と下半分と交互に行なうので、上半分の時は、頭も体も包帯でグルグル巻き。

ミイラ男の出来上がりだ(笑)


それで廊下を歩いていたら、【あの大怪我の人、歩いて大丈夫なの?】と、看護婦に、ご注進があったらしい(笑)


20130621-1.jpg



じつは、そんな見た目ほど笑い事では無く、ほんとうは我慢出来ないほど辛いものだ。

痛い、痒い、軟膏と汗でベタベタする、動くと暑い、寝てると冷たい。

・・たまったものではないが、何とかして早く治そうと一生懸命だった。

痒くて眠れない時は、痒み止めの注射を打ってもらっていたほどだ。



■ちなみに、痒み止めの注射を打ってもらうと30分以内に眠気が来るが、何かの拍子に眠らなかった場合、朝まで目が冴えて眠られなかった。

その話を看護学生にしたら、調べて来てくれた。

なんと、『痒み止めの副作用は、不眠』とのこと(笑)

そんな状態での一進一退が続き、リバウンドの方が大きかったので、病気は悪化する一方だった。



■8ヶ月経ち、1970年(昭和45年)を迎えようとする直前に、M伯母から『治療は山口でも出来るから、帰って来なさい』と命令を受けた。

やむなく私は、師走の晩に山口県に帰って来た。




【入院治療を家庭で】

この[ODT:密封療法]治療は、退院しても自宅でやっていたので、殆ど熟睡出来ずに、不完全で短い眠りが殆どだった。


[幸福の科学]で学んだ人なら、この慢性不眠状態が続く事で、どうなるかはご存知と思う。


例外に漏れず、私も、このこの[ODT:密封療法]治療で、やがて胃腸が完全に動かなくなった。



■最初は、ただの湿疹程度のものが、真面目に治療すればする程、病気が増えて行くことになった。


とんでもない量のステロイド軟膏、慢性不眠から、やがて、さまざまな別の病気が出て来ることになる





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Trackback [0] | Comment [0] | Category [人ありてこそ我あり(自分記)] | 2013.11.22(Fri) PageTop

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