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◆【萩往還と私+α】何かの因縁か?


【萩往還】

久し振りに、防府市役所の前を通ったら、来年のNHK大河ドラマの[花燃ゆ]の横断幕が掲げられていた。

以前から、吉田松蔭の妹の[杉文]って?・・と、思っていたら、私の親戚の近くにある楫取邸宅だった(笑)

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(防府市の楫取邸)

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(萩往還道)

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(2000年当時のML仲間:松下村塾と萩城跡) 萩往還の起点地

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(萩往還から江戸への出港地)

■その邸宅前の印判店と取引があり、半世紀(笑)も通っていたのだが、気にも止めなかった(汗)

今の邸宅はトタン塀で囲ってあるが、子供の頃は、アラシ場だった(汗)

親戚の家に行き、近くの寺で笹竹を切り取り、【笹鉄砲】を作っていた。

今なら、笹鉄砲の芯は、紙鉄砲のようにティッシュで代用出来るが、当時はそんなものは無かったので、【なにかの実(名前は知らない)】を使っていた。

子供心に、【パン!】と弾ける音に魅入られ?、その実を探すために探し回ったものだ(笑)

その小学生の子供が遊ぶ範囲内に、楫取邸宅【赤丸A】があった(ようだ)。


■私の親戚・親族は、萩往還沿いに多い。

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萩・山口・三田尻(防府市)だけでも、祖父母のいとこ家族を含めたら、ゆうに200件は越す。

父親の親戚の家の近所には、梅田幽斎宅【赤丸B】があり、土足で上がって走り回っていた(汗)

よもや、まさか、その家が、あの大村益次郎を世に出すキッカケになった家とも知らずに(笑)

私は、大村益次郎が3年間学んで居た家を、かくれんぼの遊び場所にしていたのだ(笑)

大河ドラマの[NHK:花神]が放送され、見物客やバスツアーが増えて、その家の事を知った(汗)

同じ事がまた、[杉文]の晩年の楫取邸だ(汗)

今は、[PL教団]が買い取ったのか、楫取邸の一部を借りているのか知らないが、かつての楫取邸宅の中に、[PL教団]の建物がある。

ともかく、この[萩往還道]近くに、私の親戚・親族の家が多くあるのは、維新期の名残りかも知れない。


【赤丸E】が、[杉文こと楫取美和子]の墓のある大楽寺だ。

ここには、[夏目雅子]さんも眠っている。

正確には、[夏目雅子]さんの魂は眠っては居ない。

何処に還られているかは知らないが、多くの人達から愛された人であり、天上界に還って居られるものと願っている。


【赤丸C】が、江戸へ向けての出港地であり帰港地でもあった所だ。

ここには、宿や遊郭などがあり、そこに維新の志士達が集っていたようだ。

今では、見る陰も無くなっているが。


【赤丸D】が、土佐の坂本龍馬が、薩摩から2千丁の新式銃を持込み、桂小五郎と『受け取れ』、『受け取らん』をやっていた場所だ。

強烈な薩摩嫌いだった桂小五郎は受け取らず、しばらく【置き去りにされていた場所】だと言われているし、史実としても残っている。

『受け取らん』とは、高杉晋作が言いそうな感じだが、高杉は、その2千丁の新式銃を欲して居た。

意地で、頑なに拒んで居たのが、桂小五郎だった。


■困った坂本龍馬と高杉晋作は、龍馬の『長州の米との交換』話を持ち出し、晋作が桂小五郎との間に入って、話は成立した。

その米も、今度は西郷隆盛が『受け取らん』と言い、なんとも龍馬は困ったようだ(笑)

その後、何度か揉めながらも、【薩長同盟】が成立することになったキッカケの場所だ。


本音は、桂小五郎も、高杉晋作も、その2千丁の新式銃が欲しくてたまらなかったのだが(笑)

桂小五郎には、西郷隆盛の酷い仕打ちで京都から追い出され、第1次長州征伐の旗頭だった『薩摩からの施しは受けない』と、武士の面子があったようだ。

坂本龍馬は言うまでもないが、高杉晋作も、そのあたり(面子)には拘らない人物だった。

書いていて、ふたりとも似ているような気がして来た(笑)

ハチャメチャで、イタズラガキで、ユーモアに溢れ、猪突猛進型と深い熟慮型を兼ね備えたノーテンキな男達だ(笑)


・・う~ん、誰かも似ているかも知れない(汗)




【余談:2007年2月10日の下書きより】

■夜になると、親戚のおじいちゃんが来る。

今日も来た。

中1の俺と将棋をする。

『やるか!よっしゃ!一丁もんでやろう。今日はここに追い込むぞ』

将棋盤のマス目の『ここで詰めるぞ』と、前もって宣言された。

どんなに頑張っても、結局は、そこで詰められる。

しかも飛車角落ちだ。力の差は歴然としたものがあるのだが、向かって行った。

中1仲間同士の将棋では負けない俺が、飛車角落ちで予告された箇所でアウトになる。

どこをどうしたらそういう芸当が出来るのか、不思議で仕方がなかった。


■そうしながらも、『お前には、ここに居る者しか知らない一族の大事な秘密を教えているが、覚えてるか?』

(またかよ・・)

俺は黙って頷いた。

『よしよし、お前を選んで間違いが無かったな。やがてお前が一族の長になるのだぞ』

(うるさいなぁ、どうでも良いだろ、あんなこと)と思いつつ、なぜか逆らえない怖い雰囲気があった。


3年後、そのおじいちゃんは急逝した。

その翌年に、おじいちゃんが迎えに来たかのように、父も急逝した。

気丈に振る舞っても、まだ16歳の高校生だ。夜中になると布団を被って大声で泣いて叫んだ。

「親父!聞きたいことがある!化けてでも出て来い!」

父親は出て来た、夢の中で。

毎日毎日のように、笑顔で無言のままだった。



■ある晩、父親の夢を見ていると、場面が切り替わって、祖母と母親が喧嘩している場面の夢になった。

『あんたなんか、世が世なら、この家に来る資格の無い女だよ』

『ウチのヒデには、従妹のハーが許嫁だよ。ハーとヒデが添い遂げる筈だった。あの子らもそのつもりだったよ』

『ウチは代々、親族結婚だよ。新憲法が出来たから、他人の血を受入れにゃならんようになった』

(そうか、それで母は大勢が集まっていても、皆が帰るまで部屋の隅に座ったままで居たのか)。

そう思った。

だけどもこれは、夢で見た話だ。

そんな話は一度も聞いたことが無かった。


■数日後も、父の夢を見ていると場面が変わった。

夏の暑い日だ。半袖の白シャツの若い男のセールスが父から1万円を借りている。

その場面には俺は居ないが、この若い男が、その後も何十年と付き合う会社の社長だと、なぜだか解った。

夏の暑い日、それは父の亡くなる数日前の出来事のようにも思えた。


■その後、また夢を見た。

・・が、何だこりゃ?

この家はどこだ?

この身なりは、あの喊声はなんだ?

ここは戦国時代か?

・・そのようだ。

俺は自刃の覚悟で居るようだ。

「公家である妻は赤子を宿している。死なせるわけにゃいかん」と、一族の中でも無名の者と、隠れ里へ逃げるように指示した。


・・とまぁ、これは親戚のおじいちゃん達から何度も聞いていた話だが、妙に生々しいし、何で俺が、夢の中で自刃しなけりゃならんのだ?

反乱の将は近付いて来ているようだ。伝令が血だらけになって倒れる。

覚悟を決めた俺は、狭く暗い間に座る。

ちょっと前までの栄華が走馬燈のように走る。

織田信長が暴れ廻っている頃、京都の戦乱から逃げる公家は多かった。

その公家を匿い、京都に似せて五重塔を造り、風来坊図の雪舟を中国の明に留学させた。

ザビエルという鹿児島から上陸した宣教師に、教会を建て布教を許した。


■それが家来達の反感を買った。

今まさに家来によって一族が滅亡しようとしている。

そう、俺の名は大内義隆。

攻めてくる家来は陶晴隆と内藤興盛、その背後には毛利元就。

なかなかドラマチックな夢である。


------------------------------------------------------------------

■さて、夢は醒めた。

長年取引している会社の社長が何十年振りに来た時、勢いで、夢の話までしてしまった。

『ああ、あのお金は返しましたよ』

何だって?夢の中の話だぞ?

それが本当なら、父の死の直前だから返している筈は無いじゃないかよ。

夢じゃないのか?

リアルな夢だったが、何なのだ?


■そうなると、母の話も気になって、母親の事を一番よく知っている伯母に尋ねた。

『そういう話もあってね、お母さんは苦しんだのよ』

これも本当の話なのか!

『お母さん、子供が授からなくて、必死であちこちの神社に私とお参りしたのよ』

『でも?この話、誰から聞いたの?私とお母さんしか知らないはずよ』

「夢で見た」と言っても、半信半疑のような表情で信じてもらえない。


何なのだこれは?

父親が見せてくれた夢は、何を意味しているのか?

だったら、あの戦国時代の夢は何なのだ?

幼い時から叩き込まれた一族の歴史を、自分に置き換えているのか?


■そう言えば、時々、明治維新前にも産まれていたような夢を見る。

なぜか?桂小五郎と激論を交わしている。

土佐の坂本龍馬は、大酒飲みだが面白い奴だ。

高杉晋作と、伊藤俊輔は、・・・

(他にも、いろいろな人物を書いていたが、史実として残されていない話なので、割愛する)


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山口市に、大内氏の遺跡や遺品を納めてある[龍福寺]という、寺がある。

妻とデートの時(笑)、初めて行ったが、大内義隆が座して、家来の陶晴隆、毛利元就達がヒザを付いている人形があった。

(へぇ、大内って、ほんとうに凄かったんだ)と見ていると、どこからとなく、【よく来たな】と響いて来た。

妻に話すと、『たぶん、あなたが来るのを待ってたのよ』と言うが、ホンワリと暖かく、フワリと体が軽くなるような感じだった。

その後も、子供達を連れて行っているが、何も感じないのだが(笑)


■そして私は、理由もなく、徳山市と広島市が嫌いだった。

いきなり、伯父から『大学へ行け』と言われた時も、広島市と松山市の学校しか選択肢がなかったが、近い広島市を避けて、松山市に行った。

どうしても、広島に住む気になれなかった。

徳山市も仕事で行くが、なんとなくだが肌が合わなかった。

理由は解からない。


■大内に謀反を起こした陶晴隆の拠点が、徳山市の若山城だと知ったのは、最近のことだ。

不思議なことに、県内の城跡は殆ど行っているのだが、この徳山市の若山城の側を通っても、まったく気付かず、1度も行っていない(笑)

その城が、陶晴隆の拠点だとは、ほんとうに知らなかった。

てっきり、山口市鋳銭司の、[陶]という場所とばかり思っていた。

・・それほど私は歴史に疎く、関心も無かったのだ(汗)


■広島市は、毛利元就の拠点だが、毛利がどうのより、広島市の醸し出す雰囲気が嫌いで、どうしても肌が合わない。

だからと言って、毛利を嫌っている訳では無い。

私と弟の結婚式は、わざわざ毛利邸で行ったし、今でも毛利庭園は大好きだ。


■妻と毛利庭園を散歩しながら、毛利邸を見ると、窓ガラスを通して、家の中がゆがんで見える。

目の錯覚でも、頭が変になったのでもない(笑)

窓ガラスが古いのだ。凹凸があるのだ(笑)

今は、そうした窓ガラスを見ることは無くなったが、それだけ古い屋敷だと言うことだ。

そうした庭園を、大内の末裔と、クリスチャンの妻がデートしていた(笑)


私にしたら、【正しい歴史の流れを知って置くだけで良く】、大内だの、毛利だのと、過去の因縁は、正直言って、どうでも良いことだ。

ただ、祖父母の親族達が多いので、どうしても大内側から見た話になってしまう。


■広島からのお客は多く、気にもならないので、肌が合わないのは【人】ではなく【場所】なのだと思っているが、その理由までは解からない。

たぶん、小学生の時の修学旅行で、原爆ドーム跡での気味悪いモノを見た事が関係していると思っている。

その後も、何度も原爆ドーム跡には行ったが、目に見えるモノは居なくても、居心地の悪さは変わらない。

未だに、幽霊が居るのか、怨念が渦巻いているのか解からないが、私が広島市嫌いなのは、そのせいだと思っている。




以下は、私が書いた「The Liberty」の[いい旅、山口]の記事。
iitabiyamaguchi-1_2014063021054976e.jpg     iitabiyamaguchi-2_20140630210551ba6.jpg     iitabiyamaguchi- 3 





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